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  • 「夢解釈の方法」まとめ
    現在読んでいる「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)の第二章を読み終えて、ここで章論のまとめをします。第一章は「夢の問題に関する科学的文献」で、夢を論じた多くの研究を挙げて、夢が不条理で断片的であり、心的活動の低下になることを概観しています。章の最後に精神障害と夢の関連により、「夢の秘密を明らかにしようとする努力によって、私たちは、精神病の解明に努めていると言える」(引用)と結んでいます。さて、第二章では「夢に関する科学的な理論において、夢解釈という問題を論じる余地はない」(引用)と言っておきながら、「私は、夢が解釈可能であることを示そうともくろんだのである。」(引用)とフロイト自身が、これから取り組もうとする本著作の核心部分を語っています。これはフロイト自身が見た夢を解釈するもので、前置きと夢の綴りと分析が、順を追って書かれています。登場人物はフロイトの女性患者イルマ、M博士、フロイトの友人オットーやレオポルトで、イルマの病症や診断を巡って、オットーが既にイルマに注射した薬剤等やM博士の見立てが次々に出てきます。続く分析では、フロイト自身が、M博士を揶揄し、オットーと敵対している関係を告白しています。そんな実体験を通し、フロイトは「私は、夢によって実現される意図があることに気がついた。~略~夢はいくつかの欲望を充足する。~略~夢の細部についても、その多くが私には欲望充足という観点から理解しうるものとなる。」と書き表し、第二章の最後には「ここで示した夢解釈の方法に従うなら、夢が実際に意味をもつこと、そして、夢が、研究者諸氏の主張するような支離滅裂な脳の活動の表現ではないことが明らかになる。」と結んでいます。
    2015 旭ジャズまつり
    私が住んでいる横浜市旭区では、毎年夏にこども自然公園のグランドで「旭ジャズまつり」が開催されています。例年はジャズの音色が風に乗って自宅まで流れてくるので、それを聴いて満足していたのですが、今年はチケットを手に入れ、会場に行って見ました。自分は旭区に住んでいるくせ、今回初めて「旭ジャズまつり」に行ったのでした。「旭ジャズまつり」は今年で26回目を迎えるそうで、もうそんな時が経っていたのかと思いました。チケットは2枚ありましたが、家内が胡弓を弾きに東京荻窪まで行っていたので、工房に来ていた中国籍の若いアーティストを同伴して行くことにしました。今日の工房は作業に支障が出るくらい暑く、長い時間作業するのは無理と判断しました。午後は、私と同じ二束の草鞋生活を送る同じ職場の人が、絵画のグループ展を開催しているので、中国籍の子を連れて展覧会に出かけました。箔を使った彼の抽象世界に暫し見惚れて、それから横浜市内のドライブと洒落込みました。みなとみらいの赤レンガ倉庫から山手の洋館が立ち並ぶ道を走り、さらに中華街に来て、簡単な食事を取りました。夕方、涼風が立ったのを見て、こども自然公園のグランドの「旭ジャズまつり」に行きました。往年のスター宇崎竜童と北島直樹カルテットのコラボが聴きたかったのでした。宇崎竜童は山口百恵に提供した楽曲を歌って、フアンを喜ばせてくれました。中国籍の子も山口百恵の歌は知っていたらしく、帰りがけに口ずさんでいました。今日は新作に取り掛かれず、制作はほとんど出来ませんでしたが、個展の後でこんな日があってもいいのかなぁと思いました。
    2015 個展最終日
    東京銀座のギャラリーせいほうでの個展が最終日を迎えました。今日は午前11時の開館より、夕方6時の閉館までギャラリーにいました。懐かしい人や初めて出会う人から様々なご意見や感想をいただきました。個展は友人知人との再会する場、出会いの場として自分には欠かせない機会になっています。横浜市管理職を既に退職された元同僚から、作品の持つ高さに関する素敵な感想をいただきました。「発掘~丘陵~」の俯瞰する視点、これは上空からの目線が心地よい、「発掘~群塔~」の数本の塔の間を飛翔する視点との関連において、2つの作品を見つめる鑑賞者の目線の意識に、安定と愉快を与えると言うものでした。この作品には明るさと笑いがあるとも言っていました。作品が擬似都市のようであり、その中に入って眼で遊ぶことができることを、今回の個展でいろいろな角度から多くの方に指摘されました。そうした貴重なご意見や感想に、作品の次なる展開が可能になるヒントが隠されています。作品の新作イメージは自己中心的ですが、それが具現化され、ギャラリーで一旦提示すると、多くの鑑賞者とのコミュニケーションが成り立つことを、今回の個展で実感しました。わざわざ東京銀座まで足を運んでくださった多くの方々に感謝申し上げます。しかも梅雨明けの炎天下で、たいした接待もできず失礼いたしました。閉館後、懇意にしている運搬業者がトラックでやってきました。時間を合わせて工房スタッフ3人も来てくれて、作品の解体と箱詰め作業が始まりました。約1時間半で搬出が終わり、横浜の工房目指して銀座を出発しました。梱包された作品は工房の倉庫部分に収まり、10回目の個展が幕を閉じました。オーナーの田中さんと来夏11回目の個展の約束をしたので、明日からまた個展に向けて頑張っていきます。夜9時ごろ手伝ってくれた工房スタッフ3人とレストランでささやかな打ち上げを行いました。
