Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 作業と会話
    久しぶりに週末になった実感が今日はありました。ウィークディの仕事が厳しかったことが、この実感に繋がっていると思っています。創作活動も厳しい局面を迎えているのですが、またウィークディの仕事とは意識が異なります。今日は朝から工房に篭りました。陶彫部品の仕上げと化粧掛けの作業に追われました。来週も今週に続いて窯入れをしたいと考えているからです。出来れば週の途中で陶彫部品を入れ替えて2回分焼成したいと思っています。陶彫部品の乾燥が進んでいるため、制作サイクルに弾みがつき、焼成を急いでいるのです。次の成形もそろそろ考えねばならず、時間との闘いになっていますが、土曜日はウィークディの疲れがあるためか身体が思うように動かず、気ばかり焦っている状態です。そんな折に工房に来ている若いスタッフとお茶を入れながら、詩について会話を交わしました。若いスタッフは詩的な文章を書く人で、自然な流れの中で詩的発想が生まれるようです。私は高校生の頃から詩人に憧れていたと言ったら、彼女はまったく詩人を意識したことがなく、また詩人になろうとも思ったことがないと言ってきました。自己の素質に詩的世界を操る能力を持っていれば、詩人に憧れることもないのかぁと私は自覚しました。こうした何気ない会話が私には貴重に思えます。大学院には議論好きな人がいると彼女は言っていましたが、私も学生時代は彫刻以外の人たちと議論をしていました。学校を卒業すると経済的な仕事に追われ、仕事以外の話をする機会が減ります。ましてや芸術のことなど話す機会は滅多にありません。疲れて身体が動かない土曜日に作業ばかりではなく、私の会話に付き合ってくれた彼女に感謝です。
    仕事の後は美術館へ
    ストレスのかかる仕事をした後、それをどう解消するか、人それぞれの方法があろうかと思います。少し前は私はスポーツ施設に行き、水泳でストレス解消を図っていました。五十肩が完治していない今は、美術や映画の鑑賞しかありません。そこで今日は勤務時間が終わってから、家内と橫浜駅で待ち合わせ、東京六本木にある森美術館に出かけました。「村上隆の五百羅漢図展」は前から見に行こうと思っていましたが、私自身が村上ワールドをあまり好きになれないことが、展覧会に行くかどうか迷いを生じさせた原因でした。相原工房に出入りしている大学院生が、村上隆が代表を務める有限会社カイカイキキで行っている制作現場に出かけてアルバイトをしてきたことが、村上ワールドを身近に感じさせた要因になり、それなら展覧会に行って見ようかと思ったのでした。アルバイトに行った彼女曰く、窓のない広大な建物の内部で、多くの美大生を雇い、壮大な作品を作っていて、全てシルクスリーンによる表現だと言うのです。スーパーフラットとはこのことを言うのかと思いました。彼女はあまりの労働の辛さに音を上げ、僅か5日間でアルバイトを辞してしまったと言っていました。制作は24時間体制でシフトを組んで行われ、短期間で超大作を作り上げる工房システムだったようです。そのスケールにも驚かされました。実際に見た村上ワールドは煌びやかな装飾に彩られ、巨大なスケールの画面にサブカルチャー的要素の強い五百羅漢が踊っていました。古来の日本絵画を村上流に仕立て直し、そこから迸り出るパワーにも圧倒されました。詳しい感想は後日にまわしますが、キラキラな作品を見た後で、私は少々毒気を抜かれてしまったようでした。
    それでも新聞を読んでいます
