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  • 週末 4月制作の第一歩
    今日は4月になって最初の週末で、今後の制作を考える第一歩になりました。陶彫による大きな新作2点のゴールを見定めて、今月中にどこまで完成に近づけるか、制作時間を見て判断していきたいと思います。まず絵画的な平面性の強い新作は、今月を完成の目標とします。表面の木材による凹凸とそこに置く陶彫部品は出来上がっています。凹凸部分に砂マチエールを施すことと、砂に油絵の具を滲み込ませること、表面をギャラリーの床から多少離すため台座を作ること等、まだやらなければならないことがあります。擂り鉢型の新作は、これから陶彫部品を作っていかなければならず、完成は来月末になりそうです。小さな陶紋は今月中に完成させる予定です。今月は多少無理をして制作を進める予定です。今日は擂り鉢型の新作の窯出しを行い、成形と彫り込み加飾のおわった陶彫部品に修整を加えて乾燥に回しました。午後から土錬機を回して土練りを行い、夕方には平面性の強い作品の台座を作りました。相変わらずウィークディの疲れは残っていましたが、それを言い訳に休む余裕はありません。気持ちが完成に向かって変化しているように思えます。気力が甦ってきたように感じます。このまま突き進みたい欲求に駆られます。夜には家内と鍋の食材を買いに出かけました。月曜日に新しい職員が職場にやってくるので、大鍋コミュニケーションをやろうと計画しているのです。二束の草鞋生活双方が活発に動き出そうとしています。明日も制作続行です。
    4月 再任用管理職として…
    4月になりました。私はいつものように職場に出勤して新年度の準備を始めていました。しかしながら今日から自分は再任用管理職として勤務しているのです。まったく変わらない仕事内容で、しかも管理職としての責任もそのまま、給与は大幅に下がることを知っていながら、この職場を他の管理職に委ねられなかった自分がいて、そうした己の気概みたいなものが自分を突き動かしていると言えます。何とか極小規模であっても平成28年度を乗り切っていきたいという思いで一杯です。今年度の人事はほぼ決定しました。あとは職員が動いていくだけですが、少人数ゆえの不測の事態も発生するかもしれません。これからは1年ごとに自分が管理職をやれそうかどうか自分自身で自問自答しながら勤務していきたいと思います。創作活動の方は、いよいよ切迫してきました。先月はまずまず頑張ったつもりでしたが、制作工程を確認すると、やはり厳しいと言わざるを得ません。果たして5月に撮影ができるかどうか微妙なところです。1ヶ月以上も続いた人事が一段落したところで、今日は夕方から東京に出かけました。職場に自分と同じ二束の草鞋生活を送る職員がいます。その人が東京都立美術館で開催されている「モダンアート展」に絵画を出品しているので見てきました。仕事の合間に大きなキャンバスに向かうのは大変だろうと察しています。毎回出品を続ける継続力に敬意を表します。ついでに同美術館で開催中の「ボッティチェリ展」も見てきました。これはなかなかの水準の作品が来日していて見応えがありました。詳しい感想は後日改めます。上野公園は桜が見ごろを迎えています。美術館を出ると、夜桜を見物する人で混雑していました。外国語が飛び交っていることが、ひと昔前とは違うなぁと思いました。今月も創作活動に頑張ろうと思います。
    退職の日 辞令交付式
    私は20代の頃は海外にいたので、橫浜市公務員になったのは30歳でした。大学時代の就職活動組からすれば、随分遅れをとったことになりますが、あれから30年が経ち、今日定年退職を迎えることになりました。私たちの職業は氏名が新聞に掲載されるので隠しようがないのです。30年の間にはいろいろなことがありました。困難な課題と正対することも多く、周囲から助けられたことも多々あり、忘れられない思い出もあります。後半の7年間は管理職になり、職場に対する視点が変わりました。7年間は責任のある立場としてやってきましたが、やはり自分の職業人生を彩るのは、管理職ではなく、身体を張って仕事に邁進した30代から40代の頃かなぁと述懐しています。