2016.04.22 Friday
どんな職場でも歓送迎会があると思います。私の職場では施設の規模が小さくなったことや、転勤職員が多かったことなどで、人事配置が厳しいものになりましたが、職員の協力によって平成28年度は落ち着いたスタートを切ることができました。今月は出会いと別れの季節です。現在の落ち着いた職場環境を作っていただいたのは、今年度異動した職員たちです。そこに新たな職員たちがやってきて、職場環境を引き継いでいます。人が変わったので、多少雰囲気が変わりますが、継承される文化は変わりません。今日の歓送迎会では、新旧の職員が集まって日頃の取り組みや過去のエピソードに話の花を咲かせました。「うちは仲が良くて仕事がしやすい。」と新しいメンバーに言っていただけるのが、私は嬉しくて管理職冥利に尽きるというものです。私の職場は少ない人数ながら、宴会では大変な盛り上がりを見せます。若手職員が増えたことも活気が出てきた要因ですが、それを牽引するベテランがいて、キャリアバランスは良いと思っています。こうした無礼講にも人材育成のちょっとした場面があります。今日の歓送迎会を経ることによって職場全体がさらにまとまり、普段は専門を通して仕事をしている者同士、さまざまな場面に連携が図られるのではないかと考えています。
2016.04.21 Thursday
先週末、スタッフ3人が手伝ってくれた砂マチエールの貼り付けですが、塗り残しが多少見られたため、昨晩は工房に行って確認作業をしてきました。木材に砂を貼って塗装することで素材感が変わり、陶彫との相性が良くなります。これは自分の常套手段で、今まで何回も作品に利用しています。新作「発掘~表層~」は題名通り、平面性の強い作品で表面処理が重要です。ざらついた表面にさまざまな色彩を盛り込んで、密度の高い凹凸空間を作ろうとしています。これから作業から創作活動に意識が変わり、制作が面白くなってくるのです。砂マチエールは塗装において抵抗が生じ、ざらついている分、絵の具が伸びず筆も傷みます。塗っていくというより、上から叩いて絵の具を染み込ませていくのが得策です。色彩の変化をどう扱うか、絵の具を撒き散らせて敢えて計算外の効果をどう扱うか、砂マチエールがしっくりいく方法を探りながら、今後の制作を進めたいと思っています。「発掘~表層~」が作品として出来上がっていく制作工程に漸く辿り着きました。
2016.04.20 Wednesday
一昨日に続いて「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第七章「夢行程の心理学」の(b)「退行」のまとめを行います。フロイトは複合的心的器官を分解し、システムを作り上げました。システムによる図解が本書に掲載されていました。「(私たちは)心的装置を複合器官として思い描く。そして、その構成部分を機関とか、あるいは、具象性を考慮して、システムと呼びたい。そうすると私たちは、これらのシステムには、もしかすると互いのあいだに恒常的な空間的位置関係があるのではないかと期待を抱く。~略~私たちはその装置に、感覚性末端と運動性末端を書き加えることにする。感覚性末端には、知覚を受け取るシステムがあり、運動性末端には、それとは別の、運動のための水門を開くシステムがある。心的行程は、一般に知覚末端から運動末端へと推移する。」このシステムにフロイトは想起痕跡や無意識や前意識を加えています。「幻覚的な夢で起きることを私たちは『興奮が経路を逆戻りする』という言い方でしか記述できない。興奮は、装置の運動性末端に向かう方向ではなく、感覚性末端へと伝播し、最終的に知覚システムに到達する。覚醒時に心的行程が無意識的なものから先へ進む方向を前進的方向と呼ぶなら、私たちは、夢は退行的性格を帯びる、と言うことができる。このように、退行が夢行程におけるもっとも重要な心理学的特異性の一つであるのは確かだ。しかし、退行は夢見にだけ起きるのではないことを忘れてはならない。意図的な想起や、私たちの正常な思考の他の部分的行程も、心的装置における何らかの複合的な表象行為から想起痕跡の原材料ー表象行為の基盤をなす原材料ーへの退歩に相当する。