2018.08.19 Sunday
昨日は岩波ホールで一日を過ごしてしまったので、今日は朝から工房に篭りました。気温は高くても、このところ空気が乾燥してきたのか、肌に触れる暑さが変わりました。相変わらず作業で汗は流れますが、シャツを替えるほどではなくなりました。今日は新作の陶彫部品4つ目の成形に挑みました。集合彫刻は地味な作業が続きます。コツコツ作っていかなければならない制作工程があるのです。成形の次は彫り込み加飾になりますが、数日置いた方が、陶土が若干固くなって彫り込みが容易になります。土練り、タタラ、成形、彫り込み加飾と制作時間をずらしていくのが理想です。そのために制作サイクルを設定して、次から次へ際限なく制作をしていくのです。陶彫の作業は自分の都合ではなく、陶土の乾燥具合に合わせてやっていきます。それだからこそ我を忘れるほど作業に没頭することがあるのです。素材をいつまでも放っておけるなら、その時の気分次第で作業を止めることができますが、陶土はそれを許してくれません。自分を律するために、怠け者にはちょうどいい素材だろうと思っています。新作は陶彫の山を2つ作る予定です。ほぼ同じ大きさの麓に、高さが異なる山2つ。全部で40個程度の陶彫部品が必要です。今日作ったのが4つ目なので全体の10分の1に当たります。今月はもう一回週末がやってくるので、さらにもうひとつ陶彫部品を加えられます。全部で5個が7月から始まった新作の成果になります。もちろんこんなペースでは間に合いません。制作サイクルのペースアップをしていかなければならず、来月あたりから例年通りの厳しい週末を迎えることになるのです。頑張らなければ、と思いつつまだまだ衰えない意欲にホッとしている自分がいます。
2018.08.18 Saturday
週末になりました。今日は創作活動を休んで、東京神保町にある岩波ホールに映画鑑賞に出かけました。家内は演奏活動があったため、私一人で丸一日をかけて映画を観てきました。現在、岩波ホールではテンギズ・アブラゼ監督の「祈り 三部作」と称した代表作品3本をまとめて上映しているのです。朝11時から夕方6時半まで、ずっと映画鑑賞しているのは至福の時間かなぁと思いました。内容は「祈り」(1967年)、「希望の樹」(1976年)、「懺悔」(1984年)の3本で、どれも印象の強い作品ばかりでした。映画と映画の間は総入れ替え制で、約40分の余裕があり、岩波ホールを出て軽食を済ませるのにちょうどいい時間でした。3本の映画は制作年代が異なり、10年前後を経て撮影されたもので、最も古い「祈り」は、モノクローム作品でジョージア(グルジア)にあるコーカサス山脈の険しい岩肌と、そこに点在する石造りの村々の荒涼とした風景が舞台でした。キリスト教とイスラム教という宗教の両側面を扱っていて、ナレーションは詩的な独白、抑えこんだコトバで物語が綴られていきました。私には難解な場面も散見されましたが、主張したい要素が象徴的に凝縮されていたような感覚も持ちました。これは日本初公開だそうで、「祈り」だけを観に来る鑑賞者もいたようでした。「希望の樹」と「懺悔」は嘗て岩波ホールで上映されたらしいのですが、私は初めてでした。2本ともアブラゼ監督の力量が遺憾なく発揮された秀作でした。「希望の樹」は村の古い因習や貧困のために、純真な若者である男女の愛が潰されていく物語でした。悲劇に終わる物語ですが、私には印象的な場面が残り、深く脳裏に刻まれてしまいました。若い頃旅した東欧やトルコ、ギリシャで接した人々の情の濃い交流を思い出しました。「懺悔」は全体主義の粛清の時代に、独裁者と翻弄される人々を描いたもので、ジョージア(グルジア)は旧ソビエト連邦を構成していた国だったので、反スターリンとも取れる寓話を作り上げたのでした。制作当時は公開は認められず、岩波ホールでは2008年になって上映しているようです。ジョージア(グルジア)映画と言えば、私は「放浪の画家ピロスマニ」を思い起こしますが、ジョージア(グルジア)に映画が誕生して110年にあたる今年、こんな企画をしていただき、日本とは宗教も文化も異なる国を知ることが出来ました。3本の映画とも詳しい感想は後日に回したいと思います。
2018.08.17 Friday
先週、島根県松江に旅行した際に、小泉八雲記念館・旧居を訪ねました。小泉八雲はパトリック・ラフカディオ・ハーンとして1850年にギリシャの島で生まれました。父はアイルランド人、母はギリシャ人でした。当時のアイルランドは独立前だったので、ハーンはイギリス国籍を有していました。16歳の時、遊戯中に左目を失明、ハーンの写真が右から撮影されたものが多いのはこんな理由があるとは、私は知りませんでした。単身アメリカに渡り、ジャーナリストとして認められたハーンは、カリブ海のマルティニーク島で多様な民俗文化に接し、やがて「古事記」を通して日本文化に辿り着き、1890年に日本の土を踏みました。アメリカの新聞社を辞め、島根県尋常中学校英語教師となり、そこで知り合った士族の娘、小泉セツと結婚、日本に帰化したのでした。これが新聞記者ラフカディオ・ハーンから作家小泉八雲になった経緯です。ハーンはセツが話して聞かせる伝承文学に惹かれ、「怪談」をまとめあげました。「ヘルン氏(ハーン氏)は万象の背後に心霊の活動を見るといふ様な一種深い神秘思想を抱いた文学者であつた。」(西田幾太郎)と言われる通り、「怪談」は日本の伝承文学として不動のものとなっています。私は中学生の時に「怪談」を読みました。