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  • 週末 陶土600kg届く
    現在制作中の塔をテーマにした彫刻作品は、150個を超える陶彫部品を予定していて、現状の陶土ではとても足りないので、先週栃木県益子町にある明智鉱業に連絡して、陶土600kgの購入を決めました。自分は陶土を単身で使わず、複数の陶土の割合を決めて土練機にかけます。「発掘シリーズ」の陶土は、土練機で混ぜて菊練りを行い、さらにビニールで包んで暫らく置いて、それから成形に使うことになります。今日は種類の異なる陶土600kgが益子町から届きました。これで思う存分陶土が使えます。陶土が充分にあると安心できます。古代の出土品のように焼き上がる「発掘シリーズ」の陶彫は、この土練りされた陶土があればこその作品で、別の陶土ではコンセプトが変わってしまいます。もう20年以上もこの陶土と付き合ってきました。今日も朝から夕方5時まで制作に明け暮れました。明日も続行です。
    「枯山水」読後感
    家業が造園業であったにも関わらず、自分は造園関係の書籍を読んだことがありませんでした。学生の頃、造園の仕事が好きになれなくて、造園を学問として扱うことを避けてきたように思います。実際は自然石を据え付け、植木を配置して、時に池泉の施工に父や職人とともに関わっていたのですが、それを生涯の仕事としてやっていく自信がもてなかったのでした。自然石や植木は自分の思い通りにならず、また造園会社という組織を動かすことも自分には躊躇われました。巡り合せは不思議なもので、土を焼き、木を彫り、空間にそれらを配置した彫刻を作るようになって、ようやく庭園に興味関心が出てきました。「枯山水」(重森三鈴著 中央公論新社)を読み終えて初めに感じたことは庭園と自分の繋がりです。本書では平安時代から現代にいたる日本庭園の造形変遷を扱っていて、宗教や絵画の影響、そして現代の課題まで、枯山水を多義に亘って説いています。とりわけ室町時代に興った象徴主義的庭園は特筆に値すると思いました。まとまった箇所を引用すると「慈照寺の白砂檀から、竜安寺の枯山水に発展し、それが大仙院の枯山水となって躍進し、更に退蔵院の枯山水において日本化した」とあります。最後に作庭家であった著者自身による創作論が展開されている箇所があるので、これをもってまとめにしたいと思います。「私は、時によっては陶器ばかりの枯山水を作ったり、土だけの築山を設けたり、白砂だけの地紋を作ったり、切石による彫刻的なデザインによる石組を作ったり、刈込のみによる特殊なデザインの庭としたり、庭木の手入法を全然変化させて、庭木のみの庭としたり、敷石のみによる色彩的又は地紋の変化を見せる庭としたりなどして、従来に見られなかった枯山水を作ることが可能だと信じている。~略~そのいずれであるにしても、庭園である限り、特に枯山水の場合は枯山水としての創作であり、本質的な意味での枯山水でなければならない。」著者の自由闊達で筋の通った庭園論をさらに深めたい欲求に駆られました。
    4つの庭園における時代変遷
    亡父が造園業を営んでいたおかげで、私は空間造形としての日本庭園に関心があります。現在読んでいる「枯山水」(重森三鈴著 中央公論新社)は時代背景に沿った庭園史がまとめられているので改めて庭園を見直す契機になります。自分の関心が高いのは後期式枯山水であることが分かり、さらに本書では慈照寺(銀閣)、竜安寺、大仙院、退蔵院の4つの庭園を比較検討し、時代変遷を辿るとともに絵画からの影響や構成の変化に関する論考に自分の興味は尽きません。注目した箇所をピックアップします。「(慈照寺は)銀沙灘や、向月台は、禅的象徴主義の表現として、ようやく枯山水への本格化に向かって、歩み寄りつつあったことが考えられ、この白砂檀は波心の表現なのである。かような空白の芸術としての白砂檀が現われると、今度は、この同じ前庭への白砂敷の場所が、やはり一方では空白感を盛りつつ、一方ではこれを海洋風景として、やや具体化する動向をたどりつつ、枯山水へ向かって一大発展を遂げたものが竜安寺の庭園である。~略~竜安寺の場合では、白砂敷の前庭から、やっと一段発展したまでの意味で、そこには、十五石が配置されたのみで、まだ一木一草を植えるまでには至っていないのである。この場合では、まだ絵画的な、たとえば水墨画的な意図としての、山水画的庭園などは考えられていなかったのであって、ようやく、枯山水としての独立した、又は確立したばかりの庭園として構成されたことが考えられるのである。~略~(大仙院は)全庭の構成が石組本位であることと、しかもこれらの石材料が、青石系統のものであることである。全庭を石組本位として構成したことは、いうまでもなく水墨山水画的表現に、もっとも必要があったからであり、特に馬夏風な山水画の再現を庭園構成の上から希望するとすれば、やはり石組本位とするのほかはない。~略~(退蔵院の)枯山水は、あくまでも水墨画的であっても、それが日本画としての狩野派のごとき、やや鈍重な表現をもっている。石材料も青石系のもののほかに、花崗岩的なものも相当豊富に用いられていて、これを大仙院の庭園と比較する時、やや時代のくだっているものを表現しているのみでなく、宋元山水画などに見る雄勁さが失われていて、どことなく親しみのある、円満な表現とされている。」
    象徴主義としての枯山水
    「~冒頭略~象徴主義が、自然主義の上に加えられていることは、日本庭園における根本概念であると共に、あくまでも、自然を尊重し、又は自然を基本としつつも、更に、より美しい自然へ、より崇高なる自然へ、より理想的な自然へといったように、より高度性を追及してやまぬものがあったと考えることができるのである。~略~後期式の枯山水にあっては、白砂を敷いて、これを海水としての表現とし、石を立てることによって、枯滝を表現するなど、あくまでも象徴主義がとられて行った~以下略~」と「枯山水」(重森三鈴著 中央公論新社)の文中にあるように庭園が室町時代になると空間芸術として変貌してきた様子が語られています。海原や山脈という風景を別の素材をもって表現する、そこに象徴化が生まれ、鑑賞者がその小さな庭園空間に想像力を働かせて、大いなる心象風景として楽しむというのは、まさに現代の造形美術と通じています。象徴化はアートへの第一歩で、単なる写実を超えて、美とは何かを問う哲学が構築されると自分は考えています。
    休日出勤多い10月に…
    10月になりました。月日が経つのは早いなぁと思います。週末ごとの制作サイクルを先月計画したばかりですが、今月は休日出勤が多くて、早くも制作サイクルに黄信号が点りそうです。職場と地域が協働するイベントが多く、その合間で制作をすることになりますが、集中した制作を心がけていきます。ウィークディの夜の制作は出来るのか、これは自分の気持ち次第です。秋が深まって創作活動には最適な季節になるので今が頑張りどころです。制作目標としては、現在新作の塔のことで頭がいっぱいなので、塔の陶彫部品を出来るだけ作っていくしかありません。塔の構造体は十数個の板材パーツに分かれています。そのうち成形が終わっているのがひとつだけという状況です。ひとつの板材パーツには5個から6個の陶彫部品を接合します。最初のひとつに時間がかかってしまいましたが、段取りが分かってくればペースアップも可能です。間に合うかどうか先のことを考えると焦りますが、毎年ハードルを上げているので厳しい状況に慣れていると言っても過言ではありません。常軌を逸してしまうのは自分にとっては想定内なのです。