しかし、覚醒中に、こうした逆行が想起像のさらに先まで進むことはけっしてない。そうした逆行は、知覚像を幻覚として活性化させることはできない。では夢において事情が異なるのはなぜだろうか。私たちが夢の圧縮について論じたとき、私たちは、表象に付着する強度が、夢の仕事を通じて、ある表象から別の表象に完全に転移すると想定せねばならなかった。通常の心的行程にこうした変化が生じることによって、知覚システムを逆方向から、つまり、想念のほうから充当し、それが感覚的に完全な活発性を得るに至ることがたぶん可能となるのである。」長い引用になりましたが、これをもって(b)のまとめにさせていただきます。
2016.04.19 Tuesday
先日、漫画によるフロイトの「精神分析・夢判断」を読んだばかりですが、同じシリーズでニーチェの「ツァラトゥストラかく語りき」があります。かつて和訳による「ツァラトゥストラかく語りき」本論を読み、神の死から培われる超人論や永劫回帰を知りました。これは哲学書とは言え、詩的発想が随所に盛り込まれたもので、私は四苦八苦しながら読破した思い出があります。このNOTE(ブログ)にも章ごとの拙いまとめを掲載してあります。ニーチェは論理がどんどん展開し、何か大きな構築物を作り上げる論法ではなく、矢継ぎ早に鋭い洞察を繰り出す哲学者かもしれないと、この時私なりに感じました。ニーチェという人を本当の天才の言うのかなぁと月並みなことを思ったりしました。この「ツァラトゥストラかく語りき」を漫画にすることは不可能ではないかと思いましたが、「まんがで読破 ツァラトゥストラかく語りき」(ニーチェ原作 バラエティ・アートワークス著 イーストプレス刊)を読んで、成る程こういうことかと納得しました。これはニーチェの著作をまるごと漫画にしているのではなく、宗教に対する懐疑や永遠回帰とはどういうものかをドラマとしてまとめているのです。哲学のエキスだけを教会で生活する神父一家や謎の女性を通して描いていく手法で、細かい部分は省いてありました。ただ、漫画で興味関心を抱いても、あまりに本論が異なるので、本論を読もうとした人は面食らうのではないかと思います。
2016.04.18 Monday
「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第七章「夢行程の心理学」の(a)「夢の忘却」のまとめを行います。まず次の引用から始めます。「私たちの記憶には、夢を保持する能力がとりわけはなはだしく劣っているようだ。そのため、もしかすると夢の内容のもっとも重要な部分が失われているのかもしれないのである。~略~私の考えでは、通常、人は忘却の広がりを過大評価している。そして、同様にまた、夢の隙間があるのだから、夢に関する情報も失われたと思い込んで、その喪失の度合いも過大評価するのである。夢内容のうち忘却に陥ったものは、しばしば分析を通じて復元できる。~略~夢の忘却は、その本性として抵抗に奉仕する傾向を帯びると考えられる。~略~ちなみに私は、夢の忘却の大部分は抵抗の働きであることを明示的証拠によって証明できる。」ここまで所々引用した文面は、夢の忘却について述べた箇所です。重要な語彙として「抵抗」が出てきます。抵抗が忘却を促すという論拠をもって、次の引用へ展開していきます。「どの夢も解釈をなしうるのかという問いには、『否』と答えねばならない。解釈の仕事の際には、夢の歪曲を惹き起こした心的な諸力を敵に回していることを忘れてはならない。つまり、自らの知的関心、自己克己の能力、心理学的な知識、そして、夢解釈の訓練を通じて、内的な抵抗に打ち克つことができるかどうかという力関係が問題となる。」内的な抵抗に関する箇所を取り上げましたが、つまり、抵抗に打ち克てば心的検閲が減少し、夢の解釈が可能になることを示唆していると、この文面から読み取れます。「睡眠状態が夢形成を可能にするのは、その状態が内部心的な検閲の働きを低下させるからなのである。」これをもって(a)のまとめとさせていただきます。