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  • 東京MIX「新音楽夜話」 親子共演
    昨日に続いてテレビ番組の話題を取り上げます。私がよく見ているテレビ番組に「小室等の新音楽夜話」(東京MIX)があります。先日2回にわたって放映した番組が楽しかったので、NOTE(ブログ)にしました。司会の歌手小室等、こむろゆい親子と詩人谷川俊太郎、谷川賢作親子が共に出演していて、唄あり、ピアノ演奏あり、朗読ありの盛り沢山の内容でした。谷川俊太郎の詩に小室等が曲をつけた唄は、自分が30年来聴いているお馴染みのものです。RECORDを制作しながら茶の間で毎晩聴いているので、耳にタコが出来ています。1回目の放送で小室等が歌った「死んだ男の残したものは」という唄の作曲者は現代音楽家の故武満徹で、いろいろなフォークシンガーに歌い継がれてきた反戦歌です。ベトナム戦争があった年に作られたものでしたが、国と国との戦争であれば終わることもあるかもしれないが、今となっては戦争は終わらないという主旨を谷川俊太郎氏がおしゃっていました。現在のテロが横行する時代の不幸を物語っていました。2回目の放送で「死んでから」という詩の朗読がありました。死をユーモアを交えて綴った詩に、思わず笑いがこぼれました。楽しい親子共演に心が和みました。
    NHK番組「エヴァの長い旅」雑感
    先日、何気なく見たNHK番組が印象に残ってしまいました。「エヴァの長い旅~娘に遺すホロコーストの記憶~」という番組でした。取材を受けたユダヤ人のエヴァ・シュロスさんは現在86歳で、15歳の誕生日にポーランドのアウシュビッツ強制収容所に送られた人でした。エヴァさんと母親はそこから奇跡的な生還を果たしましたが、父親と兄は収容所で亡くなっています。エヴァさんの数奇な運命は、「アンネの日記」のアンネ・フランクとの縁によって展開していきます。生還した母親がアンネの父親と再婚したため、エヴァさんと同年齢のアンネは姉妹になるのです。アンネは15歳で亡くなっていましたが、隠れ家で書いた日記が、世界的な反響を得て一躍有名になってしまったのでした。一方、エヴァさんはアウシュビッツ強制収容所でのトラウマに悩まされ続けます。家庭を持っても家族には一切語ることができない心の傷が、やがて娘と溝を作ることになりました。戦後71年目にして漸くエヴァさんは、アウシュビッツ強制収容所に娘と訪ねる決心をして、そこで過去と向き合い、娘との長いわだかまりを乗り超えて、母娘は全てを語ることで共感し合ったのでした。戦争による後遺症がどんな悲劇を齎すのか、エヴァさんという証人の無言の表情からその惨さを知ることが出来ました。ドイツでの非人道的な過ちは決して対岸の火事ではなく、わが国でも他国や他民族に対して犯した罪があります。戦争について考える絶好の機会になった番組放映に感謝です。
    週末 砂マチエールの作業
    今日も朝から工房で制作三昧になりました。朝から若いスタッフが2人来ていて、そのうち1人は久しぶりに工房にやってきた社会人でした。彼女はイラストレーターとして東京の会社に勤めています。今日は新作の平面性の強い作品の土台部分に、砂マチエールを施す作業があって、2人のスタッフに手伝ってもらいました。土台部分は二畳大の厚板に彫り込みがあります。木彫によるものですが、陶彫と組み合わせるため、木彫の素材感を土質に近づける必要があるのです。そこで砂を硬化剤で木彫面に貼り付ける作業を行います。砂に硬化剤を混ぜ、金属製のヘラで丹念に塗りこんでいきます。職人の壁塗りと異なるところは、砂を漆喰のように均一に塗るわけではなく、砂の盛り上がりのニュアンスを見ながら塗っていくのです。スタッフは美大出身者と芸大大学院生なので、いずれも絵心があり、微妙なニュアンスがよくわかっています。砂が固まると油絵の具を滲み込ませ、絵画的な要素を織り交ぜながら、陶彫部品と組み合わせていくのです。これは自分の常套手段で、砂マチエールにも油絵の具の下塗りにもスタッフの力を借ります。