2016.03.23 Wednesday
「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)を途中で止めて、「フロイト入門」(中山元著 筑摩選書)を読み始めて暫く経ちました。先日「フロイト入門」を読み終えたので、ここで久しぶりに「夢解釈」に戻ることにしました。まず中断した「夢解釈」を読破しなければ、フロイトの提唱した理論は先に進まないので頑張ってみようと思います。「フロイト入門」で扱っていた「幻想の未来」や「人間モーゼと一神教」を書店で見つけ、即刻購入しました。これを早く読みたいと気もそぞろですが、ちょっと我慢して夢の解釈と分析を行っている濃厚な理論に戻ります。はて、「夢解釈」をどこまで読んだか、頁を捲ってみると、栞が挟んである箇所を見つけました。第六章「夢におけるさまざまな情動」を読み終えたところに栞が挟んでありました。この小節のまとめをしないまま「夢解釈」から離れてしまったのでした。パラパラと前に戻って所々目を通すと、少しずつ内容が甦ってきました。夢における情動が起こりうる具体例を挙げて、どんな起因で夢の情動が始まるのか、詳しい論考がありました。もう少し読み込んでから次の小節に進みたいと思います。昨年から今年にかけてまだまだフロイトに拘っていきます。精神分析学は哲学に比べて自分のツボに嵌るようで、のめりこんでしまう可能性があります。近いうちに第六章「夢におけるさまざまな情動」のまとめを行います。
2016.03.22 Tuesday
このところの国際情勢で気になることと言えば、北朝鮮の核実験や長距離弾道ミサイルの発射強行を受けて、米韓の軍事合同訓練の規模が大きくなっていることです。どうも近隣諸国の動きに目が奪われますが、人類史を精神分析の視点から捉えると、攻撃欲動の抑制が人間社会を支えてきたことになり、元々人間は戦争を起こす欲動を持っているというのがフロイトの理論です。先日読み終えた「フロイト入門」(中山元著 筑摩選書)の文を引用します。「社会が人間たちに求めるのは、こうした性的な欲望の抑圧だけではない。人間にそなわる別の深い欲望として、他者を攻撃し、破壊したいという欲望がある。~略~人々は社会のうちに生きながら、たがいに愛しあうエロスの欲動と、他者を攻撃しあう攻撃欲動の両方を満たすという困難な課題に直面することになる。」こうした人間の欲動をコントロールするためにはどうしたらよいのか、戦争を回避する道としてフロイトは以下のような提案をしています。「戦争による他者の殺害という破滅的な方法で発揮しない道も必ずあるはずである。『この欲動を別の場所に向けて、戦争においてその表現をみいださないようにすればよい』はずなのである。~略~一つは破壊的な欲動と対立するエロス的な欲動を育てることである。~略~第二の道は、指導者となる人々のうちに、『自律した思考をすることができ、威嚇されても怯むことがなく、真理を希求する人を養成する』ことである。~略~第三の道は、社会のすべての人が平和主義者となることである。フロイトは、文明が発展すると、知性の力が強まり、理性的に判断する人が増えることを指摘し、戦争というものに『体質的に不寛容に』なっている人が、そして戦争にたいして『生理的な嫌悪感』を感じる人が増えていることを指摘している。」これはフロイトが唱える戦争回避の道です。フロイトが生きた時代は、ナチスドイツによるホロコーストがありました。そんな時代背景の中で、フロイトが精神分析学を通して、戦争を回避するにはどうしたらいいのかを示唆しています。平和主義に関しては甚だ単純ではありますが、もっともな意見だと感じます。世界が第三の道に気づくのはいつの日か、ひょっとしたら永遠にないのかもしれません。それでも私はフロイトの意見を支持したいと思います。
2016.03.21 Monday
