2018.08.24 Friday
東京白金台にある東京都庭園美術館は、アールデコ様式の装飾が美しい美術館で、そこで展示される作品と周囲の装飾がどのような関係性を持つか、それも楽しみのひとつとして味わえる稀有な空間を有しています。以前、世界各地の民族が作った仮面の展覧会があって、アールデコ様式と土俗的な仮面に不思議な緊張関係が生じて、とても面白かったのを思い出します。今回の「ブラジル先住民の椅子」展も絶妙な緊張関係の空間の中で、展示品が置かれていて楽しく拝見できました。木彫の丸彫りされた椅子に単純化された動物の形体がついているのは、どんな意味があるのでしょうか。図録から関連する言葉を拾ってみたいと思います。「古代社会や未開社会の王、呪術師、戦士といった主権を握る(あるいは主権者たることを目指している人)人々は、この獣の領域とさまざまな象徴をとおして特別な関係を持とうとしてきた。」(中沢新一著)とあるのは椅子に座る呪術師や首長は、尋常ならざる獣の力に触れて、人々に対して己の主権を演出する目的がありました。さらに「動物性と政治論を結ぶ普遍的で奥の深い諸問題に、知らず知らずのうちに観る者を触れさせてしまうところにある。」(同氏著)のが、この展覧会の面白さだと言っています。ただし、現代も作られている動物を模した椅子はどうでしょうか。獣と主権者が切り離された現代にあって、もはやそこに腰掛ける者がいないために椅子は丸みを帯びて、腰掛というよりアートに近づいています。美術館の新館に現在も継続して作られている新しい椅子が数多く展示されていました。日本の彫刻家三沢厚彦氏の作品を連想させる作品だなぁと思いました。
2018.08.23 Thursday
同じ日に3ヵ所の展覧会を見て回った先日のことを、図録を眺めながら展示品をひとつずつ思い出し、自分なりに縄文について印象をまとめてみました。東京上野の国立博物館で開催されている「縄文」展は、副題に「1万年の美の鼓動」とあるように、縄文時代は旧石器時代が終わってから1万年以上続いた日本特有の時代を、土器を中心に展示した大がかりな展覧会です。日本列島は温暖で湿潤な気候になり、また島国であったことから他国の侵略もなく、安定した平和な時代の中で人々は土を焼いて土器や祭器を制作してきました。その土器に施された縄目文様を指して「縄文」と称しているのです。図録によると「縄文土器の文様は、土器の表面に爪や指頭、縄(撚糸)や貝に加え、木や竹で作られた棒や箆などの道具を使って描かれたり、粘土を貼り付けたりして表現されたものである。~略~縄文が土器の装飾として使われたのは縄文時代草創期後半からで、~略~器面全体を多種多様な縄文で埋めつくすように飾る特徴がある。~略~一方、中期になると、新潟県十日町野首遺跡出土の火焔型土器や王冠型土器に象徴されるような、立体的で力強い装飾をもつ土器が多くなる。~略~後期・晩期には立体的な装飾は影をひそめ、沈線によって構図を描く文様が重用される。」(品川欣也著)とありました。縄文土器には造形美の変遷があり、よく知られた火焔型土器や王冠型土器は、中期の頃に登場してきた土器であることが分かりました。縄文時代を彩ったもうひとつの表現である土偶にはこんな一文がありました。「縄文時代の祈りの美、祈りの形の代表が土偶である。~略~(遮光器土偶は)顔からはみ出すような大きな目が特徴であるが、デフォルメされた身体表現や全身を覆うように施された磨消縄文手法で描かれた文様もまた魅力の土偶である。」(同氏著)これは人間なのか、異星からきた生物なのかと思わせる幻想的な表現に目を奪われたことが思い出されます。縄文作品の数々を美的な視点で見ると、世界に類を見ない斬新な表現があり、現代アートに通じる象徴性や抽象性を、私は感じ取ることが出来ました。私たち日本人のルーツが縄文ならば、私たちは世界に誇れる美意識を持っていると言っても構わないのではないでしょうか。
2018.08.22 Wednesday