これは英語で書かれたものだったので、英語を学ぶ第一歩として原語読破を試みる友人がいましたが、私は敢えて苦労はせず、日本語のものを読みました。その中の「耳なし芳一」の話は、夢に出てきて魘されてしまったことを思い出します。小林正樹監督による映画「怪談」も観ましたが、映像より自分のイメージの方が強く、今も当時の文章より紡ぎだしたイメージを思い起こすことが出来ます。さすがに私の書棚には中学校時代の書籍はなく、小泉八雲記念館で「怪談」を含めた数冊の書籍を購入しました。50年を経て再読する小泉八雲ワールド。旧居では坪庭で蛙が鳴いていて、不思議と心が癒されました。そこにあった机が妙に背が高かったのは、目が悪かった小泉八雲が原稿用紙に顔を近づけて執筆したことによるもので、作家の癖が分かって親近感を持ちました。
2018.08.16 Thursday
今年は職場で長い休庁期間を設定しました。私たち職員は週末以外は勤務を要する日でしたが、夏季休暇や年休が取得し易い環境を作ったのでした。管理職といえども私も長い休みを取らせていただきました。期間中は県外に旅行に行ったり、創作活動に励んでいました。職場を離れることで夢現な生活を送らせていただきました。気分が爽快になっていたところに、夕方になって職場を統括する本部組織から連絡があり、私の職場で用務を受け持つ職員のお子様が交通事故で被害に遭ったことが分かりました。幸い命に別状はなくホッとしましたが、職場が留守番電話の対応をしていたため、本部へ連絡がいき、私の携帯電話が鳴ったのでした。今年の長い休庁期間での連絡はこの一件だけでした。今日で夏の休庁期間が終わり、次の休庁期間は冬の年末年始です。まとまった休みが取れる環境は、今後も他の職員にも必要だろうと思っています。私が自ら長い休みを体験して、本当にそう思いました。創作活動に関しては、この休庁期間で作った陶彫部品は2つです。7月末に作った陶彫部品を合わせると3つになりますが、制作目標ではもう少し多く作る予定でいました。酷暑を言い訳にしてしまいますが、工房に長く留まれなかったのが原因です。蒸し風呂のような中で、陶彫のあらゆる作業は苦戦を強いられました。若い時はもう少し頑張れたように思いますが、20年以上も前のイメージで今も作業をやっていくのは危険かもしれません。新作は40個くらいの陶彫部品で形成していく集合彫刻です。部品の数がハッキリしないのは、完成に近づくに従って部品の追加や訂正があるためです。原初のイメージを効果的に生かすため、細かいところは決めていないのです。この期間に6つ作れればと思っていたのですが、結果は半分になり、この皺寄せが年末年始の休庁期間にやってくるのではないかと危惧しています。これからはまた例年通り週末だけの制作になります。今月はまだ終わっていないので、残りの週末でどこまでやれるか頑張っていこうと思います。
2018.08.15 Wednesday
夏季休暇で創作活動に本腰を入れているところですが、今日は一日制作を休んで、家内と都内の博物館や美術館に出かけました。一日3箇所の展覧会を巡るのは久しぶりでした。まず最初に訪れたのは東京上野にある東京国立博物館。マスコミでよく宣伝されている「縄文」展を見てきました。「一万年の美の鼓動」という副題が示す通り、貴重な縄文土器や土偶が多数展示されていて、日本人独特の美意識を改めて感じることの出来る絶好の機会でした。縄文土器は嘗ては考古学の資料くらいにしか扱われていなかったのが、芸術家岡本太郎の著した「縄文土器論」等で美的価値が認められるようになりました。美術作品として眺める縄文土器は、私たちの美的感覚を刺激し、燃え上がる生命力を読み取ることが出来ます。私は陶彫を作っているおかげで、古代人の造形力に人一倍強い感動を覚えます。詳しい感想は後日改めるとして、この日はお盆休みのため、博物館は大変混雑をしていました。午前中は入場制限もあり、会場内も大勢の鑑賞者で溢れていました。人を掻き分けて見た土器や土偶でしたが、人混みが気にならなくなるくらい展示品に魅せられてしまいました。次に向ったのが東京目黒にある東京都庭園美術館でした。ここで開催中の「ブラジル先住民の椅子」展も、縄文と同じ始原的な力に溢れた椅子の数々を見ることが出来ました。木彫による椅子は、家具なのか彫刻なのか、いずれにしても型はあるものの制作者の個性が感じられる作品ばかりでした。この動物を象徴的に模した椅子は現在も作られていて、新館には現在の作品が多数展示されていました。この展覧会も詳しい感想を後日改めたいと思います。最後に向ったのは東京六本木の森美術館でした。六本木ヒルズ52階にある森美術館は、ユニークな企画が多いため、いつも気にかけている美術館のひとつです。今回の「建築の日本展」も企画の面白さと大掛かりな再現展示で見応えのある展覧会になっていました。日本の建築ではなく「建築の日本」としたところにこの展覧会の意図があるように思いました。つまり副題にある「その遺伝子のもたらすもの」というわけで、現代日本建築の活況の淵源を、古代から現代に至る繋がりの中で見ていこうとする姿勢です。これも縄文と同じ日本独特な風土や資源、そして日本人の持つ造形力に焦点を当てている展覧会と言えると思います。これも詳しい感想は後日改めます。今日は内容の濃い3つの展覧会を見て回りました。それぞれのインパクトの強さに些か疲れました。3冊の重い図録を携えて帰ってきました。これからそれぞれの展覧会ごとに印象をまとめていこうと思います。