Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

note

  • Tag cloud

  • Archives

  • 通勤の心理状態について
    前のNOTE(ブログ)に起床の辛さを書きましたが、勤務時間があるからこそ、決まった時間に起床しなければならず、通勤しなければならないわけです。習慣となった起床と通勤、これは嫌だなぁと思いながら、でも仕方なくやっている一日の重要な行為です。社会人という自覚と責任感がこの行為に自分を掻き立てる所以です。仕事をしている以上こうしなくてはいけないと自分に言い聞かせているのです。起床はともかく、実は通勤は自分にとって大して苦しいものではありません。困難な仕事上の課題を抱えているときは別として、普段は自宅の近くのバス停からバスに乗って、私鉄に乗り換え、また駅前からバスに乗って職場に着く行為を、自分は何も考えずにやっています。その間に読書もします。乗り換え時は、自分の前を歩く人の足元をボンヤリ眺めながら、人混みに押されて移動しています。こうした行為は、定型に嵌まっているので疑問は生じません。現存在である自分は環境的道具性によって通勤時も存在しているなんて考えるのは哲学書の中だけであって、通常は歩くことに気を取られ、寧ろ頭の中は全てリセットされている状態ではないかと思います。その状態はいいなぁと日頃から感じている自分がいます。もちろん天候や寒暖によって通勤が辛いときもありますが、日々働く場所があるというのは幸せと思えているこの頃です。
    休日の有効な活用
    先日から体調が芳しくなく創作活動が停滞しています。昨日は完全に制作を休止し、今日はまずRECORDから始めてみました。何とか食欲が出てきたので、今日は自宅でのRECORD制作の後、工房に出かけ、2日前に中途半端なまま放り出していた陶彫の彫り込み加飾をやりました。今日は天皇誕生日で休日のため、与えられた自由時間を有効に使おうと決めていました。当初は成形も彫り込み加飾もどんどんやる予定でいましたが、体調を崩して予定を変更しました。今日は27日から始まる休庁期間に備えて、その足慣らしとして多少緩めの制作にしました。今日のところは制作と休息をバランスよく取って、これから予定している過密な制作工程に照準を合わせていこうと思っているのです。休庁期間は9日間あります。元旦に休憩を挟んで、残り8日間に陶彫部品を果たしてどのくらい作れるのか、屏風全体を考えると残りいくつの陶彫部品が必要なのか、また休庁期間後には順次窯入れをする予定でいるので、仕上げや化粧掛けのことも考慮しなければなりません。併用する木彫は来年早々に始めます。何しろ自分の作品は次から次へと制作工程の段階がやってきて、先を考えると焦りを覚えますが、これは例年多少無理をして乗り越えてきたハードルでもあります。やってやれないことはないと自分に言い聞かせながら制作を続けている次第です。
    ホドラーにおける「オイリュトミー」
    スイスの象徴主義を代表する画家フェルディナンド・ホドラー。現在国立西洋美術館で展覧会が開催されています。自分はホドラーのまとまった作品を見るのは初めてでした。ホドラーはスイス本国では高い評価を受けている芸術家で、公共的な壁画も残してします。ホドラーの人物画や風景画には彫塑的な捉えがあって、自分の好みに合います。そういう意味でも自分はもっと前からホドラーを知っているべきだったと思っています。ホドラーの代表作の中で自分は「オイリュトミー」という作品に注目しました。宗教的な主題と関係がありそうと思っていた自分は、解説を読んで実はキリスト教的図像との関係を避けていた作品であることを知りました。「白い布をまとった5人の老人の側面観の姿。彼らは落葉と小石に覆われた霧がかった道を歩んでいる。それは誰にも共通する終着地へと向かう不可避の道行き、つまり、死への道である。」とホドラー本人が語っている「オイリュトミー」は、ギリシャ語で調和のあるリズムという意味だそうです。会場には「オイリュトミー」の女性版と思われる「感情」と題された作品が並べられていました。死へと向かう路傍で、人は振り返ることもなく前を向いて歩いています。軍隊の行進ではありません。各人の思索を彫り込んだ深い皺が描かれています。ゆっくりと一歩ずつ進む行程に、模索か悟りかの境地を感じるのは私だけでしょうか。その他公共の壁画に見られる人物群像にも死へ向かう道が隠されているようにも思えてきます。全体的にはがっしりした構成に象徴的な人物像、スケールのある世界観を持ち、内面的にも深遠な表現に到達していて、今展はホドラーの作品を網羅した充実した展示内容になっていると思いました。
    週末 魔力通じず体調不良
    昨日のNOTE(ブログ)に勇ましいことを書きましたが、今日は創作への魔力通じず、ついにダウンしてしまいました。朝は工房で彫り込み加飾をやっていましたが、通常ならヤル気が漲るところで力が入らず、これはどうしたものだろうと思っていました。やはり寒さと疲労がピークに達したのかと思い、このまま作業を続行すると身体に異変を生じることになると判断し、午後の制作は打ち切ることにしました。工房を閉め、自宅に帰って床についたところ4時間以上もぐっすり寝てしまい、夜起きたときはフラフラでした。熱もあったようです。やはり創作活動には身を削るようなものがあり、病気になって初めてその辛苦がわかりました。おまけに公務での気遣いも影響しているのかもしれません。何気なくやっていることでも、職場の責任者となれば無意識な気配りや気遣いがあってもおかしくはないかなぁと振り返っています。公務に関しては次年度の人事等の本庁への提出や資料作りは終わっているし、このあたりなら一日くらい休んでも差し支えはないと思っています。制作は工程の見直しを余儀なくされていますが、健康な身体あっての創作活動なので、ここはじっくり静養することにしました。
    週末 疲労を忘れる魔力
    昨夜は管理職の集まりがあって帰宅が遅くなりました。気候のせいもあるのでしょうが、このところ疲労を感じることが結構あります。肩や腕に痛みがあります。近隣のスポーツ施設に行って水泳をしてくると、肩や腕の痛みはなくなりますが、もうひとつ創作活動でも痛みは忘れます。朝から工房に篭って、新作の成形を4点、彫り込み加飾を1点やっていたら体調が戻りました。何もしていないと身体全体に疲労感がありますが、創作活動には魔力があって、陶土を練りだすと忽ち気力が漲り、身体がよく動くようになります。精神が肉体疲労に勝ってしまうと考えられますが、精神力とは一体何でしょうか。気持ちは持ちようだとは言うけれど、これほど顕著な例はありません。週末はまるで違う自分になっていて、テキパキとした行動に我ながら驚くときがあります。今日も朝から夕方まで集中して作業をやっていました。工房に来ていた中国籍の若いアーティストを駅まで送り届けて、夜は水泳をしてきました。さらに自宅でRECORDの彩色を行い、今はこのNOTE(ブログ)を書いています。明日も続行です。