2014.11.09 Sunday
いよいよ寒くなってきました。工房には朝から若い子たちがいて制作に励んでいましたが、今日はストーブを出して試焚きをしました。例年もう少し先延ばしをして暖房を入れていたように思います。今年は寒くなるのが早いのでしょうか。今日は陶彫部品の成形に明け暮れました。先月まで床置きの尖塔10体を作ってきましたが、いよいよ屏風に接着する陶彫制作を始めました。昨日は時間が取れなかったので、昨日の成形は1点のみ、今日は4点作って、合計5点で小さな塔の連なりを作りました。この5点に彫り込み加飾を次回行います。成形と違って彫り込み加飾には時間がかかります。ウィークディの夜に作業が出来ればいいのですが、最近は昼間の仕事が立て込んでいて、しかも夜遅くなる日もあって今週は無理かなぁと思っています。制作サイクルを確立して順序良く進めたいところです。屏風になる板材の調達も急がれます。今月は全体構成の下図と小さな塔を15本程度作れればいいのではないかと思っています。少しずつ焦りが出てきて、少しずつ無理をするようになってきました。例年の通りと言えばそれまでですが、寒さと一緒になって焦りも早く到来しているような気がしています。
2014.11.08 Saturday
やっと週末ですが、今日は午後から出張がありました。半日で終わる会議は、近距離の会場なので負担はそれほどありませんが、制作が出来ないのが辛いところです。管理職向けの研修はそれなりに役に立ちそうですが、やはり週末は工房にいたいと思うのが本音です。というわけで今日は朝早い時間から工房に出かけて「発掘~群塔~」の次のステージになる成形をやっていました。次のステージは屏風に接合する陶彫部品を作ることです。小さな塔が集まるエリアを作り、エリアからエリアを管状の道で繋ぐのです。これは全体構成を考えながら作る必要があります。今日と明日は屏風になる板材がまだ準備できていないので、とりあえず小さな塔を数多く作り、塔と塔を繋ぐ連結部分を考えようと思います。ここにきて漸く「発掘~群塔~」を始めるに至ったイメージが頭を擡げてきました。ちょっと楽しくなりそうな気分で、初めの陶彫部品のひとつを作ってみることにしました。数多くの塔が霧に霞む西欧の都市風景が眼に浮かんできて、その情緒を思い出しながら成形を進めました。成形は明日に継続です。もう少しやりたいなぁと思いつつ、午後の仕事に出かけました。夜はいつものように近隣の施設で水泳をやって体調を整え、明日の制作に備えることにしました。
2014.11.07 Friday
STOLLEN(シュトレン)とはクリスマス限定の菓子パンでドイツのドレスデンが発祥と言われています。ドライフルーツがどっさり入って周りを砂糖で覆ったもので、保存の効く高カロリーのパンです。実は私の大好物で、毎年シュトレンを購入して楽しんでいます。シュトレンが誕生した中世の頃はキリスト教断食期間にバターや牛乳摂取が禁じられていたので、初めの頃のシュトレンは素朴な味だったようですが、時代を経てバターや牛乳を入れ、さらにドライフルーツが加わって現在のようなシュトレンになりました。STOLLENは独語で坑道や地下道を意味し、またカタチが幼子イエスを包んだ布にも見立てられる説もあります。川崎で「マリアツェル」という菓子店を営んでいる友人から、自作のシュトレンが郵送されてきました。友人は洋菓子部門の川崎マイスターになっていて、確かに彼の作る洋菓子は絶品なのです。その友人から贈られたシュトレンの美味しさは、今まで味わったことのない素晴らしいものです。本国ドイツを凌駕するマリアツェル流シュトレンは、日本人向けにアレンジしたものかもしれませんが、嘗て自分と一緒の時期にウィーンに学んでいた友人は、決して伝統を逸脱したものを作っているわけではなく、研鑽とチャレンジによるものだと理解しています。「マリアツェル」は川崎の中野島にあります。ネットで検索してみてください。ただし、シュトレンはまだ販売していないようで、私が食べているのは試作品かもしれませんが…。
2014.11.06 Thursday
屏風表現は平面作品を折り曲げ、そこに空間としての距離を作り、単調な画面を立体的に演出するものです。この面白さは折り曲がった平面にあって、鑑賞者は絵画の奥行きを楽しむのです。狭い空間の中で広い遠近を確保するために考えられた素晴らしい表現だと私は思っています。私は屏風をそれぞれ薄箱にして半立体を接合させ、立体とも平面ともつかない表現をしています。屏風なので視点は正面に限定されていて、屏風裏は完全なる裏になっています。そういう意味で言えば平面的視点の作品とも言えます。こうした屏風表現にした半立体作品を今まで3点制作しています。現在4点目の作品を制作中ですが、今回の作品は屏風の前に舞台を設えます。舞台は床を切り取った特殊な空間で、ここに置かれる作品は完全なる立体です。そもそも舞台は演劇や広告のためにあるので、見る方の意識も非日常として捉えます。舞台表現は立体の奥行きを楽しむものです。屏風の平面性と舞台の立体性、その双方をひとつの世界にまとめてみたいというのが現在制作している作品の技巧的意図なのです。
2014.11.05 Wednesday
最近のニュースで29歳の米国人女性が、末期がんで余命半年とされ、医師が処方した薬を飲んで安楽死をしたことを知りました。彼女はネットで予告をして今月1日に命を絶ったようです。不治の病で苦しむとどんな精神状態になるのか、それは当人でなければわかりません。自分の全てが失われるとはどういうことか自分にも実感はありません。死の淵から甦った人の体験はあっても死の国からの帰還者はいないので、こればかりは誰もわからない世界です。ただ人には必ず死が訪れるので、死と向き合う機会はやってきます。自分の死をどう迎えるかは哲学書に様々な考察があります。人間だけが死に対し精神・物質両面からの準備を行うので、不慮の事故以外に突如死が訪れることはありません。人以外の動植物の死は全て突然死です。人は過去を記録し、未来を展望する知性や理性があり、死へ向かう準備としての哲学や宗教を持つために自らの死に方を考えることが出来る種族です。だからこそあらゆる思想に縋り、学問や芸術の深化があるのかもしれません。最近になって自分のやっている芸術も死生観とともに在ると考えるようになりました。終焉があるからこそ良く生きようとする意志が頭のどこかに刻ざまれているのではないかと思うことが暫しあります。刻一刻と死へ向かいつつあることを普段は忘れている自分がいるのですから…。