2013.10.20 Sunday
陶土に追われるとはどういうことか、毎週末の制作で実感していて、今日も例外ではなかったので今日はこの話題にしました。陶彫はもちろん陶芸の場合も同じですが、土の乾燥による制作工程の順序があります。陶土が柔らかい時は菊練りを行い、タタラにしたり紐状にして成形を行います。大きな成形の場合は多少陶土が硬くなっていた方が、立体に立ち上げた時に歪まないですみます。さらに乾燥させて成形がしっかりした時に、表面に彫り込み加飾を行います。自分の場合はさらに乾燥が進んだ時に、表面の修整を行い、幾何形体の鋭利な面を出します。さらに乾燥が進むと、ヤスリをかけて表面を磨きます。ヤスリ掛けで出た陶土の粉は、実はドベを作る際に利用しているのです。焼成まで時間をかけて表面処理を行うため、陶土の乾燥具合を見て、次の工程に進むかどうかの判断をします。つまり一旦土錬機にかけて陶土を作り、成形を始めてしまうと、時間との勝負になる訳です。自分の気分で制作を止めたりすることが出来ません。どんなに疲れていても陶土の乾燥具合で制作をやらなくてはならない時があるのです。公務員との二足の草鞋生活の中で、こうした自分を追い込まざるを得ない状況はメリットでもあるし、同時にデメリットでもあります。陶土に追われるとは、自分の事情ではなく、素材の事情により制作が進んでいくことを言っています。今日は朝7時から夕方5時まで、陶土に追われながら過ごしました。一日の集中力が保てなくなるまでやりました。また次回、頑張りたいと思います。
2013.10.19 Saturday
今週末はとくに職場に行くこともなく、丸2日間を制作に使えます。制作三昧になるのは久しぶりで、朝から創作モードになっていました。以前NOTE(ブログ)に書きましたが、制作サイクルを再度点検し、この2日間を上手に回していきたいと思っています。今日は横浜の日本大通にある横浜新聞博物館で開催中の「福島菊次郎展」に行く予定にしていたので、午前中は集中して制作し、成形2点と土練をやりました。明日はタタラや次の成形、彫り込み加飾まで順序良く進めていこうと思っています。「福島菊次郎展」を見に行った理由は、前に師匠の池田宗弘先生から勧められていたのでした。福島菊次郎は92歳の現役で、戦後の日本が抱えてきた負の歴史と言うべき大きな事件の数々を被写体にしてきた報道カメラマンです。展示されていた広島の原爆を初めとする多くの激動のモノクロ画像を顧みて、忘れかけた過去に思いを馳せました。詳しい感想は機会を改めますが、会場には年配の方が多く見受けられました。池田先生は福島氏と面識があるらしく、作品やポートレイトを撮っていただいたと言っていました。
2013.10.18 Friday
「社会彫刻というのが、今日のテーマです。社会彫刻ということに関して、ボイスは『拡大された芸術観念』ということを言うわけなんですけれども、どうしても『芸術概念』という言葉を使うもんで惑わされてしまって、僕たちは芸術というものが、モダニズムの芸術から何か違った形に概念が拡大されたんだと解釈してしまうんです。そうではなくて、ベクトルが全部正反対で出来上がっているんです。社会の全活動を、芸術゙創造性゙として捉えているわけです。今僕たちがここで話し合っていることが即、社会彫刻に参加しているんだということです。~略~ボイスは二十一世紀の人類に必要なのは、環境を破壊することのない、人間を含む生物に対して善となるような共同活動を、今の芸術家が提案していく時なのだと訴えているといえます。ボイスの生涯は、軍事的な東西の対決に人類が血道を上げているうちに、全人類の基盤である地球そのものが、緑地の破壊によって崩壊してしまうことを警告しつつ、行動を通して少しずつ社会改革を推し進めた生涯だったといえるでしょう。」(若江漢字著部分)「あらゆる作家の創意は、いずれも芸術史の大いなる風土に発生した種子の一つなのです。それぞれ固有の生成をなす。だからボイスの創意や構想の一端をつきとめることはできても、あなたの(若江氏の)作品をそれに従わせることはできないのだから…。」(酒井忠康著部分)2人の共著による「ヨーゼフ・ボイスの足型」を読み終えました。2人が言わんとする箇所を選び、ボイスの存在について考えさせられました。さらにボイスのことを知りたくなったので、関連する書籍を探してみようと思っています。
2013.10.17 Thursday
東の横山大観・西の竹内栖鳳と称せられる2大巨匠のうち、自分は横山大観に比べると竹内栖鳳の画風を今までよく知らずにいて、今回の展覧会でようやくその全貌が分かった次第です。展覧会最終日の午後、会場であった東京国立近代美術館は大変混雑していて、竹内栖鳳の人気の高さを伺うことができました。様々な流派を取り込んだ技法は「鵺派」と揶揄されていたようですが、その各流派を取り込んだ驚くべき実力は、観る者に感銘を与えていました。私も例外なく描写力や構成力に圧倒されました。ライオンや象、鹿、狐、狸、猫、雀に至るまで動物の描写は特筆に値する表現力をもち、その風貌や動勢、毛の質感さえ見事な筆致を見せていました。西洋画の陰影を取り込んだ作品は、当時の日本画壇で驚かれたのではないかと推察しています。とりわけローマやベニスの構築的な建築描写と日本画的な樹木の描写が相まって統一されていたのが印象に残りました。作品によっては下書きの展示があって、動物の配置や動静に鉛筆で描いたり消したりした跡が、作者の生々しい苦心を伝えていて、自分もその時の気分や意欲や襲ってくる衝動を作者に重ねて感じてしまいました。模索を続け、決定に至る道筋が見えてきて、竹内栖鳳と言えども創作の悩みには自分と通じるものがあると知って、巨匠がとても身近に感じました。
2013.10.16 Wednesday
藤田嗣治(レオナール・フジタ)の画業は何回かNOTE(ブログ)で取り上げていますが、東京渋谷にあるBunkamuraザ・ミュージアムで開催されていた「レオナール・フジタ 藤田嗣治展」に先日行ってきました。乳白色の肌をもつ裸婦の絵画を見ると、西洋画に東洋的な微妙で細密な表現を入れたフジタ特有の世界が広がって、当時のパリ画壇で人気を博した要因がよく伝わってきます。今回の展覧会で面白かったのが子どもをテーマとする作品群で、とくに「小さな職人たち」と称するタイル状のシリーズは、楽しく且つ下町風情の溢れる素敵な作品だと感じました。絵画のモティーフにしたい職業の数々、貧しいけれど懸命に働く人々を、子どもが演じる楽しさがありますが、実際に当時は年齢のいかない子どもが働いている場面もあったのかもしれません。もうひとつはフジタのアトリエにあった建築模型で、アトリエの室内を丹念に作り上げた楽しい立体作品です。小さな白い壁と石段や台所が西洋的情緒を醸し出していました。写真家土門拳等によるフジタの生活を写した写真も楽しめました。ともかく楽しさ満載の展覧会で、週末に相応しい時間を過ごすことができました。