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  • 三連休最終日 集中した制作時間
    三連休の最終日になりました。この三連休は制作時間がなかなか取れず、今日だけが朝からずっと制作できる日でした。そんなこともあって今日は制作に集中しなければないないと思っていました。結果7時間近く制作に集中し、疲れもピークに達してしまいました。7時間で成形4点を作り上げましたが、陶土しか見えない時間がずっと続き、夕方4時過ぎにふと我にかえりました。至福の時間は疲れを知らず、精神だけでモチベーションを保っているので、作業が終わると妙な疲れが全身を襲い、筋肉がワナワナと震えてしまうのです。疲れきった身体に比べると、心は満足していて快さに酔いしれます。そんな感覚が大好きで作品を作り続けているのです。制作目標だけでは作品の継続は難しいと思っています。制作途中で至福の瞬間が訪れるのが、継続を可能にするものではないかと思っています。陶酔とも快感とも取れる不思議な感覚です。それにしてもこの三連休は密度の濃い3日間でした。多忙なスケジュールを乗り切った初日、山梨県に親戚を訪ねた2日目、制作三昧の3日目と、振幅の大きい3日間でしたが、充実はしていました。欲張れば制作時間が足りなかったのが残念でしたが、それでも今日の制作で多少は制作工程に追いつけたのではないかと思います。時間が幾らあっても足りないと感じるのは、今までも同じで今回に限ったものではありません。残り1回の週末で、どこまで制作が進められるのか、来週も至福の時間がやってくるようにしたいと思っています。
    三連休中日 旭洋酒有限会社へ
    家内の従兄弟が山梨県でワインを生産している会社を営んでいます。旭洋酒有限会社という山梨市小原東にある会社ですが、後継者の居ない会社を買い取り、葡萄畑を借りて、葡萄の摘み取りからワインに至るまでの工程を、全て夫婦2人でやっているのです。家内の従兄弟はその奥さんですが、ご主人も元来ワインの生産者ではなく、大きなワイン会社に勤務していたときに知り合って、2人で独立した経緯があります。そのワイン(商標「SOLEIL」ソレイユ)の美味しさは、自分の個展のオープニングパーティーの時に、多くの人に味わってもらい賞賛を受けたこと、また東京や地元のレストランで扱っていて好評なこと等、数え上げたらキリがありません。常々会社を訪ねたいと思っていたので、今回は漸く実現した会社訪問でした。家内と自分の他に従兄弟2人も同行しました。朝5時に自家用車で自宅を出て、東京大田区と杉並区に住む従兄弟2人を拾い、中央高速道を一路山梨県に向かって走りました。勝沼インターで降り、一般道を走ること15分で旭洋酒有限会社に到着しました。丁寧な案内で工場を見せていただき、醸造の過程を知りました。葡萄畑にも案内していただきました。既に摘み取られた葡萄の蔓や紅葉した葉が青空に映えていました。畑のある山の中腹から見える富士山も美しく、爽やかな空気が頬を撫でていました。2人で作る珠玉なワインは研鑽の賜で、自分たちのワインを作り出したいというその強い意志に自分は驚きを隠せない一日でした。自分は新作ワインのラベルデザイン制作をこちらから申し出ました。そのワインは既に地下倉庫で眠っていました。気持ちを引き締めて取り組みたいと思います。昨日の洋菓子職人、今日のワイン醸造職人、どちらもその道を極めたい人たちで、こうした充実した生き方をしている人たちに自分は刺激をもらっています。今日は最高のひと時を過ごせました。
    三連休初日 過密スケジュール
