2013.10.25 Friday
地を這うカタチとして制作を続けている新作に「発掘~増殖~」という題名をつけました。無限に広がっていく植物的な生命体が脳裏にあって、当初は画廊空間全体に蔓延らせるイメージがありました。大地を這うように広がるのは無計画な都市形態にも通じて、その動きを強調するため曲面を用いた有機形態にしました。無限に増殖して大地を蝕んでいくような動的な雰囲気を鑑賞者側が感じ取ってくれれば「発掘~増殖~」の意図が伝わったことになります。どこまでも広がっていく作品を陶彫で作るためには連結した集合体で表さざるをえません。これは私の常套手段で複数部品を繋げて広げていきます。前作でも都市とも昆虫ともつかないカタチを作り、そのカタチを木彫で作った疑似大地に埋没させました。かつて繁栄を極めた都市国家が没落し、遺構として現存している風景がイメージの基盤にあるので、自分は黒褐色になる陶彫に出土品のような素材感が漂うのを楽しんでいます。この陶彫を用いて、さらに様々な展開が可能と考えているところです。
2013.10.24 Thursday
「ボイスから始まる」(菅原教夫著 五柳書院)を読んで最初に出会うのは第二次大戦中のユダヤ人大量殺戮で、戦後ドイツ人芸術家が負った宿命の記述です。「想像されるのは、ボイスにとってドイツが背負うホロコーストの罪は余りにも重く、これをどう贖い、傷をいかに癒すかに苦慮し続けたことだ。」と要約された文章にある通り、第一章「アウシュヴィッツは描けない」の中で、ボイスの表現活動においてホロコーストの観点を拭えないことが、アメリカの批評家から指摘されている箇所があります。次の章では抜粋にやや飛躍がありますが、「『ドイツ的』なヨーゼフ・ボイスは、このワーグナー、ニーチェの栄光の流れに位置しようとするだろう。この点においても、自らをワーグナーに似ているとする指摘はボイスにとって悪くはないのである。となれば、彼を余りに『ドイツ的』とするフルクサスやアメリカの批評との対立は、古代ギリシャ対古代アレキサンドリア・ローマの構図、現代風に置き換えればドイツ、ヨーロッパ対アメリカのそれにもたとえられるかもしれない。」とあります。これはどういうことかと言えば、ニーチェによって提唱された「芸術の発展はアポロン的とディオニュソス的なものの二重性」という定義があり、簡単に言えば表象や視覚芸術(アポロン的)と陶酔や音楽(ディオニュソス的)という相反する二重性が芸術には欠かせないとしているのです。その二重性を総合したのが音楽家ワーグナーであり、ボイスも造形美術分野で、その使用する物質が変化したり流動したりするため、ワーグナーと同じ世界観をもつのではないかと論じています。それを総じて「ドイツ的」と言っていて、古代ギリシャに通じる概念であり、古代ギリシャの対抗として古代アレキサンドリア・ローマの概念を持ち出しています。ボイスを巡る理論では、哲学としての史観をもって文化発祥まで遡らないと捉えられない壮大なスケールになってしまいます。ニーチェの視点は、以前読んだシュペングラーにも通じていて、自分の関心も高く、楽しみながら読んでいるところです。
2013.10.23 Wednesday
先日、横浜新聞博物館で開催されていた「福島菊次郎展」に行ってきました。原爆投下後のヒロシマの一家族を被写体にして、当時の凄まじい生活を抉り出した世界は特筆に値します。視覚に訴える報道写真は、インパクトがあって思わず惹きつけられます。紛れもない真実を映し出した時代の証言、これが展覧会を見た第一印象です。展示されている数多い写真はモノクロばかりで、それだけに強烈な表現となっていました。色彩がない方がストレートに伝わるように思えます。