2012.11.03 Saturday
土曜の振り替えはないので残念ですが、今日は文化の日でウィークディならば休日です。NOTE(ブログ)のアーカイブを読むと、過去の文化の日には制作三昧だったことが多く、文化の日に相応しい過ごし方をしています。今日も例外ではありません。朝から工房に篭って陶彫制作に明け暮れました。夕方5時になると手がガサガサになり、今日はここで制作終了としました。今日は若いスタッフが2名来ていて、それぞれ自分の課題に取り組んでいました。私が陶彫、スタッフの一人が油画、もう一人が石膏という具合に相原工房は有効に利用されていました。加えて家内は自宅の一室で彫金の制作していました。モノ作りは集中すると周囲のものを全て消し去り、時間の感覚もなくなります。手先を通じて自分への問いかけが始まるのです。一人だけの世界を数人が同じ空間で共有するのは、促進効果を齎せてくれて有効です。作業がよく進むのです。共同アトリエの効果はそこにあります。明日も同じメンバーで制作続行です。明日も頑張ろうと思います。
2012.11.02 Friday
「現在の芸術と未来の芸術」「構成派研究」(村山知義著 本の泉社)という2冊セットの書籍のうち「構成派研究」は図版が多く、文章のレイアウトにもアールデコ調のデザインがあって楽しめる一冊です。先日見に行った「近現代のブックデザイン考」展にも本書が展示されていました。「構成派研究」は構成主義に至るまでの流派をわかりやすくまとめたもので、時代の変遷が把握出来るように編集されています。実際には本書に登場する「未来派」「表現派」「立体派」「抽象派」「シュプレマティズム」「ダダ」「ネオ・プラスティシズム」等が絡まりあった時代状況もあったかと思いますが、解説の上で平易になるような工夫がしてあります。構成派の代表として取り上げているタトリンの「記念塔」とリシツキーの「電気機械的の立体的形体」は、どんなものだったのか見てみたいと思いました。産業主義、芸術と工業の融合、大量生産、物質的材料崇拝等は、現代アートへと通じる道がそこで準備されていたように思います。
2012.11.01 Thursday
11月になりました。朝晩冷えてきて起床がつらくなりました。今年の夏は酷暑で厳しかったのが嘘のようです。凌ぎやすい季節になって、制作に拍車をかけたいところです。先月も仕事から帰宅した夜に気力が残っていれば工房に出かけていました。家に帰って夕食を済ませた後、工房に気持ちを持っていくのはなかなかシンドいところですが、夜もう一仕事やることを何とか習慣化したいと考えています。今月もウィークディの夜は可能な限り頑張りたいと思っています。具体的には陶彫の制作継続ですが、土練り、成形、加飾、仕上げ、焼成のサイクルを順調に持っていきたいところです。新作「発掘~地殻~」の木彫部分にもそろそろ取り掛かりたいと思います。今月は「発掘~地殻~」を中心に据えた制作工程を考えています。「発掘~地殻~」の陶彫部分を全て作りきるのは少々無理がありますが、8割程度の陶彫部分の完成を目指します。週末は今月も休日出勤が2日間予定されています。時間がないのは例年通りで、体調を壊さないように過ごしたいと思います。
2012.10.31 Wednesday
「現在の芸術と未来の芸術」「構成派研究」(村山知義著 本の泉社)という2冊セットの書籍が自宅の書棚にあります。本書「現在の芸術と未来の芸術」は、今年の夏に見た「村山知義展」で購入したものではなく前から自宅にあったものです。いつ頃手に入れたものか忘れてしまいましたが、それほど昔ではないと記憶しています。本書を読もうとした時に別の本を読んでいて、そのまま忘れていたのでした。「村山知義展」を見たことでそれを思い出し、今ようやく読み始めています。言い回しの古さからして原稿はかなり昔に書かれたものだろうと思っていたら、大正13年11月20日初版だったことがわかりました。大正時代となれば、ここに書かれている芸術論は驚くほど新しいもので、斬新な論理に当時の人々は面喰ったに違いありません。当時の画壇は明治時代からの流れでパリ留学が幅を占め、そこで学んだ人々による新しい美術の潮流が画壇を席巻していたと考えますが、先端をいく芸術家にとって本書は進歩的な方向性が示されていたのではないでしょうか。村山は20代でドイツに出かけて、表現派が占める画壇に接し、マンネリ化した表現派の現状を本書で報告しています。カンディンスキーやマリネッティという芸術家の翻訳を通して、村山は次なる意識的構成主義を謳いあげています。本書の題名にもなっている未来の芸術とは、2012年現在における現代進行形のアート全般を指すものとなります。現代の眼から見れば、さらに進んだ状況がありますが、基本的には本書に書かれている通りにその後の芸術が展開していて、村山の先見の明の確かさには驚かされます。工業製品や印刷に言及しているところは現代美術そのものです。
2012.10.30 Tuesday
武蔵野美術大学教授退官記念の展覧会が同大美術館で開催されていました。油絵学科で教壇に立っていた斎藤氏に自分は面識がありません。自分がいた30年も前には斎藤氏が掌っていた絵画組成室はなかったように思います。絵画組成室は歴史的絵画の模写を通し、テンペラ技法や支持体等の描画材料を研究するシステムがあり、それは本当に羨ましいと感じます。古典から学ぶことはどの時代でも大切で、表現に説得力を持たせるためには必要なことと思います。「斎藤國靖 〈仮説〉としての絵画」展は、現代の肖像画をヨーロッパ古典絵画に重ねて確固たるデッサン力の上に画風を展開していました。〈仮説〉というのは、絵画は決定性も絶対性もなく、さまざまな可能性をもつ仮説に過ぎないと解説されていました。こうした教授が常に学生を指導助言されていたことは、素晴らしい教育環境が整っていたと思います。古典に根差した姿勢は、学生として学ぶべき姿勢だと自分も心得ていました。自分も学生だった頃は、新しい美術界の動向を知りつつも、デッサン力を身につけるため、人体塑造を繰り返しやっていました。アカデミックと呼ぶ人もいるかもしれませんが、それは旧態依然としたものではなく、専門家としての自覚を自分につけるためのあり方だと思うのです。今回の展覧会を見て、そんなことが頭を過りました。