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  • 「夢行程の心理学」(c)まとめ
    「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)第七章「夢行程の心理学」の(c)「欲望充足について」のまとめを行います。「夢解釈」の中で欲望充足は幾度となく登場してきました。夢は欲望充足でしかありえないという説を前提に、そこから膨らませた論理を展開していくのが本章(c)です。次の文は欲望と同じような夢内容に入り込む日中残余について述べたものです。「前意識の興奮は無意識からの加勢を求め、そして、無意識的な興奮が迂回路をとるのにつきあわねばならない。では、前意識的な日中残余は夢に対してどういった立場にあるのだろうか。日中残余が夢にふんだんに入り込み、夢内容を利用して夜中にもまた意識が迫ってくることに疑念の余地はない。それどころか、日中残余がときに夢内容において他を圧し、日中の仕事の継続を夢内容に強いることもある。そして、日中残余が、欲望と同様の性格をとりうるとともに、また欲望とは異なるその他あらゆる性格をとりうるのも確かだ。」さらに夢解釈から精神病の症状について言及した箇所があります。「無意識的興奮は前意識を自らに従わせ、前意識を通じて私たちの言辞や行動を意のままに操る。あるいは、むりやり幻覚性の退行を生じさせ、知覚が心的エネルギー配分に及ぼす引力を利用して、本来は無意識的興奮のために定められたのではない装置を操作する。私たちはこの状態を精神病と呼ぶ。~略~夢以外にも別の形式の不正常な欲望充足があるにちがいない。そして実際、精神神経症のあらゆる症状についての理論の頂点に立つ一つの命題がある。それは、そうした症状もまた無意識的なものの欲望充足として把握せねばならないという命題である。」この引用をもって「欲望充足について」のまとめとしたいと思います。
    新作の印を考える
    陶彫による集合彫刻を発表している私は、それぞれの陶彫部品に印を貼り、そこに番号をつけています。印は新作によって全て異なり、その印によって部品が混じらないようにしているのです。作品によっては100個以上の部品で構成されるため、分解していくつかを一緒に箱詰めして倉庫に収納しています。部品の箱が新旧入り乱れて積んであるため、箱から出した陶彫部品がどの作品の一部なのか判別できるようにする必要があります。その決め手となるのが印です。印は常に新しく制作し、和紙に捺印して陶彫部品の裏側に貼っておきます。木材の台座と接着する場合は、台座と陶彫部品に同じ番号をつけます。印の上から番号を書き込んでおくのが、自分の常套手段になっています。先日台座に砂マチエールを施した「発掘~表層~」ですが、砂を貼っていない場所が10箇所あります。そこに陶彫部品を置く予定にしてあるのです。当然印もその場所に貼っていきます。そろそろ新しく印を彫らなければならない時期にきています。今回はどんな印にしようか、デザインを楽しみながらやっていこうと思っています。印は篆刻が基本ですが、私は自由な発想でデザインをすることにしています。文字を構成要素にした小さな抽象絵画と考えていて、文字か模様かわからなくなるほどデザイン化していきたいと思います。
    映画「火の山のマリア」雑感