展覧会場にはヒロシマの被爆者中村さんの記録の他に、東大闘争やあさま山荘事件や三里塚等の記録が並び、まさに福島菊次郎に与えられたスローガン「一枚の写真が国家を動かすこともある」とは言い得ていると実感しました。表題の写真集に掲載され、また展覧会でも掲示された文章があり、自分の心に沁みた箇所を書き出します。「ある日、日頃無口な中村さんが、『あんたに頼みがある、聞いてくれんか』と畳に両手をついて泣きながら言った。『ピカにやられてこのザマじゃ、口惜しうて死んでも死に切れん、あんた、わしの仇をとってくれんか』。予想もしない言葉に驚き『どうして仇をとればいいのですか』と聞いた。『わしの写真を撮って皆に見てもろうてくれ。ピカに遭うた者がどんなに苦しんでいるか分かってもろうたら成仏できる。頼みます』と僕の手を握った。『分かりました』と答えた。しかしこの家に写真を撮りにきてもう1年も過ぎたのに、極貧の生活にどうしてもカメラが向けられなかった僕は『本当に写してもいいのですか』と聞き返した。『遠慮はいらん、何でもみんな写して世界中の人に見てもろうてくださいや』その日から僕は中村さんの病苦と一家の極貧生活を憑かれたように写し始めた。日英語版の僕の最初の写真集が出版されたのを見て、中村さんは65歳で亡くなったが、僕は撮影のストレスで精神病院に入院した。プロの写真家になったのは退院後である。」福島菊次郎さんは現在92歳の現役です。
2013.10.22 Tuesday
通勤に使うバス停留所の近くに大きな旧家がありました。立派な石垣と太い樹木に囲まれた屋敷で、そこには自分と同じ歳の少年がいて、幼い頃よく遊んでいました。少年と書いた訳は、子供の頃に彼は事故で他界していたからです。私たちは悪戯好きで、彼の屋敷の裏山に廃材で棲家を作り、忍者ごっこをやった思い出があります。最近大きな屋敷に住む人がいなくなったと聞いていましたが、先日大きな樹木が切り倒され、屋敷も無くなっていました。こんなに広かったのかと改めて整地された土地を眺めて思いました。自分が幼かった頃は、このあたりは田畑が続き、家も疎らで、雑木林が点在していました。道は舗装がなく、たまに通るオート三輪が砂埃を舞い上げていました。牛にひかれた荷車も通っていきました。横浜市のベッドタウン化した現在の環境を考えると、信じられないくらい風景が変貌を遂げています。自分の記憶が更新されて、昔の道幅や田畑の尺度が掴めません。少なくても樹齢100年以上の樹木は残せなかったものか懐古に耽る自分は、ただ眼前で変貌していく風景を眺めているだけです。
2013.10.21 Monday
「ボイスから始まる」(菅原教夫著 五柳書院)を読み始めました。先日まで読んでいた「ヨーゼフ・ボイスの足型」に続くボイス論です。ドイツ人芸術家ヨーゼフ・ボイスに関わる書籍は専門的な書店を探しても少なくて、ブームが去ったかのような印象を持ちますが、ボイスが提唱した社会彫刻の概念は、現代社会にあっても生きていると自分は考えます。僅かに書店で購入できるボイス関連の書籍を手に取って、自分の中でのボイス論の構築を試みたいと思い、今回は本書を読むことにしました。著者は読売新聞社に勤めるジャーナリストです。目次をみるとボイスの理念を充分に伝える項目が並んでいるので、これ幸いと通勤の友にすることにしました。やっと最近になって自分もボイス像を紐解いた感が拭えず、改めて日本で見られるボイス作品に触れてみたいと思っています。確か山梨県清里に行った折、現代美術を扱う洒落た美術館があって、そこにボイスの作品があったと記憶しています。20代の滞欧中に見たボイスの作品もそうでしたが、室内いっぱいに広がる工事現場のような作品に面喰った思いがあって、難解そうな謎解きを避けてきたのです。ボイスの理念を知って、再度ボイス・ワールドに接してみたいと思っています。