先月の個展のお礼状が出来上がってきました。お礼状の画像は「発掘~角景~」で、カメラマンに撮影してもらったものです。今年の個展の目玉は何と言っても「発掘~根景~」でしたが、「発掘~角景~」は我ながら遊び心に溢れた作品だったと振り返っています。と言うのはテーブルの上面に有機的な抽象形を彫り込んでいるのです。厚板の彫り込みはなかなか楽しくて心が躍りました。そこに砂マチエールと油絵の具を施し、テーブルの下に吊り下がる陶彫部品との調和を図っています。日本の原風景に棚田がありますが、作品のイメージにそんな風景が織り込まれていました。20年以上も「発掘」シリーズをやっていると、当初イメージしていた地中海沿岸のヘレニズムの遺跡は姿を変えて、アジア的な遺跡や風景に変わりつつあります。最近現地で味わったアンコールワットやボロブドゥールの巨大な遺跡群にイメージが移行しているのは自然なことかなぁとも思っています。「発掘~角景~」は西欧的なものからアジア的なものへイメージが移り変わる過渡的な作品なのです。お礼状の画像はシンプルなものに仕上がりました。すっきりした陰影が自分では良いと思っていますが、これはカメラマンのセンスです。案内状も図録も私一人のセンスで出来るものではありません。寧ろ他者のセンスを入れた方が面白くなる場合が多々あるのです。毎年芳名帳を見ながら、宛名印刷をやっていますが、住所や氏名が読み取れない方もいらっしゃって、その方には失礼をいたしております。今晩で全て宛名印刷は終わらず、明日以降もやっていきます。
2018.08.21 Tuesday
先日、島根県の出雲大社を訪れた際、広大な敷地内に「島根県立古代出雲歴史博物館」がありました。炎天下を避けて同館に入った時は、空調が効いている室内にホッとした記憶が甦ります。同館の展示物で印象的だったのは出雲大社の精密な神殿模型で、建築学の研究者たちによる5体の推定復元案は見れば見るほど興味関心が尽きませんでした。古代日本の形成発展に出雲神話が重要な役割を果たしていたことは、天平時代にまとめられた「出雲国風土記」で明らかになっています。さらに平安時代に書かれた「口遊」には、巨大な建造物に「雲太」「和二」「京三」が挙げられています。「雲太」とは出雲大社本殿、「和二」とは奈良の大仏殿、「京三」とは平安京の大極殿を指します。大仏殿の高さは約45mで、出雲大社はさらに高かったという伝承は本当でしょうか。発掘調査で出雲大社境内から巨大な杉柱を3本組んだ遺構が発見されて、考古学や建築学の分野で論争が起きました。私はこうした推定が大好きで、自分でもあれこれ考えてみたくなるのです。その他同館で印象深かったのは、夥しい数の銅鐸や銅矛・銅剣の展示です。壁一面にぎっしり並べられた銅矛・銅剣に圧倒されながら、整然とまとめられて埋めてあった青銅器は、なぜそうした方法で埋めなければならなかったのか、謎に包まれています。時代は弥生時代、大陸から製造方法が齎され、日本では武器よりも祭器に利用された形跡があるようです。これも建造物同様、私の眼を釘付けにしてしまいました。個人的に「島根県立古代出雲歴史博物館」は刺激的だったと思い返しています。
2018.08.20 Monday
現在読んでいる書籍は、現象学に関する難解なもので、数行読んでは暫し考えなければ頭に入ってきません。意味を咀嚼するのに時間がかかるのです。毎年ひとつは哲学やら心理学に挑んでいて、そこで学んだことは創作行為の思索に少なからず影響を齎せています。若い頃は途中で放棄してしまうことがあって、自分の中途半端な知識欲に嫌気がさしていたのでした。年齢とともに難解な書籍に対する粘り強さと、理解力が育ってきて、容易に諦めることがなくなりました。社会人としての余裕でしょうか、それとも過去を繰り返すまいとする意志でしょうか、読書歴はまさに自分の人生の歩みのようなもので、苦あれば楽ありの道をマイペースで辿っていると感じています。今の自分にとって苦行は現象学理解であるならば、楽なことも必要かなぁと思っていて、今回は「怪談四代記」(小泉凡著 講談社)を読むことにしました。この文庫本は島根県松江に行った折、小泉八雲記念館で購入したものです。著者はラフカディオ・ハーン(小泉八雲)の曾孫にあたる人で、小泉家の思い出話が満載している上、曽祖父の痕跡を訪ねて海外に渡ったり、因縁のある人や場所に思いを馳せたりして、ハーン研究には大変有意義なエッセイになっています。現在の状況を明朝体、手紙や取材した昔話を教科書体で示してあって、分かり易く気楽に読むことが出来ます。どんどん先を読める楽しさに、もはや現象学に戻りたくない気持ちも生まれていますが、とまれ、過去を繰り返すまいとする意志も頭を擡げてきています。これを読んだら再び現象学理解、そしてまた怪談話に戻ろうと思っています。中学生時代に親しんだ小泉八雲著「怪談」の日本語版も松江で購入してきているので、今から楽しみで仕方がないのです。読書は苦あれば楽あり。当分、通勤の友には困らないかなぁと思っています。