今日で三連休が終わりました。年度末の時期のせいか三連休であっても、リフレッシュが出来ず、来年度の人事が頭から離れることはありませんでした。それでも若いスタッフを連れて美術館に出かけたり、家内と墓参りや横浜中華街に夕食に出かけたりしました。制作は三連休でここまでやろうと考えていた工程は終わりました。終わってみれば制作が充実していたことに気づきました。初日の疲労困憊の中でやっていた制作は、自分一人でいたら作業を早めに切り上げていたところを、スタッフ2人がいて、自分も彼女たちに負けまいと頑張ったおかげで、ノルマは達成しました。中日はスタッフ2人と美術館に行く約束をしていたので、それを張り合いにして頑張りました。結局この日もノルマを達成していました。今日は家内と横浜中華街で夕食をしようと約束していたので、それを張り合いにして頑張り、3日目のノルマも達成しました。美術館散策や中華街での外食を自分への褒美にして、何とか頑張れたと思っています。でもウィークディの仕事のことが気になっていたことは確かです。制作目標を達成しても喜んでいない自分がいて、人事が落ち着くまでは心休める日がないのかもしれません。こればかりは現実逃避はなく、自己責任上どうあってもやっていくしかないものです。明日からまた課題に正対していこうと思っています。
2016.03.20 Sunday
三連休の中日です。今日は昨日のような疲労はなく、早朝から家内と菩提寺に出かけました。朝7時に墓参りをするのは初めてでしたが、清々しい空気に触れて心が軽やかになりました。9時に2人の若いスタッフが工房にやってきました。制作は順調に進んで、とりあえず午後の2時には今日予定していた作業を終えました。それから私の運転でスタッフ2人を連れて横須賀美術館に行きました。下りの横浜横須賀道路はスムーズに流れ、予定していた時間に美術館に到着しました。美術館では現存する芸術家2人による大がかりな展覧会「嶋田しづ・磯見輝夫展」をやっていて、色彩(嶋田)とモノクローム(磯見)を対比した企画で、大変楽しめる展覧会でした。私は学生時代に彫刻を学ぶ傍らで、木版画を作っていました。ドイツ表現派に影響された大型版画を作っていましたが、その時に磯見ワールドに触れて、日本にもこうした表現主義的な人物をテーマにした版画を作る作家がいることを知りました。随分昔のことになりますが、それが頭の片隅にあって、今回磯見ワールドのまとまった作品が見られることが嬉しくて横須賀美術館に出かけたのでした。詳しい感想は後日改めます。その後、横浜のみなとみらい地区にあるBankARTに行くため、車を飛ばそうとしましたが、上りの渋滞にハマってBankARTに到着したのは夜7時になっていました。ギリギリのところで展覧会場に滑り込みました。急いでいたのは多摩美術大学卒業制作展を見るためで、出品者の中に相原工房に出入りしていた子がいたのでした。彼女の大きな油絵は「水のもり」と題して、水中の世界を象徴的に表現したもので、珊瑚のような、また魚鱗のような要素が組み合わさり、瑞々しい雰囲気を醸し出していました。色彩もよく練られて中間色が豊かでした。彼女の絵画的な成長に拍手を送ります。昼間は国家公務員として働いていて、夜は美術大学に通う二束の草鞋生活が、漸く彼女に終わりを告げようとしています。彼女は工房で実技の受験勉強をしていましたが、入学後の4年間はあっという間に過ぎていったように感じます。次なるステージを彼女はどう考えているのでしょうか。今後も絵画制作を続けるなら相談に乗りたいと思っています。
2016.03.19 Saturday
三連休になりました。職場の仕事から解放されて、制作に邁進できると思っていたところ、今週の仕事の疲労が残っていて、なかなか辛い一日を過ごしました。今週の仕事というのは、来年度人事の手詰まり感があって、おまけに職員と面接をしても一部断定できず、厳しい局面を迎えていることです。二束の草鞋生活を今まで憚らずやってきましたが、ここにきて切り替えが難しいことを実感しました。こんな気分になったのは初めてです。ともかく今日は若いスタッフが2人来ていて、工房内の雰囲気はとてもよく、気持ちの上では制作に没頭出来る条件が揃っていましたが、精神的な疲労困憊が祟って、いつものように制作を進めることが出来ませんでした。明日以降は気持ちの持ち直しがあると期待しています。明日は制作の後、スタッフを連れて美術館に行こうと思っています。そこで気分転換が図れるのではないかと思っているのです。気分転換に制作は向きません。制作は自分を追い詰めていくので、精神的負担が多いのです。寧ろ美術館での鑑賞が有効なのです。家内から言われた墓参りも気分転換になりそうです。朝早く家内と菩提寺に墓参りに出かけ、夕方に若いスタッフ2人と美術館に出かければ、きっと気分はよくなると思います。この三連休は一週間の仕事の疲れを解消し、制作に対する意欲を取り戻す機会にしたいと思っています。