2014.04.13 Sunday
今日は母が病院から退院し、契約していた介護施設へ引越しをする日でした。その手伝いはあったのですが、自分の制作ノルマを果たさないわけにはいかず、早朝6時過ぎに工房へ出かけ、9時過ぎまで必死になって制作をしていました。10時に家内と当面の引越し荷物を車に積んで、病院に向かいました。車椅子に乗った母は、介護タクシーを呼んで介護施設へ移動しました。自分も車で後を追い、母は無事に介護施設への入居を済ませました。まだ足りないものがありますが、とりあえず母は新しく出来た介護住宅で、周囲の人に面倒をかけながら生活することになります。家内が姑である母と真摯に向き合ってくれたおかげで実現した入居でした。息子にとっては母の安全安心が一番で、ホッとしました。午後は工房に帰り、遅れていた制作を取り戻そうと、集中して作業を続け、夜に窯入れをして工房を後にしました。制作も思うように時間が取れない中で、何とか辛うじて進めています。これはもう自分との闘いで、作業を始めると忽ち集中して、とことん素材と付き合うように既に習慣づけられています。たかが1時間されど1時間で、たった1時間の中でも全てを忘れて打ち込むことができるようになりました。集中力も6時間くらいは休みなしで保つことができます。疲労が増して手際が悪くなると作業をやめるようにしています。その間は自分を省みないので、制作を終えると、疲れて動けなくなることも屡あります。今日は母の引越しと制作に追われた一日でした。明日から新職場での3週間目の公務が始まります。気を取り直して頑張ります。
2014.04.12 Saturday
自分のちょっとした忘れ物が目立った一日でした。家内を演奏会場に自家用車で送って、自宅に戻って来た時、自宅の鍵を家の中に置きっぱなしだったことに気づきました。もう一つの鍵は家内が持っていってしまっていたのです。すぐ家内に連絡しましたが、音合わせや本番演奏が始まっている家内が携帯電話に出ることはありませんでした。自宅に入れず、その鍵束の中に工房の鍵があるため、工房にも行けず、困ってしまいました。ふと思いついたのは実家に3つ目の自宅の鍵があることでした。実家は母が入院中でしたが、実家の鍵は自宅と妹宅にあるので、妹に連絡をしました。妹はすぐ電話に出てくれて、とりあえず妹宅に実家の鍵を借りに行きました。実家を開けて戸棚という戸棚を探し、ようやく自宅の鍵を見つけました。自宅を開けて、忘れた鍵束と対面できました。早速工房に出かけ、ロスした時間を取り戻すべく制作に没頭しましたが、携帯電話が手元にないことに気づきました。工房を離れ、自宅に立ち寄りましたが、携帯はなし。2度目の困り感に襲われました。よくよく考えてみれば、実家で自宅の鍵を見つけたときに、そこに携帯を置いたような気がして、再度実家に行ったら、果たして携帯はそこにありました。やれやれ。どうして忘れっぽくなったのだろうと自分を振り返りました。今日はついていない一日なのか、4月初めから溜まっている疲れのせいか、よくわかりませんが、自分のおっちょこちょいぶりに苦笑してしまいました。制作はノルマを果たせず、明日に持越しです。
2014.04.11 Friday
今月のRECORDのテーマを「囚われし賤民の出航」としました。映画の場面にある奴隷船の解放やノアの箱船にも通じるイメージですが、頭の中を過ぎったのは、具体的場面ではなく、人の生き方に関わるものです。賤民とは身分制度があった時代に、身分の低い階級の人々を指しますが、社会を構成する絶対多数の民衆を私はイメージしていて、心の中において囚われた手枷足枷からの解放を考えました。現代は歴史に登場するような制度は存在しませんが、貧富の差は歴然と存在しています。自由を求めて大海原を旅した古代の人々のような世界規模での逼迫した状況こそ考えられませんが、国の制度から脱する人々もいます。そんなイメージをRECORDにしてみたいと思い、今月のテーマを決めました。毎日1点ずつ作り続けていこうと思います。
2014.04.10 Thursday
私の中学校時代の恩師から手紙をいただきました。恩師は担任で美術科教諭だったので、美術が好きだった私は授業でも丁寧な指導支援をしていただいていました。絵画の授業で、水彩絵の具を思い切り画面に擦りつけて樹木を描いていたら「あなたの絵はゴッホみたい」と評されて、私は有頂天になりました。私にとっては忘れられないエピソードですが、そんな93歳になる恩師がまだ健在で、どうやら介護住宅で暮らしていることがわかり、恩師が健やかに過ごされていることを思い浮かべ、大変嬉しく思いました。ゴッホに触発されたのは版画家棟方志功と同じで、そこから芸術家一直線といきたいところでしたが、私は紆余曲折して、高校時代に建築家から工業デザイナー、そして彫刻家と志望が変わり、現在にいたっています。しかも彫刻家では生計が立てられず、ずっと二足の草鞋生活ですが、私のもうひとつの職業の異動に伴う新聞発表があって、それが恩師の目にとまったのでした。私自身も定年を意識する年齢になりました。恩師の年齢まで自分は創作活動ができるのでしょうか。美術に長く関わっていたいと感じさせる恩師からの貴重な手紙でした。
2014.04.09 Wednesday
先に解説書を読んで、永劫(永遠)回帰がどんなものかを予め把握した上で、本著である「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)の中から、永劫(永遠)回帰が述べられている箇所を見つけ出しました。詩的な表現から理論を読み取る難解さがあって、次の文面が永劫(永遠)回帰のことを述べたものかどうかは、本著にある解説から判断しました。ニーチェの文面からの引用です。「世界は神々の自己よりの永遠の飛翔であり、しかも自己への探索であり、神々の幸ある自己矛盾であり、また、神々がふたたび自己を聴き・ふたたび自己に属するものである、と思われた。かくて、世界は釈き放たれ、奔放に舞いながら、おのれの本然に翔り還る、と思われた。~略~一切の時間は瞬間に対する幸ある哄笑と思われた。」この文面に対する訳者竹山道雄による解説が次の文面です。「世界は生命力が自己をさまざまな形に示現しながら、ふたたび自己へ還りきたるものである。存在・精神は無限に変化し転形し矛盾しながら、ふたたび同一の形にかえって永遠に回帰する。すべての瞬間は永劫に回帰するから、瞬間を瞬間として考えるは、おろかしい事である。」