2018.09.03 Monday
今月の制作目標を考えました。週末は5回ありますが、そのうち1回は昨日終わってしまったので、残りは4回になります。そのうち3連休が2回やってきます。17日(月)敬老の日、24日(月)秋分の日の振り替え休日です。東京の美術館に出かける日を除いて、陶彫制作が可能な日を計算すると、2つ目の塔の土台作りは4個または5個くらいが出来ればいいかなぁと思っています。土台は6個必要ですが、全部作る意気込みとは裏腹に、時間的に無理があるように思えます。今月はまだ焦るほどでもないので、陶彫に関する制作目標はそのくらいにしておこうと思います。焦らなければならないのはRECORDです。下書きばかりが先行する悪癖が解消せず、RECORDを1年間分撮影する日を目指して、何とか頑張っていこうと思っています。夜はその日のRECORDと過去のやり残したRECORDの彩色や仕上げに追われています。アクリルガッシュを面相筆で丁寧に塗る作業が毎晩続いていて、RECORDは陶彫とは技法は異なるけれども、自分が絞り出す構成要素は同じではないかと感じています。彫刻性と絵画性を行ったり来たりするのは、自分なりの表現思考の特徴かもしれません。読書はそろそろ現象学に戻ります。気候が涼しくなってくれば、哲学的な思考回路が目覚めてくれるのではないかと期待しているところです。
2018.09.02 Sunday
今日は涼しい一日で、工房での制作に集中しました。先月の酷暑の中では作業中に汗が滴って、扇風機の前で時折休憩を取りましたが、今日は長い時間制作に携わることが出来ました。こんな気候が続いてくれたら、制作工程はスムーズに進みますが、果たして今後はどうでしょうか。今日は朝から夕方まで陶彫成形と彫り込み加飾に明け暮れました。これは6個目の陶彫部品になります。新作は陶彫部品による塔を2つ作ることにしています。1つ目の塔の床に設する陶彫部品は6個です。つまり今日作った陶彫部品が塔の土台になるものなのです。その土台の塔から連結された根の部分が蔓延って出て、2つ目の塔に繋がっていく構成になります。イメージの源泉については、また稿を改めますが、今日やっと土台が出来上がったことを喜びたいと思います。制作工程ではこの6個の土台が出来上がるのは先月の予定でした。僅かの遅れが生じて今日になりましたが、今月は何とか挽回していきたいと思っています。今月はもう1つの塔の6個の土台作りに移っていく予定で、新たな成形と彫り込み加飾を今月中に終わらせたいと思っています。一つひとつ地道に作り上げていく工程が私は大好きで、それを労働の蓄積と呼んでいますが、自分の生真面目な性格によく合った制作方法だなぁと思っています。一気呵成ではなく、休まず焦らず、前だけを向いて只管作り続ける喜び、これが私にとっての何事にも変え難い極上の時間なのです。たまに集中力が増してフロー状態に入りますが、それは意識して入れるわけではありません。体調や気温やその他諸々の条件が整ったときに訪れる神がかった幸福な時間です。今日は久しぶりに長く制作していましたが、時間は短く感じました。先月より集中力が増したかなぁと思いました。また来週頑張りたいと思います。
2018.09.01 Saturday
9月に入って最初の週末です。9月の制作目標は別の機会に書くとして、今日はNOTE(ブログ)でいつもやっているように、週末をどう過ごしたか、行動を記していきたいと思います。今日は映画や美術展の鑑賞があったため、早朝7時に工房に出かけ、2時間で座布団大のタタラを6枚作りました。陶土を掌で叩いていると汗が流れてきました。多少涼しくなっても作業は骨が折れます。午前10時過ぎに常連になっている横浜の中心部にあるミニシアターに出かけました。家内は演奏活動があったため、私一人で映画を観に行ったのでした。観た映画は「モリのいる場所」。97歳まで生きた画家熊谷守一のある夏の日を描いたもので、主役夫妻を演じた俳優の山崎務と樹木希林が秀逸でした。築40年以上の木造家屋に住み、30年以上も庭から一歩も外に出なかった老画家は、毎日飽くことなく庭にいる虫や飛来する鳥、拾った石を眺めて過ごしていました。夜になると「学校」と呼んでいる画室に篭って絵を描く生活をしていました。名声欲や金銭欲もなく好きなことだけに没頭する日常、同じ美術を志す者として、そうした悠然とした暮らしぶりが見たくて、この映画を観に来たのでした。詳しい感想は後日に改めます。