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  • 午前職場、午後個展
    月曜日から東京銀座のギャラリーせいほうで私の個展が始まり、平常勤務日の今日から金曜日まで、午前中は職場に出勤し、午後は年休を取得して個展会場に行くことにしました。まさに二足の草鞋生活の最たるもので、一日を半分ずつ橫浜市公務員と彫刻家の別世界を体感しています。午前中は職員に頼まれた書類を作成し、他の通常業務を行い、昼頃に職場を後にしました。職場で緊急事態が発生した場合は携帯電話で連絡を取り合うことになっています。午後1時半頃にギャラリーせいほうに着きました。残念だったのは師匠の池田宗弘先生が自分が到着する少し前までギャラリーにいてくださり、この日は会えず終いだったことです。ギャラリーにいると様々な方々が訪ねてきてくださいます。自分と同僚の管理職が来て、「彫り込まれた木彫の中に蠢いている陶彫が何か生物的だ。」と素晴らしい感想を言っていただきました。美術関係の出版社も来ました。もっと広報活動をするように発破を掛けられました。訪ねてこられた木彫家や石彫家と長い時間お喋りをしました。その他以前の職場の人や高校時代の同級生や家内の友人たちも来ていただいて今日も盛況でした。明日も同じように午後ギャラリーにいます。
    2015個展のオープニング
    今日から東京銀座にあるギャラリーせいほうで10回目の個展が始まりました。今日来廊していただいた方々は決して多くはありませんでしたが、重要な方々に見ていただいたように思います。まず私の作品に関する評論を美術誌に毎年掲載していただいている美術評論家の瀧悌三氏、今回初めてお会いした美術評論家金澤毅氏にも今後の示唆を受けることが出来ました。自分が関わりのあるところでは、横浜市の行政の方が2人、自分の職場では3人の方に来ていただきました。それぞれがその人なりの感想を持って作品を見ていただけたのが良かったと思いました。夕方のオープニングパーティでは、若い世代のアーティストが数人来てくれました。相原工房に関わっている子たちで全員が女性でした。綺麗に身なりを整えて来廊した彼女たちは、ギャラリーで見るのと工房で見るのは別人のようで、実は美人揃いであることに気づきました。今更自分は失礼なヤツだと思いながら、彼女たちには華やいだ雰囲気が出ていて、若いお喋りが弾けていました。彼女たちをそのまま帰すわけにいかず、新橋駅近くのカフェに寄りました。その他来廊された人に声をかけられなかった場面もありました。失礼をお詫びいたします。今日は夏日になって銀座は気温が上昇しました。銀座の大通りは歩行者天国になり、道路の真ん中には点々とパラソルが用意されていました。気晴らしに大通りを歩いていると、ここが日本なのか疑いたくなるような光景が広がっていました。パラソルで休んでいる人たち、歩いている集団の人たちは、いずれも中国語を話し、両手いっぱいに土産の品を持っていました。よく言われる「爆買い」とはこれかと思いました。年々変わっていく銀座の風景にちょっと驚きました。
    週末 個展搬入日
    早朝、自宅を出てから夕方5時を回ったところで、今日の一大事である作品の搬入と展示を終えて自宅に帰ってきました。ともかく肉体だけではなく精神的な疲労もあるようで、暫し身体が動きませんでした。午前9時に若い女性スタッフ2人、いつも手伝ってくれる後輩の男性彫刻家、家内と私、運搬業者は男性3人の計8人で梱包した作品をトラックに積み込みました。先導するトラックをスタッフを乗せた乗用車で追いかけ、東京銀座のギャラリーせいほうに到着したのは午前10時半ごろでした。梱包を解いて、梱包材をトラックに積み、運搬業者は会社に戻りました。例年のように近くの銀座ライオンに工房スタッフたちと昼食に出かけました。午後、組立作業に入りました。展示の位置や照明の当て方等で、工房スタッフたちの頼もしさを感じました。彼らは全員美術系の大学出身者で、「発掘~群塔~」の油絵の具による彩色でも力量を発揮してくれましたが、展示に至っては、空間を捉え、位置を決める際の彼らの助言に確かなものを感じました。みんなこういうことが大好きな面々なのだと改めて感じました。機会あるごとに自分は工房に出入りしているスタッフたちに本当に助けられているなぁと思っています。照明が全て終了したのが午後3時でした。それから乗用車で横浜に帰ってきました。女性スタッフをそれぞれ自宅近くまで送り、午後5時過ぎに自分は自宅に戻りました。明日はオープニングです。何回やっても個展のオープニングはドキドキワクワク感が抜けません。期待と不安が入り混じる複雑な心境です。
    週末 搬入準備
    いよいよ明日が個展の搬入日になりました。1年経つのは早いものです。今日は朝から工房に行って、搬入の最終チェックを行いました。2年前の搬入では陶彫部品を厚板に接合するためのボルトナットを、工房に全て忘れていった苦い思い出があります。その時、手伝いにきてくれた工房スタッフは、屏風を設置し、照明だけを調整して帰ってもらった記憶が今も残っています。家内と私だけでボルトナットを工房に取りに帰り、その日のうちに再びギャラリーせいほうにきて、2人だけで陶彫部品を全て接合しました。搬入は夜までかかり、疲労でフラフラになりました。また、昨年は小さな陶彫部品が一つだけ見当たらず、運送業者が預かってくれている木箱の中を探し、漸く見つけて初日の朝に設置した思い出があります。搬入にうっかりは禁物です。東京銀座と横浜の往復は、もうコリゴリです。今日のチェックはそのためにも慎重にならざるを得ませんでした。さらに搬出後の作品を置くことになる空間をきちんと片付けて、トラックから積荷を降ろし、ガレージを潜り、その空間に至る道筋を描きました。明日は、きっと大丈夫と自分に言い聞かせ、夕方工房を後にしました。
    新国立競技場雑感
    2020年東京オリンピック・パラリンピックを開催する嬉しさから一転して、最近の新聞紙上を賑わせている話題では、建設予定の新国立競技場の篦棒な予算問題があります。私も一般人的な見方をすれば、この金額に驚きを隠せません。ザハ・ハディド氏の未来型の斬新な設計は人目を引きますが、オリンピック後にこれを維持管理していくには、果たしてどのくらいの費用がかさむのか、未来に向けた「負の遺産」になりはしないかと、素人ながら感じるところです。オリンピック誘致で日本が示した「おもてなし」の心を自分は支持します。人と人を結ぶコミュニケーションの大切さを、自分の公務員としての業務の中でも感じ取っているからです。海外から、とりわけ隣国から来る観光客が、日本のサービスについて大変好感をもっていることは知っています。私はそんな自国の「おもてなし」文化を誇らしく思います。2020年東京オリンピック・パラリンピックは人が作り上げるもので、収容する器の立派さで見せるものではないと思います。昨日になって設計見直し案が浮上してきました。開催期間までに間に合わないという意見もあるようですが、逆に間に合う程度の施設でいいじゃないかと私は考えますが、いかがでしょうか。