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  • 週末 「群塔」下塗り準備
    いよいよ「発掘~群塔~」の最終工程である塗装の準備を始めました。大量の油絵の具が必要になるので、早めに購入しておきましたが、実際どのくらいの量が必要になるのか今も見当がつきません。明日、厚板の下塗りは複数のスタッフが手伝ってくれることになっています。全員が美術系の大学の在校生や卒業生で、油画やデザインを学んできた人たちなので、安心しているだけではなく細かな注意も要らないと思っています。下塗りした上にドリッピングを行います。いわゆるアクション・ペインティングで、さまざまな色彩を散らせます。斑点になった画面の上から、さらに時間をおいて霧状に絵の具を散らせて完成に近づけます。これは厚板の色合いと接合する陶彫の焼き締めた色合いを融合するために、油絵の具で工夫を凝らすものです。彫刻された木材全てに色彩を施す作業は、どちらかと言えば絵画的な表現です。絵の具を使って筆で描写をしないだけで、色彩の斑点に抑揚をつけるのはまさに絵画と言えます。私の作品は彫刻的な要素と絵画的な要素が共存する世界で、しかも部品を組み立てる集合彫刻であり、加えてスタッフが複数で協働する手間のかかる作業があります。それでも自分のイメージを具現化したいので、人的支援や施設面での環境をフルに使ってやっているのです。今日は7点の屏風の裏側に木材の補強を行い、さらに防腐剤を塗りました。明日の下塗りに備えて、まず自分一人で出来ることから始めて、仕事の外堀を埋めていきました。明日に期待です。
    講演会「不揃いの木を組む」
    今日も昨日に続いて一日出張で、神奈川県相模原市橋本で会議がありました。今日は神奈川県の管理職による総会で、午前中は昨年度の会務報告やら会計決算報告があり、今年度の計画や予算等が話し合われました。今日も自分は職場ではなく、直接開催場所である「杜のホールはしもと」にやってきていました。今日の会議・協議会の中で特筆できることがあったので、今回はこの話題を取上げます。午後から記念講演がありました。講演者は斑鳩の宮大工小川三夫氏。奈良県法輪寺三重塔再建工事や薬師寺復興工事に携わった人で、演題と同じ題名の著書もあるようです。職人の資質や修行に触れた講演で、自分は過敏に反応してしまいました。鑿を研ぐこと、鉋を扱うこと、もの作りの心得が、ものの道理というより感覚的な切れ味で自分の中に飛び込んできました。小川氏の許に集まった工舎の職人たちは集団生活を余儀なくされ、その逃げ場のない中で、お互いを知り、支えあう関係作りが成されるそうです。中途半端な知識を持って入舎してくる若者は、知識が邪魔をして成長を妨げる、器用不器用は関係ない、意欲の継続がその後の職人技を確かなものにする、細工だけの技術ならカタチが変わっていくはず、1300年前に建造された法隆寺のような寺院が変わらないのは、執念の技術があったればこそ、ホンモノを作っておけば解体された時にその真意が分かる等々、講演中の自分の走り書きを気の向くままに綴ってみましたが、何かものを作っていく上で大切な魂をいただいたような気がしました。さらに珠玉と自分が思ったコトバを綴ると、「煎じて煎じ詰めれば、最後は勘」、「木組みは寸法で組まず、木の癖で組め」、「木は生育の方位のまま使え」が挙げられます。何か心にズシンとくる講演会だったと思っています。
    出張の後で美術館散策
    今日は全国自治体の管理職が集まって会議を行いました。職種はここでは言えませんが、北は北海道から南は沖縄までの管理職が東京代々木のオリンピック記念センターに集まりました。自分も今日は職場ではなく、直接東京代々木に出かけました。会場にはキャリーバックをもった人も多く、やはり全国から集まっていることを実感しました。会議が早く終わって、そこから職場へ帰ると勤務時間をオーバーしてしまうので、これは神が与えてくれた珠玉の時間と考えて、せっかく東京に来ているので、自分は美術館に行こうと決めました。これは自己研鑽だと自分に言い聞かせ、参宮橋から渋谷に移動しました。渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「ボッティチェリとルネサンス フィレンツの富と美」展を見て来ました。イタリアのルネサンス期の工芸や美術に久しぶりに触れたので心が弾みました。詳しい感想は後日改めますが、若い頃イタリアで見たボッティチェリの「ビーナス誕生」や「春 プリマヴェーラ」を回想し、懐かしい思いを抱きました。次に目黒に移動し、東京都庭園美術館で開催中の「マスク展」を見て来ました。仮面は自分が大好きな世界で、自分にもアフリカ仮面を中心にした収集があります。それだけにアフリカの仮面は見慣れていますが、やはりフランス国立ケ・ブランリ美術館所蔵の仮面は、質量ともに素晴らしく感銘を受けました。庭園美術館はアール・デコ様式の独特な雰囲気をもつ美術館ですが、その空間の中で仮面がなかなか映えて心地よい空気を感じました。これも詳しい感想は後日にします。今日は充実した一日でした。
    「桃山時代の狩野派展」を振り返って
    既に閉幕した京都国立博物館の「桃山時代の狩野派展ー永徳の後継者たちー」は、時代の権力者をパトロンとした狩野派の真摯に立ち向かった絵画史が垣間見れて、大変面白い企画でした。つい時間が経つのを忘れるほど見入ってしまったのは、その権力者が求める美に命がけで対応した一派が時代と共に変遷していく様子に興味がそそられたからです。織田信長や豊臣秀吉の、天下人の力を世に知らしめるために作らせた豪奢な建造物を飾った狩野永徳。その永徳亡き後に、狩野派は時の覇者を見極め、やがて徳川好みの華麗な美へと移行していったのでした。狩野派のしたたかな生き延び方に、一門を絶やしてはならないという並々ならぬ意志が見て取れました。その力作ばかりが並ぶ中でも、狩野孝信筆による「洛中洛外図屏風」や狩野内膳筆や狩野山楽筆による「南蛮屏風」に自分は惹かれました。展示の最後に狩野探幽の金地大画面が控えていて、狩野派の太く長い伝統を堪能できました。襖絵や屏風に見られる構成が時を追って微妙に移り変わっていく様子や、各時代を彩るそれぞれの画家を眺めていると、決して権力をバックに狩野派は胡坐をかいていたわけではないと痛切に思いました。
    案内状の画像打ち合わせ
    今晩、カメラマン2人が工房にやってきました。先日撮影した「発掘~丘陵~」の画像を個展の案内状にするため、いくつかの画像を持参しました。自分はその中で1点選び、案内状のフォームを決めました。個展の案内状の宣伝効果は抜群で、その画像を見て、人は個展に足を運ぼうかどうしようか決めるのです。出来るだけ興味関心を惹くような画像を選び出さなければなりません。ただし今回の画像のイメージは初めから決めていて、自分の思った通りの案内状になりました。写真は予め自分でイメージを持っている場合とカメラマンに完全に委ねる場合があります。どちらでも自分の感覚を刺激するものであれば、選択の対象になります。幾度かNOTE(ブログ)に書いていますが、撮影された作品とリアルな作品とは違う効果が期待でき、これはもう別の世界を形成していると言えます。デジタルな世界とアナログな世界との相違です。その双方とも優れた点があって、補い合っているとも言えるし、対峙しているとも考えられます。これは自分にとって大変面白く、刺激を受けるもので、日頃は素材に立ち向かっている自分はデジタルな画像を見て、ハッとする驚きがあるのです。今後も双方の世界を大切にしていきたいと思います。