Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 3月RECORDは「わかれる」
    今年のテーマはひらがな4文字で考えるようにしています。3月のRECORDのテーマを「わかれる」にしました。職場では年度末を迎える今月が出会いと別れの季節になります。「わかれる」を象徴的に表現することは難しいのですが、今生の別れという重いテーマではなく、心機一転という積極性を伴った職場異動のニュアンスで制作していくつもりです。RECORDを10年近く制作していると、似たテーマで過去にも作った記憶があります。なかなかテーマの多様性が選びにくくなっていて、繰り返しになる可能性もありますが、作品は常に新しく作られるものなので、気にせずにやっていこうと思っています。RECORDはホームページにアップして発表するウェブ・ギャラリーという形式を取っています。ネットに繋がっているパソコンがあれば、いつでもどこでもRECORDを見ることができます。ウェブ・ギャラリーでは月毎にコトバを添えています。これはRECORDのテーマ説明ではありません。詩と呼んでいいものかどうか躊躇するところですが、拙さは百も承知で公開しているのです。今月も一日1点のペースで頑張っていこうと思っています。
    映画「アーティスト」について
    映画を観に橫浜のミニシアターに私はよく出かけますが、かつて観たかった映画を見逃し、残念と思っていたところにテレビのBS番組で取り上げられ、ラッキーと思うことがあります。2011年制作の映画「アーティスト」もそうで、現代にも関わらず敢えてモノクロで、しかもサイレントとして制作された映画であるというユニークな企画に惹かれました。2012年のアカデミー賞受賞作にもなっていて、映画本来の面白さを原点から考えようとしていることが、この映画を観ていて感じたところです。映画の中の時代は1927年から32年で、舞台はハリウッドでした。技術革新があってサイレントからトーキーに移行する映画産業が、観衆の心を掴んでいた背景があり、サイレントに固執したばかりに没落していくベテラン男優と、トーキーで躍進していく若手女優を中心に物語が展開していきます。映画は音声なし、音響が流れているだけの設定にも関わらず、微妙な心理表現が出来ているのは、俳優陣の優れた演技力かなぁと思いました。表現の原点に戻るということが私は大好きなので、「アーティスト」はそういう意味でも自分のツボに入ってきた映画でした。
    週末 内環成形の難しさ
    今日も工房で制作三昧の一日を過ごしました。昨日に続き若いスタッフも来ていました。天候が不安定で雨が降ったりしましたが、気温は暖かく工房室内は快適でした。新作である擂り鉢型の大きな作品に相変わらず挑んでいますが、一番外側の環が出来上がり、現在はひとつ内側の環を作っています。これも円形を20個のブロックに分けて、ひとつずつ部品を作っていますが、一番の見せ場である内環の成形が難しくて手を焼いています。全体は擂り鉢の円形になる構成ですが、ひとつひとつの部品は曲面がなく、全て平面の断片を縦横に構成するような造形的方針を立てています。そこが自分なりに新しくもあり、また難しくしている原因と言えます。陶は曲面が美しいので、自分もそれを最大限利用してきましたが、新作では曲面の美しさに頼ることができません。陶は焼成によって多少歪みが発生します。曲面であれば歪みを誤魔化すことができます。平面は歪みは歪んだままで残ってしまいます。それこそ金属で作った方がいいのではないかと思うところです。今さら悩んでも仕方がないので、陶の別の部分を美しさとして生かすことにしようと決めました。あくまでも平面の断片を組んで陶彫部品に収めていく所存です。それはそれで金属にない美しさが出るはずです。今日は内環部品のひとつをどのくらいの時間で作れるのか試しながら作業を進めました。思ったより時間がかかったので、焦りを覚えました。これを20個作るにはどうしたらよいのか、またまた時間との闘いが始まります。
    週末 工房周辺の変化
    週末になり、工房での制作に拍車をかけています。若いスタッフも来ていて、お互いそれぞれの作業に集中して取り組んでいます。今日の話題は工房内部のことではありません。相原工房は、造園業を営んでいた父が、植木の一時保管場所として活用していた畑に建っています。そのため公園のように植木が上手に配置されているわけではなく、植木は無計画で雑多に植えてあるのです。父が亡くなってから植木畑は荒れてしまいました。工房は植木をある程度伐採して場所を確保し、そこに農業用倉庫として建てたものです。周囲の植木は手付かずのまま残してありましたが、父系の親戚である叔父に頼んで、時々手入れをしてもらっていました。雑木林化した大きな樹木が気になっていたところ、叔父から思い切って巨木の手入れや伐採をしたらどうかと提案がありました。叔父の手間賃とパッカー車数台分の費用をどう捻出するか家内と考えました。自分がまだ公務員でいるうちに費用は準備できるのではないかと結論を出し、今日から植木畑の整理作業に取り掛かってもらいました。一日で作業はかなり進み、鬱蒼とした木々は風通しがよくなりました。自分が退職したら、70代になろうとしている叔父の代わりに自分が手入れをするのかなぁと思いつつ、手馴れた叔父の作業を見ていました。工房の窓から見える緑の風景は、実のところ維持に手間がかかり、費用もかかることを改めて確認した一日になりました。
    渋谷の「ラファエル前派展」
    Bunkamuraザ・ミュージアムは遅い時間まで開館しているので、勤務時間終了で職場を出て橫浜から渋谷まで電車の乗り継ぎがうまくいけば、何とか開館時間に間に合います。昼間働いている者にとっては仕事帰りに立ち寄れる大変便利な美術館です。「英国の夢 ラファエル前派展」は、リバプール国立美術館の所蔵品で構成された19世紀イギリスの具象絵画が堪能できる展覧会でした。ラファエル前派とは何か、イタリアの巨匠ラファエロ・サンツィオの絵画に範を執る古典主義的な教育法に反旗を翻し、ラファエロ以前の絵画に回帰すべきであるという主張が、ラファエロ前派という一団を生んだようです。つまり復古主義です。それまでイギリスのロイヤル・アカデミーで行っていたアカデミズム教育に対する不満が、ミレイ、ハント、ロセッティというラファエロ前派の画家を輩出させますが、主題が過去に向かったことやミレイやハントが伝統的なロイヤル・アカデミー展に出品し続けたことが、アカデミーに対するラファエロ前派の微妙な立場を物語っています。変革を求めた絵画が、依然としてロマン主義の範疇に留まっていることが、イギリス社会固有の特徴ではなかろうかと思うのですが、どうでしょうか。フランスの印象派とは違う方向にいったことが私には不思議に思えます。今回の出品作品はいずれも丁寧に仕上げられていて、風景や田園の生活を丹念に描いた作品が多く、抒情たっぷりに人々の生活を浮き彫りにしていて、会場を眺めて回りながら、こんな世界観もあっていいのではないかと私個人として思いました。仕事帰りに疲れた心で絵画を味わうとしたら、色彩の情緒に憩いを求めることもあって、現代日本からするとイギリスの風景は非日常そのものだと感じました。