今日は某公会堂で辞令交付式があり、退職の辞令を壇上で受け取ってきました。ただ、自分の中で仕事を辞める意識がありません。今の職場は極小規模になって人的配置が難しい職場です。僅かな人数でも職場を運営していく方策を、ここ数週間かけて考えてきました。来年度を見届けなければ円満退職はできないと思っているのです。退職の線引きは自分でやります。たとえそうであっても、今日のような辞令交付式は自分にとって区切りとなるため必要なことだと思いました。創作活動には区切りがありません。夏の個展までが区切りと言えますが、毎年作品に不満を残すため、さらに内容を展開させることが目標となり、そのまま継続していってしまうのです。慌しかった今月を振り返ることもなく、新年度に突入していきます。健康あっての仕事なので、身体には充分留意していこうと思っています。
    「いま生きているということ」
    谷川俊太郎作詞、小室等作曲による「いま生きているということ」というフォークソングがあります。昨日NOTE(ブログ)を書いていて、ふと頭に浮かんだ唄です。…「♪生きているということ いま生きているということ それはミニスカート それはプラネタリウム それはヨハン・シュトラウス それはピカソ それはアルプス すべての美しいものに出会うということ そしてかくされた悪を注意深くこばむこと♪」…このフレーズは歌い出しではありませんが、自分はこのフレーズが大好きです。何気ない雰囲気に、ふと映像が入ってくるのです。生きている実感がさまざまなコトバで語られ、曲は大きく畝った後に長い間奏があります。原詩を詩集から探すと、唄との間にちょっとした違いがあります。唄ではコトバを増やしてボリュームをもたせています。繰り返しも効果的に入れています。最後に唄も詩も…「♪生きているということ いま生きているということ 人は愛するということ あなたの手のぬくみ いのちということ♪」…で締めくくられます。単純で朴訥なコトバの繰り返しがあり、でもそこに心の隙間に入り込んでくる大切なものがあると感じてしまいます。人間は生きていく上で喜怒哀楽を伴う経験を重ね、フロイトが唱える闘争欲望と愛する欲望を矛盾させながら、主体的に生きようとする動物だろうと私は考えています。私なりに、いま生きているということとは何だろうと、自作の詩を試みたくなるのです。今晩も自宅の食卓で「いま生きているということ」を聴きながらRECORDを制作しています。
    自分を取り戻す時間
    私は一日1点ずつ小さな平面作品を作っていて、RECORDと名づけています。言わば毎日の記録です。日記のように作品を作っていくコンセプトで始めたRECORDでしたが、気楽に作品を作れない私の性格のせいで、毎晩苦しむ羽目になりました。それでも習慣というのは大変なもので、RECORDを制作している夜の時間帯が、自分を取り戻す至福の時になっているのです。就寝前の1時間がその時間帯で、自宅から離れた工房に行く余裕がないので、夕食後の食卓が制作場所です。絵の具を使う時は、飼い猫のトラ吉を部屋から閉め出します。制作時間帯はいつも音楽を流しています。私は既に古い世代となっているので、若い頃夢中になったフォークソングや映画音楽を聴いています。毎晩同じ音楽を聴いていて、よく飽きないものだと思っていますが、傍らで流れる音楽なので、寧ろ同じ曲の繰り返しがいいのです。しかも最近珍しいカセットテープで聴いているのです。ダイニングに置いてあるコンポはカセットが聴けるもので、自分には愛着のある家電です。朝食の時はコンポからFMヨコハマが流れています。夕食の時は家内の好きなジャズを流しています。就寝前のRECORD制作時間は、専ら私の青春ソングです。谷川俊太郎作詞、小室等作曲による一連のフォークソング、それからオリジナル盤による戦前欧羅巴映画主題歌集というのが定番です。私は古いドイツ映画やフランス映画が大好きで、質の悪い録音をカセットにしたもので聴いているのです。自分を取り戻す時間、週末の創作活動以外に、毎晩自分と向き合うひと時がホッとする時間です。