2013.08.06 Tuesday
今日の長崎は朝から入道雲があって好天でしたが、気温がどんどん上昇して外を歩いていられない状況でした。ホテルから荷物を背負って駅前まで来るのに汗が滴っていました。今日は広島では平和記念式典が行われます。68年前の今日広島に原爆が投下され、多くの犠牲者が出たのでした。長崎でも68年前の9日に原爆投下がありました。そんなことがあって今日は原爆資料館に出かけることにしました。路面電車に揺られ、炎天下の長崎の街を行けば、68年前の当時もこんな様子だったのだろうと想像をしていました。野口彌太郎記念美術館に立ち寄り、その後原爆資料館を見ました。以前もここに来た記憶があります。また新たな記憶を刻んで資料館を後にしました。その後、彫刻家舟越保武による二十六聖人像が見たくなって、日本二十六聖人記念館に行きました。ここで隠れキリシタンとして弾圧された歴史を紐解く機会を与えられ、一度じっくりとキリスト教布教の史実を学びたいと思いました。師匠の池田宗弘先生が長野県で隠れキリシタンの足跡を辿る研究をしているので、自分には比較的身近な研究課題なのです。夕方の東京行きの飛行機に乗って帰宅しました。長崎旅行は充実した3日間だったと思っています。軍艦島と隠れキリシタンについての書籍を集めてきたので、追々研究していこうと思っています。
2013.08.05 Monday
今日も長崎は朝から小雨が降ったり止んだりしていました。「長崎は今日も雨だった」という歌謡曲がありますが、濡れた路面を見て長崎らしさを感じていました。今日の目的地は軍艦島です。軍艦島はネットでツアーに申しこんでいたのですが、天候が荒れると上陸できず、ましてや出航も危ぶまれる事態になると知って、直前まで行かれるのかどうか不安でした。桟橋で予定通り出航と聞いて安心しました。出航まで時間があったので、復元された出島を見てきました。埋め立てが進んで現在は街中に出島があり、また出島が以外や狭いのに驚きました。さて、軍艦島ツアーの時間になると太陽が顔をのぞかせ、かなり日差しが厳しくなってきました。家内は麦藁帽子をレンタル、私の頭に巻いた手ぬぐいからも汗が滲んできました。海上は凪でしたが、それでも外海に差し掛かると船はかなり揺れました。船の苦手な私は酔うのではないかと心配しましたが、軍艦島が見えた時は揺れる甲板にしがみつきながら、カメラのシャッターを夢中で切っている自分がいました。上陸すると廃墟となったコンクリート建造物に自分の心が奪われて、暑さも感じなくなっていました。詳しい感想は機会を改めます。軍艦島から帰って、午後の時間は長崎定番の観光コースに戻りました。亀山社中、眼鏡橋、新地中華街でちゃんぽんを食べて、唐人屋敷跡を散策してホテルに戻ってきました。A・ロペス展を開催中の県立美術館にも立ち寄りましたが、これは東京渋谷で見ているので、美術館カフェで休憩を取ったに過ぎません。美術館が妙に落ち着くのは職業柄かもしれないと思いました。夜は稲佐山展望台夜景ツアーに参加しました。海岸に山が迫る長崎ならではの景観があってこそ生まれた夜景は日常を忘れる美しいひと時でした。
2013.08.04 Sunday
今日から2泊3日で九州の長崎県に旅行です。飛行機が長崎空港に着いたのが午後2時過ぎで、天候は小雨まじりの曇り。空港バスで長崎駅前に出て、駅近くのホテルに荷物を預けました。長崎県には10年以上前に家内と来ています。グラバー園と新地中華街、原爆記念館くらいしか印象に留めていませんでしたが、ゆったりと走る路面電車を見て、街の雰囲気を徐々に思い出してきました。まずは思い出に耽るためグラバー園に足を運びました。グラバー邸だけでなく今回は周辺の西洋館にも寄りました。昔に比べると西洋館はこんなにも開館していなかったのではないかと思っています。横浜や神戸にもこうした西洋館がありますが、いずれも小高い丘の上に建っていて和洋折衷建築なので、どこも同じような古びた匂いがあります。当時の西欧人の暮らしがどうだったのか、閉鎖的な日本の風土にあって結構厳しい生活を強いられたのではないかと想像しました。和洋折衷と言えば長崎には卓袱料理があります。前回来たときは食べずじまいだったので、今回は家内の希望で夕食に卓袱料理を味わいました。ネットで調べたら「浜勝」という割烹が手ごろと思えたので思案橋までタクシーで来ました。卓袱料理は和洋中の混在する料理で、江戸時代の鎖国にあっても出島でオランダや中国と交易をしていた長崎であったればこそ、こうした料理が生まれたと思いました。今日は長崎定番のコースを巡った感があります。明日はいよいよ長崎旅行の目的地である軍艦島へ向かいます。
2013.08.03 Saturday
来週月曜日と火曜日に夏季休暇を取って、明日から2泊3日で長崎県に出かけます。目的は軍艦島で、全体が廃墟となった空間を見たいと思っています。これが創作に対する刺激剤になるのかどうかわかりませんが、公務員としての仕事ではオンとオフの切り替えをしたくて、気分は解放されるのではないかと思っています。軍艦島の感想は近いうちにNOTE(ブログ)にアップします。今日は旅行準備に併せて工房での制作もやっていました。朝晩やや涼しくなっていますが、昼間は相変わらず酷暑で、汗を滴らせながら成形作業に励みました。昨日と一昨日は夜工房に通っていて、彫り込み加飾をやっていました。昨晩は加飾に加えタタラも準備していて、今日の成形に備えていたのでした。陶彫の成形は何度やっても難しいと思います。タタラだけでは到底無理なカタチがあって、そこは陶土を紐状にして補強していきます。タタラと紐作りの混合作業というのが私の常套手段で、前日に準備したタタラは全て使い切らなければなりません。理由は乾燥の具合によるもので、タタラは半乾きでないと紐との接着が上手く馴染まないのです。ともあれ夢中になって成形を2点作り上げました。夕方になって飼い猫トラ吉をペットホテルに連れて行きました。ようやく気分が旅行に向いてきました。
2013.08.02 Friday
先日、東京小平市にある武蔵野美術大学美術館で開催している表題の展覧会に行ってきました。「彫刻と呼ばれる、隠された場所」という副題が示す通り、古代から現代までの十数人の彫刻家・建築家による見えざる部分を造形の主体として提示する作品が並べられていました。企画の説明には「彫刻芸術の核心は感覚の及ばぬ=決して現実空間の延長として捉えることのできない場所、すなわち感覚されうる現実と切断された、感覚の侵入できぬ別の場所を匿うことにある。」とあり、さらに「彫刻芸術の逆理は墓のもつ二重性そのものと重なる。~以下略~」と続きます。自分はこのコンセプトが大変気に入りました。彫刻として可視不可視の境界を超えうる造形を自分は思索していて、表題の展覧会がまさにその具現化された空間を味わえる絶好の機会となりました。墓の観念でいけば、墓碑は目に見える表面上の立体造形を示し、死者を埋葬した空間は隠され覆われた内面としての空間を示すものです。墓の主体は死者の埋葬にあり、墓碑はその位置と地下に存在するもうひとつの世界を暗示するものです。まさに自分が現在展開している自作との関連を考えないわけにはいかない状況を感じ取りました。個々の作品にも言及したい欲求がありますが、それは稿を改めることにしたいと思います。