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  • 「ツァラトストラかく語りき」上巻の読後感
    「ツァラトストラかく語りき」(ニーチェ著 竹山道雄訳 新潮社)上巻を読み終えました。道徳や宗教、学識等の既成の概念を次々壊していくツァラトストラは、ニーチェの哲学観そのものですが、ツァラトストラの語り口には文芸的要素もあって、その鋭い舌鋒にニーチェらしい詩情や雰囲気がよく表れています。上巻を読み進めていくうちに、こうした語り口に慣れてきましたが、理解の出来ない箇所も多く、懇切丁寧な解説に頼るしかありません。上巻はニーチェ晩年の思想である永劫回帰が語られようとするところで終わりました。「指針は進んだ。わが生命の時計は息を衝いた。いまだ曾てわれは、わが周囲にかかる静寂を聞いたことがなかった。この故に、わが心臓は畏怖した。この時に、ある声が声なくしてわれに語った。『ツァラトストラよ、なんじは知っているのではないか。』この囁きを聞いて、われは恐れのあまり叫んだ。わが顔からは血が退いた。~略~『おお、ツァラトストラよ、なんじ、やがて来るべき者の影として行け。されば、なんじ命令せよ、命令しつつ先行せよ。』われ之に答えて言った。『われは恥ずる。』」という文面からは、何かを悟ったツァラトストラの躊躇う様子が描かれています。解説によれば「ツァラトストラは永劫回帰の思想を予感しながら、未だなお之を充分展開しえないでいる。彼は自己の教養の知的基礎づけの可能に対して疑いをもっている。そして嘲笑をおそれている。」とあります。ここで上巻が終わり、下巻へとツァラトストラの独白が引き継がれていきます。もう暫しツァラトストラにつきあおうと思います。
    最大のイベントを迎えて
    自分にとって年間の中での最大のイベントは、毎年夏に企画していただいているギャラリーせいほうでの個展です。横浜市公務員としての最大のイベントは、個人の仕事ではなく組織的対応を要するもので今日実施されました。職場はそれぞれ専門職である職員で構成されています。今日は専門を超えて職員全員が一致団結し、ひとつのイベントを作り上げる日でした。自分の役目は縁の下をまとめることで、会場準備の監督や来賓の接待を行ないました。私は今までいくつかの職場を渡り歩いてきましたが、いずれの職場も大きなイベントには協力体制が組まれていて、滞りなくイベントをやっていました。そういう意味で私たちの業種は主体的に動く方々が多い職場だなぁと思っています。今日は1年間の大きなケジメを行ったと言っても過言ではありません。職員全体のパワーが感じられた一日でした。個展は個人としての評価を受ける場です。それは全てが個人の責任として自分の身に降りかかります。職場は組織としての責任が生じますが、そこを束ねる管理職が責任を取ることがあります。これも言うなれば個人の責任に帰することが多いのです。今日のイベントは成功に終わりました。携わった全ての人々に管理職として感謝申し上げます。
    Spazierenの文字入りRECORD
    Spazierenはドイツ語で「散歩をする」という意味です。20代の頃にウィーンで暮らしていた時は、毎日Spazierenしていました。Spazieren以外にすることがなかったと言った方が正確なところで、あらゆる時間帯に旧市街を歩きました。こんなことが記憶に刻印され、西欧の構築された街並みが帰国後もイメージとして現われていると言っても過言ではありません。当時の自分は洒落た感覚で散歩をしていたわけではなく、造形表現のことばかり考えながら、デコボコした石畳を歩いていたのでした。画廊のガラス越しに見る流行の美術作品に刺激も受けました。バロックやゴシック建築が異国からきた自分を拒むように佇んでいました。カフェを楽しむ余裕がなかったのが残念ですが、その時に感じていた理想的なSpazierenをRECORDにしてみたいと思いました。Spazierenの文字をRECORDの画面に入れました。文字入りの絵画作品を作るのは初めてです。洒落た版画にはセリフのように文字が入っている作品があります。自分は無骨になるのを承知で文字入りRECORDをやってみました。
    防災意識の変化
    今日は3月11日です。職場では弔意表明として放送を流し、1分間の黙祷を捧げました。昨年も同じように黙祷を捧げました。思えば3年前の東日本大震災は甚大なる傷跡を残し、無念にも亡くなられた被災者の人たちに対して、今もやり切れない気持ちでいっぱいになります。復興を加速させ、人々が安全に暮らせる街作りが一刻も早くできることを祈るばかりです。横浜に住む私たちも防災意識が大きく変わりました。職場では先日、夜間防災訓練を行いました。発電機による照明、組み立て式トイレの設置等を19時過ぎから行いました。職場は横浜駅近くで海が迫っていて海抜1メートル以下にあります。ここでは津波も想定しておかなければなりません。自宅でも食料等の備蓄を進めています。3日から1週間の備蓄となると、かなりのスペースを占領することになりますが、こればかりは仕方ありません。備えあれば憂いなし。それでも憂いはありますが…。家内は隣近所の方々ともよくコミュニケーションをとっています。災害対策ばかりではなく、自宅には工房がある関係で近所付き合いは無視できません。有事の際は人と人との絆が大切と考え、日頃からの付き合いをしているのです。
    木版画に対する思い
    年齢とともに表現や思考が変化することは、自分もよくわかっています。現在は自分が20代の頃に目指した方向とまるで違う表現に変化していて、当時を振り返ることはなくなりました。先日出かけた横浜美術館の「魅惑のニッポン木版画」展では、否が応でも過去を振り返る結果となりました。当時の自分は畳大のシナベニア板を使って、大きなサイズの具象傾向の木版画を彫っていました。出品されていた風間サチコ氏の「噫!怒涛の閉塞艦」」を見ると、かつて自分が求めた世界観に似た表現があって楽しくなりました。もうひとつ個人的には水船六州氏の「草刈唄」と「牧神」のオリジナルが見られてよかったと思っています。前から油絵みたいな木版画の効果が素敵だなぁと思っていました。「牧神」はピカソの影響でしょうか、温かい抽象の中に詩情を感じさせるものがありました。水船氏は彫刻家でもあり、さらに自分が通っていた横浜のミッション系学校の教壇に立っていられたこともわかって親近感を持ちました。在職期間を見ると自分はお会いしたこともなく、学院史に氏名が刻まれているだけでした。吉田遠志氏と吉田政次氏の抽象傾向の版画は自分がRECORDに応用したいくらい自分の感性に働きかけてきました。今回の展覧会は木版画に関する思いが募って、自分も現在の表現で木版画を試みたいと思った展覧会でした。