    中南米グアテマラの高地に暮らす家族を描いた「火の山のマリア」は、暫く東京の岩波ホールで上映されていて、それで知り得た映画でした。火山近くの肥沃な土壌で農業を営むのは、日本と似た環境のようですが、土地は借地で収穫が少なければ農園主に追い出されてしまう貧困の状況があって、生活の厳しさが物語につき纏っていました。両親と一緒に暮らす17歳の少女マリアが主人公で、妻に先立たれた農園主のもとに嫁ぐ手筈になっていたところ、コーヒー農園で働く若者に憧れ、一夜の関係を持ってしまいます。若者はマリアを残してアメリカに旅立ち、マリアは妊娠してしまいます。両親や農園主にそれが発覚し、一家は引っ越しを余儀なくされますが、そんな折、マリアが畑で蛇に噛まれ、瀕死状態のマリアは都会の病院に担ぎ込まれます。スペイン語が出来ない一家は農園主の通訳に頼らざるを得ない中で、身籠もった子を養子に出す契約書に拇印を押してしまいます。母親の強烈な主張は通らず、子は亡くなったと虚言され、落胆するマリア。葬式の後で、それが嘘だったことを知り、どうにもならない社会の機構の中でもがき苦しみ、結局マリアは農園主のもとに嫁ぐことになるのです。映画全体の印象では、朴訥なマリアと雄弁な母親の関係が縦軸となり、横軸には社会に取り残された少数民族の弱者としての宿命を感じました。古代のマヤ文明を築いた末裔は、現代の貧困を背負い、電気もガスも水道もない村で暮らしています。矛盾をはらんだ文明の強者の発想が、今も世界を歪めているのかもしれません。普段着にしている民族衣装が美しく、火山灰の暗い色彩の中で映えていました。
    週末 休日出勤&「表層」彩色
    今日の午前中は職場関係の地域会合があって出勤しました。来賓挨拶を仰せつかって、これが早めに終わり、横浜駅まで車を飛ばしました。昨日から「発掘~表層~」の彩色作業が始まり、油絵の具の溶剤が足りなくなっていたので、横浜駅にある画材店に行ったのでした。溶剤を2缶手に入れて工房に行きました。漸く夕方に彩色の下塗りが終わりました。最終的にさまざまな色彩を調整するために、もう1回彩色作業を行いますが、下塗りが乾いてから行いたいため、来週末まで放置することにしました。今回の色彩は赤を主体にした色調にしました。まだ生っぽい色彩なので、部分的に混色をして彩度を落としていこうと考えています。今日は午後になってスタッフが来ました。スタッフのうちの一人が友人を連れてきました。それはスタッフがインドネシア留学中に知り合った女性で、アジアを点々と旅して、先ほど成田空港に着いたばかりでした。彼女たちは連休中に逗子で行われる映画祭の時に、アクセサリーの店を出す予定で、アジアを回っていた彼女は各地で布や小物を仕入れてきたのでした。早速工房で出店に関する打ち合わせを2人で始めました。元々スタッフは美大で染織を学び、商品化にも積極的なので、アート・マーケットが成功するといいなぁと思いました。これから来月の連休までに200点を手作りするとのこと、まさに時間との勝負です。彼女たちの努力を応援したいと思います。
    週末 「表層」彩色&映画鑑賞
    週末になりました。昨日は職場の歓送迎会があって、帰宅が深夜になりました。ただでさえ疲労が溜まる週末なのに、なかなか体調が戻らない状態で朝から工房に出かけました。今日は先日終わった「発掘~表層~」の砂マチエールに油絵の具を滲み込ませる作業が待っていました。例年の方法は同一の色彩で画面全てを塗っていくのですが、今回のイメージは絵画性が強いため、下塗りも色彩を変えていきました。これはほとんど絵画を描く按配で、暖色系の色彩を全体構成を考えながら配置していきました。溶剤が足りなくなるのではないかと不安になるくらい砂に油絵の具が滲み込んでいきました。多少の塗り残しは明日もう一度確認しながらやっていこうと思います。今日の作業は彫刻の制作という意識がなく、まさに完全なる絵画制作でした。夕方になってスタッフを連れて、横浜市中区にあるミニシアターに映画を見に行きました。東京の岩波ホールで上映されていた映画が横浜にやってきたので、これは見たいと思っていたのでした。見た映画は「火の山のマリア」で珍しいグアテマラの映画でした。火山の麓で電気もガスも水道もない原始的な暮らしをしている両親と娘の三人家族を巡る物語で、マヤ人の末裔と言うべき古来からの風習が現在に生きていて、物語の背景にも興味を持ちました。詳しい感想は後日改めます。疲労があるにも関わらず、今日は充実した一日でした。