    個展に関する複雑な心境
    10年前に東京銀座のギャラリーせいほうの田中さんに認められて、人生初の個展を開催しました。その時は有頂天になって、彫刻家としての大きな一歩を踏み出しました。このチャンスを手放すまいと毎年奮闘し、この10年間に10回目の個展が出来ました。その間、創作活動に邁進するだけの健康を保ち続けられたのが幸運と言えます。今後も継続したい思いで一杯です。そんな気持ちと裏腹に個展に関する複雑な心境もあります。個展を企画していただいている幸せがあってこその心境ですが、最初の個展からずっと思っているものです。自分自身、展示している作品に満足を覚えるのは、搬入が終わり、作品を組み立て、照明を設定して、いよいよ会場が出来上がった瞬間だけなのです。残りの日程は次第に息苦しさが出てきます。非日常空間の中で自分の作品と自分が対峙しているのが辛いと感じます。ギャラリーせいほうの広く白い空間は、何とも清々しい爽やかな場所で、入口のガラスを開けると、人はやや緊張した面持ちになります。鑑賞に訪れた人々には、なかなか理解できないかもしれませんが、そんな特別な空間で内面を吐露している自分の作品は、自分にとっては複雑で厳しい存在なのです。工房で見る作品とギャラリーせいほうで見る作品は、同じモノなのに違って見えます。作品にとってはギャラリーは演出された晴れ舞台で、作者は作品が万人の眼に曝されるのを見届ける裏方と言えます。その裏方が見つめる作品の晴れ舞台に、力量の及ばぬ箇所を見て、複雑な心境を抱いても決して不思議はないでしょう。個展に関する複雑な思いに駆られることは今後もありますが、それでも個展をやっていきたい意志は変わるものではありません。
    「夢の問題に関する科学的文献」後半部分
    やはり大著を読むのには相当の時間がかかることを改めて自覚しました。常に鞄に携帯しているのに、読みたい気分にならない時が結構あります。この場合、読書はリラックスタイムではないと思った方がいいのかもしれません。「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)の第一章に付けられたタイトルの後半部分を漸く読み終えました。後半部分は「なぜ人は夢を覚醒ののち忘れるのか」という章から始まりました。シュトリュンペルや他の研究者が論考を寄せる中、次の一文に気を留めました。「(文は)秩序に従い、適切な順序で並べられていれば、一つの語が他の語の助けとなり、そして全体は意味あるものとして記憶中に容易に、また長期間にわたってしっかり残る。それに対して、不条理なことは、錯綜して無秩序なことと同様、一般に保持しておくのが困難で、まためったに保持されることもない」という暗喩で夢の忘却が語られています。次の章は「夢の心理学面での特殊性」で、夢は心にとって奇異なるものとして捉えられ、ここではシュライエルマハーの一文を引用をします。「覚醒状態の特徴は、~略~思考活動が像ではなく、概念によって進行するところにある。さて夢はおもに像によって思考する。そして睡眠に近づくにつれて、意志的な活動が困難になり、またそれとともに意思によらない表象が現れる」というものです。さて次なる章は「夢の中の倫理的感覚」に関してです。夢の中にどの程度の道徳的素質が入り込んでくるのかという問いかけに対し、イェッセンの一文を引用します。「夢の中で良心は沈黙するようだ。つまり、同情も感じず、窃盗、殺害、撲殺などどんな重犯罪でもまったく頓着なしに犯すことができ、その後、後悔もしないのである」という反道徳的な箇所が特に印象に残りました。次は「夢理論と夢の機能」で2つの試みを提示しています。一つは「覚醒時の完全な心的活動が夢においても継続するという理論」、二つ目は「これとは逆に、夢においては、心的活動性の低下、連関のほころび、必要とされる素材の不足が生じるとされる理論」があるようです。最後の章では「夢と精神病の関係」が述べられています。紙面の関係で結論部分のみを引用します。「将来、夢の心理学と並んで、医師が夢の精神病理学に取り組むであろうことにまず疑いの余地はない。」引用文の羅列になってしまいましたが、今後の展開を考えると、この大著に関して章ごとにまとめておきたかったというのが本音です。