2015.11.04 Wednesday
「絶望名人カフカの人生論」(カフカ著 頭木弘樹訳 新潮社)を読み終えました。実はもっと早く読めたのですが、読んでいくうちに、休憩を挟みながらの超遅読に切り替えました。何故なら本書は面白すぎて速読では勿体ないと感じたからです。翻訳と解説をしている頭木弘樹氏の何気ない言葉が巧妙でいいのです。「これってあるなぁ」とつい頷いてしまうネガティヴな場面が共感を呼び、自分もカフカのようなネガティヴな性格を兼ね備えていることに気づきました。でも、カフカほど絶望していないので、自分は芸術をやる者として凡人かなぁと思ってしまいます。実際、カフカのようなアンテナを持って生きたなら苦しくて寂しくてどうしようもないと思うのです。しかもカフカが偉大な文学者になったの結果論であって、その保障は生前どこにもなかったのです。本書の説得力はあとがきにある作家山田太一氏の言葉が物語っています。「この世の成功者が語るポジティヴな幸福論など、大半は底の浅い自惚れか、単なる嘘か錯覚だったりすることが多く、それに比べて不幸の世界の、なんと残酷で広大で奥深く切なくて悲しくて美しくて味わい深いことだろうという感受性には共感してしまいます。」う~ん、やっぱりそうだなぁと共感ばかりになってしまうのですが、これからもっとカフカを読んでいこうと意欲に駆られたことは確かです。翻訳者の頭木氏が中学生の時に出会ったカフカの「変身」。実は自分も同じで、中学生の頃、読書感想文のために薄っぺらな文庫本を、薄っぺらにも関わらず四苦八苦して読んだ記憶があります。きっと頭木氏も同じだったに違いないと思いつつ、初めて不条理文学を知った頃の何とも言えない居心地の悪さに、途中で投げ出したくなる気持を押さえてやっと読破したけれど、達成感はまるでなく、こんなものは二度と読まないと決めたあの頃を思い出します。カフカの偉大さに気づくまでに、そこから数十年かかっている自分が、この歳で辿り着いた「絶望名人カフカの人生論」でした。今後は中途で休んでいたフロイト著「夢解釈」の続きを読んでいこうと思いますが、今となってはカフカの人間的魅力に触れてしまったので、きっとフロイトの後はカフカに走るかもしれないと思っているところです。
2015.11.03 Tuesday
今日は文化の日です。文化の日に相応しいのは創作活動に尽きると思います。というわけで今日は朝から工房に篭って創作活動に勤しみました。とは言え、新作の制作サイクルを考えると、今日は土練りと乾燥した陶彫部品に化粧掛けを施す作業に当たっていて、創作ではなく職人的な仕事に追われました。これも創作をするための土台となる大事な仕事に違いありません。現在、擂り鉢状の新作に挑んでいますが、来年までにもう1点新作を考えなければならず、かなり前に降って湧いてきたイメージのひとつを採用しようかと思っています。私は紙にエスキースをしないので、頭の中でイメージを留めています。いくつかのイメージが湧きましたが、忘れてしまっているものが多く、それでも残っているイメージを具現化していくのです。現在制作中の作品もそうですが、今回のイメージはどれも平たい円形のカタチをしています。自分でも説明がつかないような摩訶不思議な文様が思い浮びますが、P・クレーの作品が立体化したような按配です。ちょっと予定を変更して、そのもうひとつの作品に来週から取り掛かってみようと思っています。今日は秋晴れの気持ちのいい一日で、FMラジオから各地の高速道路の渋滞情報が流れていました。紅葉を見に行く観光客が多かったのでしょうか。横浜周辺の紅葉はまだこれから始まるようですが、箱根や日光はさぞ美しかろうと思いを馳せています。来週末から新作2点を同時に進めていくつもりです。かなり忙しくなりそうですが、今が新作導入の頑張り時です。
2015.11.02 Monday
テレビ番組で紹介され、その絵画技量の高さに驚かされた五姓田義松。彼が生きた時代は安政から明治にかかる西洋文明の流入期で、いち早く西洋絵画を学ぶことになった彼の生い立ちや見事に開花させた才能に、今まで埋もれていた天才の足跡を見取り、その絵画力に私は驚嘆を隠せませんでした。日本で最初の油絵を描いた人と言えば鮭の絵で有名な高橋由一ですが、同時代に高橋より11歳若い五姓田がいて、2人とも橫浜居留地にいた画家C・ワーグマンに師事しています。早熟だった五姓田は忽ち頭角を現し、明治政府や皇室の肖像画等を描いています。そんな「五姓田義松展」が画家本人の馴染みのあった橫浜で開催されているので見てきました。場所は神奈川県立歴史博物館で中区関内にあります。ちょうど仕事の出張が関内であったので、昼休みを利用して行きました。マスコミの影響のせいか、多くの鑑賞者が訪れていて館内は混雑していました。図録には「大人の知的遊戯としての絵画を作り上げることもできた義松。画材を自製することもできた義松。現在とは異なり、情報や物質が乏しかった幕末明治の日本で、高度な技術力の獲得は『奇跡』と形容しても過言ではない。その存在はまるで生まれてきた時代と場所を間違えたかのように、まさに西洋人のプロフェッショナルな画家と同じといえる。」(角田拓朗著)とありました。個々の作品の感想については機会を改めたいと思いますが、途轍もない逸材が発見されたことを心底喜びたいと思います。
