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  • 「詩的思考のめざめ」読後感
    「詩的思考のめざめ」(阿部公彦著 東京大学出版会)を読み終えました。これは自分にとってこの上なく楽しい書籍でした。これを読んだからといって自分のコトバが流暢に出てくるものではありませんが、自分にとって詩とは何かというモヤモヤした問いに、本書は分かり易く、胸にストンと落ちるような答えを用意してくれていました。最後にある文を引用します。「何より強調したかったのは、私たちの日常が、私たちのふつう考えている以上に詩的なものとつながっているということでした。遠いありがたい『詩』の世界に一生懸命入っていかなくても、ふだんの日常の中に詩のタネは隠されている。~略~それはもはや入門ではなく、詩との遭遇です。門を叩かなくてもいい。詩は門の外にあるのです。~略~とくに詩を読み始めてすぐの頃は、詩にあらわれた匂いのようなものがすごく気になる。作品と書き手との相性もはっきり出る。中には問答無用におもしろいと思える詩もあるでしょうが、周囲の人がおもしろがって読むわりに自分にはどうしても楽しめない、いや、気分が悪くなるものだってある。」なるほど、詩はそんなに身近であったか、確かにそうかもしれないという思いに辿り着きました。でも自分が自らのコトバを捻り出すのはやはり難しいと思わざるを得ません。造形美術と同じで、詩も簡単に生まれるものではなく四苦八苦しながら創作していく行為と改めて知った次第です。
    橫浜の「トーベ・ヤンソン展」
    既に橫浜では終わっている展覧会を取り挙げて恐縮ですが、先日立ち寄ったデパートで開催していたムーミンの原作者トーベ・ヤンソンの画歴を展望する展覧会は、大変面白く楽しいものでした。日本人はキャラクター好きな国民です。ドラえもんやピカチューや妖怪ウォッチ、ハローキティやご当地ゆるキャラ等数え上げればキリがありません。外国のキャラは圧倒的にディズニーですが、そんな中でムーミンは北欧出身のちょっと風変わりなキャラと言えます。作者のトーベ・ヤンソンは画家です。ムーミンの原作者として世界的に知られるようになりましたが、本人は画家でありたいと願い、絵画による個展も開催しています。今回の展覧会で画業が紹介されていて、ヤンソンの画風は物語性のある色彩豊かな具象を示して、画家としても才能を感じさせるものでした。第二次大戦中に政治風刺雑誌「ガルム」に寄せたヤンソンの挿絵に自分は興味を持ちました。ファシズムに対する批判をイラストにしたところで、やがてムーミンの原型ムーミントロールが生まれます。愛らしいキャラとして親しまれているムーミンですが、その誕生には戦争の影があったり、北欧の神秘性が宿っていたりして、日本のキャラとは異なる精神風土によって育まれたキャラであることが分かりました。そうした背景を知ることでムーミンの世界観が変わって見えてきます。異文化理解を促された意味でも今回の展覧会を見た意義は大きかったと思いました。
    週末 不安を払拭するために…
    今日は朝から工房に篭って制作に明け暮れました。新作「発掘~群塔~」の屏風に接合する小さな塔の制作が現在11本終わっていて、今日は新たに4本の成形を行いました。昨日から今日にかけて急ピッチで成形や彫り込み加飾をやっています。この集中力は意欲に裏づけされたものですが、来年5月までに完成できるのかどうかという不安に背中を押されていることも確かです。不安はギャラリーせいほうで個展の企画が始まった9年前よりずっと持ち続けているもので、自分の意地をかけて不安克服のため走り続けているとも言えます。不安とは何か、ハイデガーの存在論では現存在が情状性の中で出会うものですが、そうした不安の定義が明らかになったところで、不安自体は払拭できるものではなく、これは不安と面と向かって闘い続けることしかないと思っています。この不安は個人的なもので、創作活動をやめたり、作品の完成基準を下げれば解決できるものです。そうはしたくないという欲求が不安を生じさせ、つまり自業自得なわけですが、その不安を払拭するための努力を続けることが、自分に与える課題にしています。自分はこうした不安を、積極的で前向きな不安として捉えていて、生きがいを試す手段として乗り越えるべきハードルと考えているのです。
    週末 制作&ミニシアター
    やっと週末になり、朝から制作に没頭しました。新作の彫り込み加飾を3点行いました。手間暇のかかる彫り込み加飾を集中力をもって行っていたところ、頻繁に使用していた小さな掻き出しベラが壊れました。重宝していた道具だったので残念です。そこでペースダウンして、今日は夕方の3時半に作業は終わりました。明日は別の道具で何とか代用していくつもりです。夕方から家内と横浜市中区にあるミニシアターに出かけました。最近、渋谷や新宿のミニシアターに行って、社会性の強い映画を観ていましたが、今日も例外ではなくシネマ・ジャック&ベティでドイツ・ハンガリー合作による「悪童日記」を観て来ました。シネマ・ジャック&ベティは昔の横浜東映名画座が生まれ変わって、名作や実験作品を上映しています。東京のミニシアターより自宅に近いので気軽に出かけられるのです。「悪童日記」は期待通り面白い作品でした。第二次大戦中という時代背景があって、ある意味で無垢な双子の少年たちが、社会に翻弄されながら逞しく過ごした生きざまを描いたものです。ある意味で…と敢えて断わる必要がある映画なのです。その理由や感想は機会を改めます。明日は制作三昧になる予定で、朝から頑張っていきたいと思います。
    「普賢菩薩騎象像」の象徴性
    先日見に行った「日本国宝展」に出品されていた名作の数々を取り挙げていくと際限がなくなるので、この「普賢菩薩騎象像」で同展に関する感想は終わりにしたいと思います。「普賢菩薩騎象像」は檜材による寄木造りで作られたもので、象の上に蓮華座を乗せ、その上に菩薩が鎮座する姿に自分は静寂を見て取りました。平安時代に作られた菩薩像なので、定朝様式の穏やかな雰囲気が漂っていました。自分は象の造形に面白みを感じました。動物の象徴性は、現存としての具象性や幻想としての仮象性があっても、その形態解釈に彫刻家の手腕を感じることができ、とりわけ想像で創り上げる寓話的動物に自分は創作意欲を掻き立てられることがあります。「普賢菩薩騎象像」はまさにそんな象徴性をもった木彫ではないかと思います。もちろん「普賢菩薩騎象像」だけではなく、「広目天立像」や「多聞天立像」の下部にある邪鬼にも同じような象徴性を読み取っています。