2016.05.12 Thursday
先日、地元の横浜美術館で開催されている「複製技術と美術家たち」展に行ってきました。複製技術と言えば版画等の印刷、写真やコピーのことですが、そうした技術革新によって、オリジナル性はどうなるのか、当時の美術家たちは複製技術をどう捉え、どんな思索をもって芸術を創作していったのか、私には興味関心のある分野です。アウラ(1回性、オリジナル性の意味)の衰退が及ぼす影響と、逆転の発想による複製技術を取り込んだ新しい芸術の潮流が、20世紀初頭から見られるようになりました。具体的には伝統的な写実性の強い絵画技法の概念を覆すダダやバウハウス、ロシア構成主義、シュルレアリスム、さらにポップアートの出現に至るまで、複製技術の登場により美術は革新性を増していったように感じました。ピカソによる絵画空間の解体、幾何学的構成を普遍的な様式に高めたバウハウス、印刷物や廃物をコラージュしたエルンスト、複製技術を表現の中心に据えたウォーホル等、時代が新しくなるにつれ、美の殻を打ち破り、旧態依然とした社会(鑑賞者)と闘ってきた美術家たちの軌跡がここにありました。どんな時代でも新しい美的価値観を提示するのは大変な労苦があったことだろうと思います。現代では歴史が認めている芸術運動も、誤解と無理解と罵倒や無視の中で展開していきました。現在でもそれは同じです。人工頭脳や3Dコピーが登場している現代は、人間は何を創造すべきかという、さらに先鋭化した課題が突きつけられている気がします。クリエイターが技術革新のスピードに追いつけないと、最近知り合ったばかりのアニメーション作家が言っていました。それは立体作家も同じです。「複製技術と美術家たち」展には他人事と片付けられない問題提起があったように思っています。
2016.05.11 Wednesday
「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第七章「夢行程の心理学」の(e)「一次行程と二次行程ー抑圧」のまとめを行います。「夢解釈」は残すところ(e)と(f)の2つになりました。ここでは夢の仕事と神経症やヒステリー症との関連を洞察しています。論考の中心となる箇所を引用します。「私たちは、夢の形成には本質の異なる二種の心的行程が関与するという洞察に目を閉ざすわけにはいかないのである。一方の行程は完全に適正で、正常な思考と同価値の夢の想念を創り出す。もう一方の行程は、きわめて奇異で、不適切なやり方で夢の想念を扱う。~略~この後者の行程を本来的な夢の仕事として取りあげた。」ここで、一次行程と二次行程の違いが述べられていますが、不適正と判断した行程の統制下で、ヒステリー症状が作り出されることが次に続きます。「最初、私たちは完全に適正で、私たちの意識的な想念とまったく同等の価値をもつ一連の想念を見いだす。しかし、この形式におけるそうした想念の存在について、私たちは何の情報も得られない。~略~そうした想念は、圧縮、妥協形成を被り、表面的な連想を経由して、矛盾を覆い隠し、ときには退行を伝って症状へと引き渡されたのである。そして、夢の仕事の特異性と、精神神経症の症状に帰結する心的活動のあいだには完全な同一性がある。それゆえ、私たちは、ヒステリー研究が私たちに強いる推論を夢に当てはめるのは正当であると考える。ヒステリー学説から私たちは以下の命題を引き出す。すなわち、正常な想念の道筋にこのように不正常な心的加工がなされるということが起きるのは、その想念の道筋がある無意識的な欲望のー幼児的なものに由来し、抑圧状態にある欲望のー転移を受けている場合に限られるという命題である。」これをもって(e)「一次行程と二次行程ー抑圧」のまとめとしたいと思います。
2016.05.10 Tuesday
先日、東京上野の東京都美術館で開催されている「若冲展」を見てきました。伊藤若冲は江戸時代に京都で活躍した画家でした。細密な描写で異彩を放つ若冲ですが、最近になって再び注目を集め出しました。若冲生誕300年にあたる今年は、展覧会入場者数がどのくらいなのか気になるところです。私も入場規制がかかる中、もみくちゃになりながら若冲の絵画に触れてきました。圧巻は何と言っても「動植綵絵」のシリーズで、全30幅は一見に値します。その中に若冲が得意とした群鶏図や小禽図もありましたが、敢えて私は「池辺群虫図」に注目しました。蛙や昆虫等が池辺に集まり、そこに植物の葉や蔓が這っている情景を丹念に描いたもので、葉には虫食いの穴があり、葉を食している小さな虫も見受けられます。捕食される虫も捕食する虫もいて、自然の摂理が表現されているのではないかと思うところです。オタマジャクシや蛙の群集もいて、蛙の中には一匹だけ反対を向いて全体を俯瞰する姿が描かれていて、これが何を意味するのか、楽しい洞察を試みるのも一興かなぁと思います。遠近法を無視した自由な構成にも不思議な新鮮味を感じました。落款に「丹青活手妙通神」が捺印されていることで、この「池辺群虫図」を若冲が重要と考えていた節が認められます。「丹青活手妙通神」とは若冲が深く親交して敬愛していた僧の月海元昭こと売茶翁高遊外が、若冲に贈った賛辞を印にしたものです。通常の落款「若冲居士」の他に、これが捺印されるのは珍しいことで現状の作品では僅か数点しかないようです。そんなことも含めて若冲作品を鑑賞するのも楽しいのではないかと思っています。