2015.11.01 Sunday
今日から11月です。秋本番を迎え、植木畑に建つ工房の周囲でも紅葉が始まっています。創作活動には絶好の季節ですが、来年度人事が本格化する職場では、なかなか大変な時期を迎えています。季節の変わり目で体調を崩している職員がいるので、自分も含めて健康に留意したいと思っています。さて、今月の創作目標ですが、新作の擂り鉢デザインの陶彫作品の外側20個が出来上がっているので、その内側の新たな陶彫部品20個に挑んでいきます。新作は今月から作り始める内側20個の陶彫部品が大きな影響を持つと考えています。言わば新作の中核になる部分を作っていくわけで、そのため陶彫部品ひとつずつに精魂込めながら作業を進めたいと思っています。今日は午前中から工房にカメラマンがやってきて、RECORDの撮影をしていきました。RECORDは1年間の撮影を一日でやります。今日は昨年の11月より今年の10月分までの1年間分を撮影しました。今朝は昨日の分までのRECORDを自宅から工房に持ってきました。午前10時から始まった撮影では2時間半を要しました。ホームページにRECORDをアップできる日が楽しみです。今月も見たい展覧会があります。見たい映画もあります。今まで見た展覧会出品作の中で考察をしてみたい作品も多くあります。読書はフロイト著「夢解釈」下巻に挑みます。カフカの小説が読みたいところですが、ちょっと我慢です。工房のロフト計画は先日から施工が始まっていて、今月中には終了予定です。工房の空間が生まれ変わろうとしています。今月は工房内部空間の転機を迎えます。そう考えると今月は重要な1ヶ月になります。夕方に菩提寺で十夜法要があって卒塔婆をお願いしてきました。いろいろ用事が重なって今日は疲れました。今月も頑張っていこうと思います。
2015.10.31 Saturday
10月が今日で終わります。今月は先月並みに充実した1ヶ月でした。まず、陶彫制作ですが、新作の擂り鉢をしたデザインの一番外側にあたる20個の陶彫部品が全て出来ました。正確に言えば成形が終わったと言うべきでしょう。焼成した部品はそのうち僅か2点しかありません。9月に10個、10月に10個作ったことになり、まずまず頑張ったと自負しています。展覧会は東京渋谷の「風景画の誕生」展、平塚の「画家の詩、詩人の絵展」、まだNOTE(ブログ)で取上げていませんが、横浜の「五姓田義松展」の3つの美術館・博物館に行ってきました。個展では東京でやっていた先輩の銅版画家、親友の陶芸家夫妻、鎌倉でやっていた後輩の陶芸家の3つのギャラリーを見て歩きました。映画は「セッション」「顔のないヒトラーたち」を観てきました。美術や映画鑑賞も今月は充実していたと思っています。読書ではフロイト著「夢解釈」上巻が読み終わり、「絶望名人カフカの人生論」も読み終わっています。そのうちNOTE(ブログ)に書きますが、カフカの人生論が面白くて、自分の中ではヒットです。今月はさらに話題が続きます。前にNOTE(ブログ)に書いた工房のロフト計画が、いよいよ動き始めました。近隣に住む鉄工所の親方が、職人2人を連れて、先週から工房にやってきて作業を開始しました。私は親方に工房の鍵を貸していて、ウィークディに仕事が出来るように便宜を計らっています。今朝、久しぶりに工房に行ったら、工房の倉庫部分に鉄柱が何本も立っていて、梁にも鉄で補強があり、その物々しさにびっくりしました。ともかく今月は創作活動の括りとして、いろいろな意味で大きな前進があったことは確かです。ただし、職場では来年度人事が始まって、私は複雑な心境になっています。毎年のことですが、今年も気疲れする季節が到来したなぁと思っています。なるようにしかならないのですが、自分の職場を少しでも安定させ、活性化させるために今が管理職の頑張りどころなのです。インパクトのあった今月が終わり、来月がさらに充実するよう日々努力の気構えでいます。