気心が知れた彼女たちだからこそ任せられる作業です。自分は昨日に比べれば元気に振舞えることが出来て、朝から夕方まで精一杯制作に没頭しました。注文した硬化剤が作業の途中でなくなり、砂マチエール貼りは中断してしまいましたが、その後自分もスタッフもそれぞれの制作に移りました。私は陶紋の彫り込み加飾に熱中し、時間の経つのを忘れました。夕方になって彼女たちを車で駅まで送りましたが、自宅に帰ってから今日の疲れが怒涛の如く襲ってきて、ソファに横たわったまま身体が動かなくなりました。これは加齢のせいなのか疑ってみましたが、このところ職場の仕事が厳しくて、さらに週末の制作の追い込みがあったので、年齢とは関係ないのではないかと結論付けました。10年前だって同じように疲労に襲われていたではないかと思い返し、今晩だけは身体を労わろうと思っています。
    週末 やっとやってきた週末
    この1週間は職場での仕事がいっぱいありました。来週もいっぱいありますが、とりあえず週末がやっとやってきた気分です。昨晩タタラにしておいた陶土を使って成形を始めました。土曜日は身体は疲れているものの、気持ちは溌溂としています。気候も凌ぎ易い温度になって、花々があちらこちらで咲いています。今日は散歩する人が増えました。こんな日は近くの公園まで歩きたくなります。今日は工房で朝から成形の作業に取り掛かりました。大きな成形は新作の一部になりますが、そのひとつひとつに集中力が必要で、機械的に作れるものではありません。ひとつずつ微妙にカタチを変えながら、陶彫部品として全体を形成していくのです。陶土を使う作業は職人的な部分もありますが、表現に対する思索も同時に考えていることがあります。それに気づかされたのは、今日工房に来ていた若いスタッフとの昼食時間の何気ない話題から派生したもので、アートは造形表現であると同時に哲学でもあることを改めて認識した次第です。彼女はよく自分の思索に刺激を与えてくれて、実はとても感謝しています。現象学はフッサールだったっけ、表象とか意志とかいうのはショーペンハウワーだったっけ、とか自分の頭の中で記憶された理論を呼び起こし、造形表現の裏づけを行ったのでした。どうせ週末は仕事を離れて創作を楽しむなら、芸術も学問もひっくるめて味わった方がいいと思っています。制作と鑑賞、芸術と学問、欲望と抑圧、刹那と永遠、さまざまな両輪があってこそ愉快になるし、思索的な週末が過ごせるのだろうと思いながら、手を休めて会話を楽しんだ分、夕方の残り時間を作業に没頭しました。明日も継続です。
    久しぶりの夜間制作
    仕事から帰って工房に出かけ、陶彫制作をするのは至難の業です。新年度の準備が立て込んで、疲労が溜まっていることがウィークディに工房から足を遠のかせている原因です。漸くこの1週間で新しい人事体制が動き始め、自分が与えた役職にある職員たちが、自らの仕事に取り組み始めました。自分は安堵した気持ちになり、これから心身の疲労が出てくるのではないかと心配しているところです。こうした職場関係の精神的なストレスは、創作活動で抹消できるのではないかと思い、今晩は久しぶりに夜の時間帯に工房に行ってみました。思いは的中し、自宅ではぐったりしていた身体が引き締まるような感覚を持ちました。照明に照らされた制作中の作品の数々。自分の制作の痕跡に我ながら小さな感動を覚えました。よし、やろうと思い立ち、陶土を手で叩いて座布団大のタタラを5枚ほど作りました。これは明日の成形で使う予定です。既に成形と彫り込み加飾が終わった作品にヘラで仕上げを施しました。乾燥の具合も確かめました。乾燥の進んだ成形部品は、かけてあったビニールをはずしました。本来なら毎晩ここにやってきて陶土の状態を確かめるのがいいと思っています。なかなか工房に来る気分にならないのが辛いところです。今晩みたいに来てしまえば、1時間以上は制作に取り組めるのですが、理想通りにはいきません。明日から週末で丸2日間は制作に明け暮れることが出来ますが、来週もウィークディの夜間制作に挑みたいと思っています。