2013.07.27 Saturday
週末になると朝から工房に籠って制作三昧になります。陶彫は何年やっていても新たな困難に直面します。新作ごとにイメージしたカタチを作るので、その時その場面で新たな問題が生じるのです。成形上の定型がない故に起こる困難ですが、七転八倒して課題を克服し、何とか成形を終わらせます。最終的に焼成で駄目になれば万事休すですが、そこまでしても作りたい欲求があるので、毎週末になると闘いを挑んでいます。今日も例外ではなく、酷暑の工房で汗を滴らせながら成形をやっていました。ただ、成形は困難であるにも関わらず、作っていて一番楽しい工程でもあるのです。それは骨格を形成するカタチを決めていくので、彫塑としての面白さがあるからです。暑い、難しい、楽しい、の三拍子で明日へ継続していきます。
2013.07.26 Friday
「豊饒の神・境の神 九州の土俗面考【2】」(高見乾司著 海鳥社)を読み始めました。昨日まで読んでいた「火の神・山の神」の続編で、本書は「火の神・山の神」に提示された課題の補充を試みたものと思われます。目次には「猿田彦」に関する著述が多く、謎の仮面である「猿田彦」の分析解明に迫るところが予見され、今後の読書が楽しみです。ただ、自分は九州に行った時に見た他愛のない観光用神楽の印象しかなく、実際に村々で催される古い祭礼の雰囲気を味わったことがないので、著者の行動記録を読み解いて想像するしか方法がありません。私が生まれた頃の横浜も、周囲に田畑が広がり、近隣にある神社で五穀豊穣を祈る祭礼がありましたが、それも幽かな記憶の中でしか印象を留めていません。日本人の原風景とも言うべき農耕文化を改めて考える機会として、本書を読んでいきたいと思います。
2013.07.25 Thursday
「火の神・山の神 九州の土俗面考【1】」(高見乾司著 海鳥社)を読み終えました。九州の土俗面考【1】とあるので、引き続き【2】を読んでいきたいと思います。本書は、湯布院にあった空想の森美術館の館長による土俗面を中心に据えた紀行文で、九州を中心に神楽等に使用される仮面の実態を、現地に出かけて調査に臨んだ行動記録になっています。著者はさまざま場面に遭遇し、そこで仮面の起源について思考し、また郷土史家の協力を仰いで一冊にまとめています。目に留まった箇所を抜粋します。「私たちの美術館に展示してある二百点を上回る仮面の謎を追って、九州の歴史と風土を探る作業を開始したら、たちまち中世という仮面史の限界を飛び越え、稲作文化の弥生時代をも飛び越えて、私は縄文文化の虜となってしまったのだ。」「日本の仮面史には空白期があるということは、すでに何度も述べた。すなわち、縄文時代の土偶の消滅から平安末期の仮面の出現までに、大雑把にみて千数百年の断絶があるのだ。この空白期を埋める手掛かりになるのが南九州に数多く残存する『土俗面』だと考えて、多くの事例を見る作業を私は続けているのだが、南九州が縄文文化の発祥の地であるという認識の上に立つと、ずいぶん、仮面の分析もしやすくなる。仏教彫刻の影響を受けた中世以降の仮面、能、狂言などの芸能面、宮廷文化を反映した伎楽面などを中央指向の仮面とし、『土俗面』を各地方独特の仮面とするならば、これらの個性豊かな土俗面こそ、その土地の歴史を背負った貴重な資料だということができるからである。」「『鬼』は古代製鉄民族、来訪神という性格を基本に、山の神、山民、修験者、猿田彦、さらに追われる鬼や制圧される鬼などの要素が互いに領域を重ねながら幾世紀にもわたって祭りや伝承の主役の座を占め続けてきたのである。鬼面の謎解きに挑むことは、日本の古代史の闇の部分に踏み込むことでもある。」
2013.07.24 Wednesday
昨夜、BSフジで伊勢神宮の式年遷都に関する番組をやっていて、こうした内容が大好きな自分は楽しみに番組を見ていました。内容は20年に一度新しい社殿を建て直すもので、伊勢神宮はこれを千年以上も繰り返しているという解説がありました。工法は昔のまま伝承され、20年前に前回の式年遷都の造営に加わった宮大工が大勢参加していました。若い大工を指導する立場の宮大工もいて、さらに20年後に工法が引き継がれていく様子が映像を通して伝わりました。檜は木曽などの「神宮の森」で育成されて、それが斧で伐採される様子も映されていました。伊勢神宮の周囲に広がる広大な森は、昭和初期に絶滅しかけたものを再生したということも知りました。将来は檜も全てそこで賄えるようにするという気の遠くなるようなプロジェクトがあるようです。伊勢神宮は何度か訪れたことがあるだけにとても身近に感じたひと時でした。
2013.07.23 Tuesday
今夏の個展に際して、作家中島敦の研究書を出版している文筆家笠原実さんから丁寧なお手紙をいただきました。笠原先生はかなりご高齢と思われますが、頭脳明晰で批評も鋭く、フェリス女学院大学で教壇に立たれていました。横浜では先生を囲む会などがあります。美術評論家以外の方によるご意見として、敢えてここで紹介させていただきます。「昨日、『陶彫の面白さ』のお裾分けをいただきました。六曲一双に構成された原始の世界の『佇む生命体』に触れ、現代の文化・文明、そして思想・宗教の何であるか、その意味合い、さらに自分の存在すら改めて考えさせられました。~略~ 都会の孤独が、貴君の手によって発掘された印象です。~以下略~」先生から過分なお言葉をいただいて恐縮です。今後も自分の作品を見ていてくださる方々のご意見・ご感想をバネにして頑張っていきたいと思います。