2016.05.09 Monday
伊藤若冲は1716年京都の錦小路にあった青物問屋「枡源」の長男として生まれ、1800年に84歳の長寿を全うして世を去った奇想の画家でした。若冲は当時京都で活躍していたようですが、没後埋もれてしまい、同時代を生きた円山応挙のように歴史に名を残すことがなかった画家でした。そのためか私が伊藤若冲の名を知ったのは、そんなに昔のことではありません。アメリカ人ジョー・プライス氏の日本画コレクションの「鳥獣花木図屏風」がテレビで紹介され、その奇想天外な作風に驚いたことが、若冲を知った契機でした。それがいつ頃だったのか記憶にありませんが、私は既に公務員として仕事をしていました。「鳥獣花木図屏風」のモザイクのような摩訶不思議な雰囲気に、現代流の新しさを感じたことで強く印象に刻まれました。暫くして若冲の動植物を描いた作品に触れて、その卓抜した描写力と表現力に目を見張りました。これは単なる写実ではない、象徴として捉えた超現実主義的な世界だと感じ、この時も魂が揺さぶられました。この心の琴線に触れるものは何なのか、それを感じたのは私一人ではなかったようで、やがて若冲ブームが到来しました。現在、東京上野の東京都美術館で開催されている「若冲展」には多くの人が押しかけています。円形スペースに展示された「釈迦三尊像と動植綵絵」33幅は圧巻でした。若冲が40代前半から50代前半にかけて10年を費やした迫真のあるシリーズは、まさに若冲が渾身を込めた代表作と言えます。私が訪れた日も「釈迦三尊像と動植綵絵」の前に多くの鑑賞者が集まっていましたが、人を上手に掻き分けて、私は執念をもって隅から隅まで舐め回すように見てきました。「鳥獣花木図屏風」も来日していました。私の後方で若い男女が「若冲の空想の動物の目はみんな可愛い三日月型をしているよね。」と面白いことを呟いていました。成る程、確かに空想の動物は特徴的な目をしているなぁと思いました。若冲の超現実的キャラが現代の大衆に受けているのも、こうしたユーモアと独創性があるからこそ、カワイイ文化ともオタク文化とも融合できているのかもしれないと思ったのでした。
2016.05.08 Sunday
今日は晴天に恵まれた一日でした。「発掘~表層~」と陶紋5点の図録用写真撮影の日になっていて、手伝ってくれるスタッフが、朝から2人来て準備をしていました。午前10時にカメラマン2人が到着し、まず野外撮影となりました。「発掘~表層~」を工房から野外に出しました。野外工房はコンクリートで固めた敷地があって、そこに樹木が影を落としていました。「発掘~表層~」は樹木の影が入るように配置しました。木漏れ日が眩しい情景の中に置かれた平面性の強い作品は、小さな陶彫球体が10個加わって、ひとつの世界観を表すようにしてあります。凹凸のある厚板材に砂を貼り付け、そこに陶彫球体の錆色を考慮した油絵の具が滲み込ませてあります。凹凸に微妙な陰影を落としてくれる野外の光は、きっと「発掘~表層~」に良い効果を齎せてくれるはずと思っています。それから室内に作品を移動して、カメラマンが天上の梁に乗り、俯瞰した画像をカメラに収めました。これは表紙と裏表紙に使うものです。さらに陶紋5点も野外に持ち出して撮影を行いました。新緑の美しい風景の中に小さな陶紋5点を置いて撮影をしました。やはり樹木の影の美しい場所での撮影が面白い構成になっていました。最後に私のポートレイトになり、ロフトに座った自分を撮ってもらうことにしました。まだ完成していない「発掘~環景~」は6月中旬の2回目の撮影に回しました。それまでに「発掘~環景~」を完成させなければならず、撮影が終わった午後も制作続行になりましたが、夕方までやっていたら疲れがピークに達し、今日はここまでで作業終了としました。撮影中も私は神経を使っていたらしく、今日の疲労の度合は大変なものがありました。自宅のソファに横になったら、暫し起き上がれなくなり、胃腸の具合も悪くなりました。明日は自分の体調がリセットされていると信じ、今晩は早めに休みたいと思います。