2014.12.14 Sunday
今日は朝から工房に篭りました。制作時間を3時間と見積もって集中した時間を過ごしました。今日も昨日に引き続き、用事が立て込む週末になりました。制作の途中に家内と衆議院選挙に出かけました。今回の選挙には積極的な考えもなく、投票に意味を感じないまま出かけました。投票率が下がることを懸念するマスコミ報道がある中、現時点で自分が考える人に一票を投じましたが、どうもしっくりいかない気持ちでいます。そのまま制作に戻って、彫り込み加飾を続けました。午後1時くらいに作業を終わりにして、工房に出入りしている美大生がグループ展を開催しているので、東京の下北沢まで見に行きました。その子は昼間は国家公務員として働いていて、美大の夜間部に通っているのです。年齢の差はあっても自分と同じ二束の草鞋生活で、創作活動に勤しむ頑張り屋です。現在美大の3年生ですが、同年代の油絵2人日本画2人の4人によるグループ展は、いずれもこれから伸びていく可能性を秘めた展示内容でした。その子は油絵を専攻していて、変形カンバス3点連作を出品していました。自然や人体の一部を切り取った画面構成で、表現力の稚拙さはあるものの、対象に面と向かって立ち向かう姿勢は評価できます。小手先だけでなく器用でもなく何かを掴み取りたいという思いは伝わってきました。今後に期待できる人材だと思いました。
2014.12.13 Saturday
朝から家内や若手2人の助っ人に手伝ってもらって、自宅の物置から工房に厚板材を運びました。来年発表予定の作品の一部になる厚板材で、かなり前から物置に仕舞い込んでいたのです。厚板材は4つあり、ひとつずつ4人で持ち運びました。現在作っている「発掘~群塔~」とは違う作品になる予定で、陶彫部品はこれから作ります。これはまだまったく始まっていない新作なのです。今日は工房で新作の陶彫部品になる石膏型を作る準備をしました。タタラにした陶土を石膏型へ嵌め込み、さらに紐状にした陶土で補強する方法をとるつもりです。新作の部品はこれから40体ほど作らねばならず、「発掘~群塔~」に並んで大変な作業になりそうです。昼ごろになって栃木県益子町から陶土600キロが届きました。例年お願いしている明智鉱業に連絡して送っていただいたのです。新作用の厚板材と陶土、この2つの搬入で今日は慌しい一日となりました。今日の作業が進まなかったのは、2つの搬入が重なったため仕方がないと思っています。この遅れはこれからの制作工程に集中して取り戻していきたいと考えています。今日は妙な疲れが残ったので、夜は近隣のスポーツ施設に行って水泳をしてきました。明日は頑張ります。
2014.12.12 Friday
キュビズムやシュルレアリスムを初めとする新しい価値観を持つ造形作品を経験している現代なら、ジョルジョ・デ・キリコの作品はごくありふれた作品に見えますが、当時では大変な変革をもたらす絵画であったことでしょう。デ・キリコはイタリア人の両親のもとギリシャで生まれました。一時ミュンヘンに移り住んだ時に、北方系のロマン主義やニーチェの哲学に触れ、神秘的な作品を手がけます。さらにパリで詩人アポリネール等の支持を受けて「形而上絵画」を推し進めていきます。デ・キリコは古典にも傾倒していきますが、再び「形而上絵画」に戻ってきます。汐留ミュージアムで開催されていた「ジョルジョ・デ・キリコ展」ではデ・キリコの写実と幻想を行き来した作品が網羅されて、見応えのある展覧会になっていました。自分はマネキンと製図用具を描いた要素で構成された「吟遊詩人」に眼が留まり、架空な都市に佇む無機質な人体像に、静寂や孤独を見て取りました。「吟遊詩人」は最もデ・キリコらしい雰囲気をもった作品ですが、徹底した古典画法を学んだ画家であるからこそ、画面隅々に至る表現に真実があるように思えて、不思議な説得力をもっているように感じました。この頃の絵画に自分は音を感じません。光も人工的で、全てが演出された劇を見ているように思えます。そうした作為は自分の好みに合います。都市空間の残像は自分も追い求めている世界だからです。
2014.12.11 Thursday
回顧展のはずが遺作展になった「赤瀬川原平の芸術原論展」ですが、展覧会の主旨がどうであれ自分は千葉市立美術館まで見に行く予定を立てていました。テレビで見た赤瀬川原平氏は飄々として屈託がなく自然体で物事を分かり易く語っていました。文章にも不思議な平易さや滑稽さがあって読んでいる心地よさを感じました。「老人力」は通勤電車の中で思わず吹き出しそうになり、巧みなユーモアに感動しました。芥川賞受賞作の「父が消えた」は昨日から読み始めました。さて、「赤瀬川原平の芸術原論展」はそんな一人の芸術家の多様な表現媒体に捧げた人生を回顧する展示があって、これはもうじっくり見ていたら全て見きれないのではないかと思えるほど質量ともに圧巻な展覧会でした。自分の知らない初期の前衛的芸術活動では、同時期に試みていた芸術家集団がその後、様々な活動拠点のもとに創造的な展開をしています。現在も活躍している諸氏をメディア等で見ているだけに感慨深いものがありました。反芸術という旗印は、自分が美術の道に目覚めた頃に叫ばれていたもので、知識としてしか入っていない自分は遅きに失した感が残ります。20年以上も遅く生まれた自分は次世代の綺麗ごとの文化に埋没しているように思えます。千円札裁判も同様でリアルタイムでは知りません。赤瀬川氏の劇画の時代になると漸く自分は雑誌「ガロ」で泥臭い写実さとともに氏の活動を認識するようになります。ずっと後になってテレビ出演した赤瀬川氏のゆったりした語りを聞くまでは、自分は氏を怖く鋭く尖った人と思っていました。あるいは若い頃はそうだったのかもしれませんが、世相が暗く立ちこめる風刺の効いた社会的表現と、ご本人のゆるキャラが結びつかないと思っていたのです。氏は巨匠らしくなく、敢えて言えば多匠か凄匠かなぁと考えつつ展覧会を後にしました。
2014.12.10 Wednesday
「父が消えた」(尾辻克彦著 河出書房新社)を購入したのは、千葉市立美術館のギャラリーショップでした。「赤瀬川原平の芸術原論展」を開催していて、それを見たときに、前衛芸術家赤瀬川原平氏が尾辻克彦という別名で出版した同書が芥川賞に輝いたことを思い出しました。版画家池田満寿夫氏が芥川賞を取ったときは、すぐその書籍を買って読んだ記憶があります。今回も同じ動機でした。造形作家による小説、これはきっと面白いに違いない、なぜなら作者の感覚が反映されているからと思っているのです。文庫本になった同書を買ってみて気づいたのは、これは短編が5つ収まったもので、「父が消えた」はそのひとつでした。赤瀬川氏は自分の出身学校の先輩にあたる人なので、そのあたりのことも小説の中に出てくるかもしれないと期待しながら頁を捲っていきたいと思います。以前、同著者による「老人力」を読んで、その着眼点と面白さにワクワクしました。この飄々として乾いた感覚はどこからくるものだろうと思ったこともありました。通勤の友としては最高に楽しめるものではないかと思います。