    三連休になりましたが、今日はスケジュールが過密でした。NOTE(ブログ)は日記としての役割があるので、今日は自分の記録として書くことにします。まず朝7時に工房に行って1時間程度彫り込み加飾をやりました。午後もう一度作業をするつもりでいましたが、疲れてしまい結局今日の制作はこの1時間だけになりました。8時半に自家用車で自宅を出て職場に向かい、2時間程度の仕事をしてきました。自宅に昼前に戻って、公共交通手段で東京上野の美術館に出かけました。昨夜も国立博物館に行ったばかりですが、今日は都立美術館で開催中の「太陽美術展」に行きました。自分と同じ職種の人が同展に絵画を出品していて招待状を頂いていたのです。今回の彼の作品は例年に劣らぬ力作でした。西欧のカフェの風景をセピア調で丹念に描き込んだ具象絵画で、年を追うごとに腕を上げているように思います。次に国立西洋美術館で開催中の「ホドラー展」を見てきました。「チューリヒ美術館展」にもホドラーの大作が来ていますが、まとまった作品を見るのは自分としては初めてのことでした。人体表現のリズミカルな美しさに圧倒されました。詳しい感想は後日に改めます。再び自宅に戻ったのは午後3時を回っていて、自宅に出たり入ったりで些か疲れていましたが、それでも午後4時に自家用車で家内と川崎市に住む旧友に会いに行きました。彼は菓子職人で、川崎市多摩区中野島に「マリアツェル」という店を構えています。彼の作る洋菓子は絶品ですが、今回はシュトレンを買いに出かけたのでした。シュトレンはクリスマスの時期にドイツで食べられているドライフルーツの入ったパンで、先日試作品が彼から贈られてきて、その味があまりにも素晴らしかったので、大3つ小2つの取り置きをお願いしていました。彼とはウィーン時代からの知り合いで、彼は洋菓子の世界で、自分は美術界で、お互い切磋琢磨して過ごしていた時代があったのです。彼は趣味も仕事も大胆さがあって昔から驚かされていますが、そんな気質が洋菓子に結集しているためか、店は繁盛しているように見えました。そんなわけで今日は過密スケジュールを乗り切った一日でした。おまけに今日は洗車までやっていたのですが、どこの時間帯だったか忘れました。
    勤務後の名作鑑賞
    美術館や博物館が金曜日だけは夜8時まで開館していることを大変嬉しく思っています。仕事帰りに立ち寄って、古今東西の名作を味わえる喜びがあるからです。勤務地である橫浜の郊外から東京の中心地まで出向くのはちょっと辛いですが、それでも展覧会に行けば疲れを癒やされます。おまけに金曜日は週末前で気持ちが楽になるため鑑賞はワクワク感で一杯です。今日も橫浜から東京上野の国立博物館に「日本国宝展」を見に出かけました。国立博物館に到着したのは夜7時を回っていましたが、かなり混雑していて驚きました。週末の昼間はどのくらいの鑑賞者が訪れているのでしょうか。展覧会場では人を掻き分けて名作の数々を味わいました。どんなに混んでいても周囲が気にならなくなるような感覚が生まれ、自分が作品に同化するような錯覚がありました。これは制作の時も同じような気分になる瞬間があります。素材との対話と自分は言っていますが、鑑賞でも作品との対話があると思っています。土偶や仏像を見ていると、暫し時間を忘れ、空間を忘れ、心が空っぽになって不思議な境地になるのです。視覚情報は自分の五感を揺さぶり、自分に何かを刻み込んでしまいます。感動は静かにやってきて立ち去ることがないと自分は思っています。煌く感動は忽ち失せてしまうのですが、静寂を伴う感動は繰り返し蘇り、自分の中に蓄積されていくと感じています。そんな思いがしたひと時でした。作品ごとの詳しい感想は後日に改めます。
    存在論としての歴史性
    「存在と時間 Ⅲ 」(マルティン・ハイデガー著 原佑・渡邊二郎訳 中央公論新社)の後半部分に「歴史性」が登場してきます。「歴史性自身は、時間性から、しかも根源的には本来的な時間性から解明されるべきであるとすれば、この課題の本質のうちには、この課題の現象学的構成という方途をたどってのみ遂行されうるということ、このことがひそんでいる。歴史性の実存論的・存在論的機構は、現存在の歴史の隠蔽的な通俗的解釈に逆らって奪取されなければならない。」という一文が示すとおり、ここで述べられているのは、あくまでも存在論における歴史性なのであって、歴史学ではないということです。歴史学における捕捉認識や歴史的叙述の概念は、学問としての客観に定位しているので、歴史性の実存論的・存在論的機構にあっては、寧ろ「邪魔物を取り払う」(文中語彙引用)ことで考察を続けられると記されています。いよいよ「存在と時間」も終盤に差し掛かってきました。存在論としての視点が解るようになり、自分は「生誕と死との間の現存在の伸び拡がりの純正な存在論的分析」(文中語彙引用)というコトバがとても気に入っています。