Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 陶紋による造形簡潔化
    陶紋は立方体や直方体といった矩形がベースになって、表面に変化をつけて展開していく連作です。陶紋の前には、球体都市の連作をやっていました。球体都市は40個ほど作っていたので、陶紋もほぼ同数にしていく予定です。陶紋は今夏発表する作品を含めると20個出来ました。現在21個目の来年発表予定の陶紋を作り始めています。新作は直方体を横にした形態です。今回、文様は簡潔化を図る予定です。カタチをパターンとして繰り返すのではなく、直方体に簡潔な造形を加えることで直方体が明確に意識できるようにしようと思っています。と言うのは何もしないよりも、一本の線が入ることでカタチそのものがハッキリすることが視覚心理上であります。たとえば何もない空間より、何かが置かれた空間に広さを感じたり、モノとモノの関係により空間を把握しやすくなる場合がそれに相応します。造形の簡潔化で小さな矩形を大きく見せたい意図もあるのです。数点試みた上で今後の方向性を探ろうと思います。
    制約された中での自由
    今朝、職場に出勤しましたが、雨天のためイベントが明後日に延期されました。その時点で職場から工房に向い、いつものように制作を行いました。二足の草鞋生活は時間の確保が難しい側面がありますが、やはり工房に来ると創作に没頭出来ることの幸福を感じます。創作活動は自分のために行う珠玉の時間です。これがあるために自分は生き甲斐を感じると言っても過言ではありません。20歳の頃から創作活動に携わっていくことを決め、幸いにも現在まで諦めずにやってこれたことを嬉しく思うことがあります。創作活動は言わば自己を満足させるための手段で、どこのレベルで線引きするかは創作に対する自分の思いがどのくらいあるのかに依ります。ただし、前述した通り生活していく上での仕事は必要で、その仕事にもやりがいを持ちたいと思って現在の仕事に従事しているのです。確かに時間の面で手枷足枷になっている現状はありますが、この制約された自由時間は制約があるからこそ無駄にできないと思っていて、そこに密度の濃い時間が生まれると考えています。今の自分は制約があるからこそ頑張れるのではないかと思っているところがあります。退職して制約がなくなるとどうなるのか思いを巡らせてみることがあります。今の緊張は保てなくなりますが、代わりに何か得るモノもあるのではないかと考えるようになりました。
    今週末は全て休日出勤
    今週末は職場で大きなイベントがあるため2日間とも休日出勤になります。組織的な出勤日なので、代休を月曜日と火曜日にとることになります。週5日制に慣れているので、今週の長さに多少の疲れも感じます。このところ咳が出て、自宅に帰ると何もしたくない日が続いています。二足の草鞋生活も緩急を考えないと心身ともに駄目になってしまう可能性があります。梅雨の季節は湿度が高く、体調を崩しがちです。ゆっくり休みたいと思いつつ、猫のトラ吉を追っ払いながらRECORDに取り組んでいる毎日です。
    「貴婦人と一角獣展」の巨大綴織
    先日、東京六本木にある国立新美術館で開催中の「貴婦人と一角獣展」を観てきました。大きな展示室に6点の巨大なタペストリー(仏語:タペスリー)が飾られた空間は圧巻で、補色である紅色と深緑の色彩が織りなす画面に見入ってしまいました。平織(綴織)は自分の大好きな技法のひとつで、30歳で滞欧生活を切り上げる時に、トルコで平織の絨毯を購入しました。そこに表れる図像を読み解くのも面白いと思います。今回の「貴婦人と一角獣展」では「触覚」「味覚」「嗅覚」「聴覚」「視覚」という本能に因むタイトル5点と「我が唯一の望み」というタイトルがついた作品1点があり、大きな展示室を囲むように展示されていました。周囲の部屋にはタペストリーに関連した資料の展示がありました。一緒に行った家内は、1点ずつ織り込まれた貴婦人の相貌を見て、それぞれ年齢が異なるのではないかと推察していました。私は「我が唯一の望み」とは何を意味するのか、五感を総括するものなのか、何故この貴婦人だけに天蓋がついているのかをボンヤリ考えていました。謎の多い作品だけに魅力的に見えるのかもしれません。いずれにせよ圧倒される作品であることに間違いなく一見に値するものと思いました。
    「瀧口修造 白と黒の断想」を読み始める
    「瀧口修造 白と黒の断想」(瀧口修造著 幻戯書房)を今日から読み始めました。はたまた瀧口修造かと思われるかもしれませんが、結局のところ美術評論で私は瀧口修造の著したものが大好きなのです。本書は図版が多く掲載されています。瀧口好みの芸術家が並んでいて、それらが自分の好みと重なるので、それで私は瀧口修造の書籍をよく読んでいると言えます。瀧口修造が生きたほんの少し前の時代は、シュルレアリスムから抽象表現まで新鮮な息吹きに包まれた時代でした。自分の師匠たちは野外彫刻に進出し、国際的な視野で活躍する作家が増えてきました。そうした契機を作った海外の芸術家に焦点をあてた本書は、充分楽しめる内容が盛り込まれています。通勤電車の中で時間をかけて読んでいきたいと思います。