    インターネットの普及で、新聞の購読率が下がっているという話を聞きます。新聞ファンの私としては残念だと思いますが、それでも新聞を読もうといろいろな人に勧めています。インターネットはひとつの話題を掘り下げていくのに大変便利な媒体です。併行して知りたい情報が次から次へと出てくるからです。では新聞の魅力は何か、私は誌面全体に広がる視界情報だと思っています。興味の有無に関わらず、新聞を捲ると視界に飛び込んでくる多くの情報がそこにあるからです。何気なく目を移しながら、つい読んでしまう、そんな四方山的な情報の摂取が、自分の知識を広げ、心を豊かにするのではないかと思うのです。私は専門から言って文化芸術欄を必ず読みますが、職場の関連する記事もコピーかスクラップをしておきます。新聞によって私が興味を持ったのは国際情勢です。とくに日本を取り巻くアジア諸国の動向が気になるところです。株価等の経済情勢も気になっています。自宅では親の代から朝日新聞を購読しています。学生時代、朝日新聞の夕刊に掲載されていた展覧会評を当時スクラップブックに貼っていました。ギャラリーせいほうの個展も掲載されていて、いつかは自分もと思っていたのですが、現在その欄はありません。職場では朝日新聞の他、読売新聞、神奈川新聞、日本経済新聞をとっていて、職場に来れば必ず目を通しています。新聞によって記事の扱い方が違うのを楽しんでいます。インターネットの利便性が高いのは百も承知で、それでも私は新聞を読んでいます。
    公務員職に拮抗する創作活動
    「~さんは近々手術のために入院するんだって。それでもそんな素振りを見せずに練習に来ている。」「~さんは和楽器の他に書道や料理もこなす凄い人だ。」と家内がよく私に喋る何気ないコトバです。胡弓を演奏している家内は、年上の人たちとの交流が多く、その中には70代や80代の自由闊達な御仁もおられるようです。「あなたは今の仕事を退職してしまうと、きっと老けるわね。」と家内に言われ、然も有りなんと思ってしまう自分がいます。今の仕事は神経を使う厳しい面がありますが、降りかかった課題に何とか対応しようと私の声かけで組織を動かしていく、言ってみれば大変やりがいのある仕事です。でもそんな組織の中だからこそ頑張れるのであって、私個人はどうなのだろうと思ってしまいます。幸い私には創作活動がありますが、創作活動一本になるとどうなるのか、実は想像がつかないのです。先日のNOTE(ブログ)で気持を吐露した通り、私の創作活動は二足の草鞋として、公務員の仕事に拮抗してやってきました。その生活が長いため退職が怖いと言っても過言ではありません。もう一年再任用管理職としてやれることが決まっていますが、その後はどうなるのか、毎日彫刻家として自分を深める生活が出来るのか、そんな思いを抱いて仕事帰りに工房に立ち寄りました。焼成が終わった作品を窯から出して、次の作品を窯に入れる作業があるため、夜になって工房に行ったのです。そんな作業をしていると、ふと職場のことを忘れ、解放気分に浸れます。家内の周辺にいる人たちのように自由闊達に創作活動が楽しめるように、まだまだ若さを保ちつつやっていきたいと思うこの頃です。
    花粉症が始まった
    風邪なのか花粉症なのか、昨日は体調が悪かったのですが、どうも風邪の症状もなく、ましてや職場で流行っているインフルエンザでもなく、これは恒例の花粉症が始まったのかなぁと思っています。今日もくしゃみと鼻水が出てティッシュが手放せません。花粉症は年齢とともに軽くなっていくように思っていますが、毎年発症した初日はつらいものがあります。30年ほど前、初めて花粉症になった時は熱が出ました。現在それはありませんが、鬱陶しいのは相変わらずで、仕事が滞ることもあります。そんな時に限って仕事上の厳しい対応に迫られています。花粉症なんか気にしていられるかと啖呵を切ってみても、困難な状況は変わりません。花粉症は季節性のアレルギー鼻炎なので、時期とともに軽減していきます。仕事上の困難さも何とか複数の人の知恵を結集してやっていくしかありません。二束の草鞋生活を続けたいと昨日のNOTE(ブログ)に書いたばかりですが、さらにもう一年こんな課題を背負ってやっていくことに希望が揺らぐことはあります。花粉症のように一過性の困難であることを祈るばかりです。