映画が終わった後、車を置きに一度自宅に戻って、家内と駅で待ち合わせ、2人して東京銀座に向いました。GSIXの蔦屋書店のアトリウムを会場にして、最近工房に出入りしている若い彫刻家が個展を開催していたので見てきました。彼は多摩美術大学で助手をやっている木彫家です。積み木のように角材を積んで、全体を構成する言わば私と同じ集合彫刻をやっていて、その角材に所々色彩を施しています。その色彩は絵の具ではなく染料を使っているため、微妙な色合いになっているのが特徴です。蔦屋書店のアトリウムは多くの人々が往来し、作品の前で写真を撮ったりしていました。こういう機会で作品の知名度を上げることも作家の戦略としてはいいことだなぁと思いました。有楽町付近で大雨になり、不安定な天候の中を帰宅しました。彼の個展によって気持ちに弾みがついたので、明日は制作一辺倒にしたいと思います。
2018.08.31 Friday
記録的な猛暑に見舞われた8月。職場は長い休庁期間を設定し、私も例年より長く休ませてもらいました。創作活動としては新作の陶彫部品の成形と彫り込み加飾を4個終わらせました。先月1個が終わっているので、トータルで5個になります。新作の導入としては、まずまずの成果ですが、暑さのため工房に長く留まれず、その分制作工程がやや遅れ気味になっています。鑑賞では夏季休暇を使って県外に旅行した際、遠方にある美術館や博物館を見ることが出来たので、かなり充実していました。島根県の足立美術館、古代出雲歴史博物館はどれも刺激的で印象深いものでした。山形県では先輩画家のアトリエにお邪魔し、ここでも刺激を受けました。旅行から戻ってきて、東京の展覧会にも足を運びました。「縄文」展(東京国立博物館)、「ブラジル先住民の椅子」展(東京都庭園美術館)、「建築の日本」展(森美術館)は一日で回りました。映画は「万引き家族」(シネマジャック&ベティ)、「祈り 三部作」(岩波ホール)を鑑賞しました。「祈り 三部作」は一日で3本の映画を観たのでした。RECORDは期待していたような山積み解消に至らず、今も四苦八苦しています。手の込んだ作品にしようとする上昇志向が自分の首を絞めているのかもしれません。読書は今まで読んでいた現象学の書籍を一時中断して、松江の小泉八雲記念館で購入してきた随筆を読んでいます。読書は、難解な理論を紐解くようなものばかりではなく、気軽に楽しめるものもあるという緩急織り交ぜていくのも必要じゃないかと思いました。ともあれ、今夏は暑すぎて何するにも難儀をしました。来月は多少でも凌ぎやすくなるのでしょうか。
2018.08.30 Thursday
ジョージア(グルジア)映画「祈り 三部作」のうち「懺悔」について詳しい感想を述べてみたいと思います。「懺悔」は1984年にテンギズ・アブラゼ監督によって制作された政治色の強い映画で、当時は「反ソビエト」という烙印を押され、監督だけでなく家族さえ重罰になりうる危険もありました。理由としては全体主義における粛清、つまり独裁者と虐げられる市民の日常を象徴的に描いているからです。ソ連崩壊後に国際的な映画祭で賞に輝き、反体制的な主題は大きな反響を呼ぶことになりました。物語の初めは架空の街を舞台に、多くの罪のない人たちを粛清していた市長が亡くなり、盛大な葬式が挙行されましたが、その遺骸が何度も掘り起こされるという奇妙な事件に端を発しました。犯人は市長によって両親を殺された女性でしたが、裁判で市長の犯した罪が被告によって露わになり、それを傍聴していた市長の孫が、祖父の罪から良心の呵責に苛まれ、やがて自殺に追い込まれてしまうのでした。市長の芝居がかった言動やその息子夫妻を滑稽に描いたりして、映画の主張する真面目な体制批判を下敷きに、極端な寓話表現として処理することで、映画としての面白さも加味されていました。「私たちは血なまぐさい方法で、長い間、善良さを根絶やしにしてきたことの報いを受けています。自分の過去を葬った者は、現実に近づくことも、未来を見ることもできないのです。最大の罪は恐怖なのです。」とアブラゼ監督が語っている通り、この映画の持つ社会性は私たち市民生活そのものに対する問いかけでもあると思っています。現在の国際社会でも全体主義を標榜する国があります。そこでの市民生活がいかばかりか想像に耐えませんが、平和を謳歌している日本でさえ、国威掲揚的な思想が入り込むと、この先どうなるのか分からず、一抹の不安を覚えるのは私だけではないと思っています。