2012.11.23 Friday
暦の関係で今年は三連休が少ないように思えます。おまけに週末も仕事が入り丸2日取れないことも多いので、この三連休は久しぶりに制作三昧となりました。若い世代のスタッフもやってきて、朝から工房は活気に溢れました。大きなストーブも焚き始めました。さて、この三連休ですが、新作「発掘~地殻~」の木彫に到達せず、陶彫部品の成形と加飾に明け暮れることになりそうです。私の作品の多くは陶彫部品と木彫で構成していきますが、まだ新作の木彫には手つかずといったところです。来月から木彫をやろうと考えていますが、先のことを考えると気持ちは焦る一方です。陶彫部品が昨年よりも多いせいかもしれませんが、制作工程を見るとゆっくりしていられない状況があります。この三連休に思い切り作って、さらにウィークディの夜に制作する姿勢を継続しようと思っています。
2012.11.22 Thursday
「青騎士の誕生 カンディンスキーの舞台芸術」(小林奈央子著 早稲田大学出版部)を読み終えました。以前「青騎士」(カンディンスキー/フランツ・マルク編 岡田素之・相澤正巳訳 白水社)を読んだ時に、カンディンスキーの戯曲「黄色い響き」が載っていて、どんなに読み込んでも理解に苦しむ場面が多かったのを覚えています。これはどんな舞台になるのか、演劇としての娯楽性を感じることが出来ず、劇場で見ていたら、狐につままれた気分になるだろうと思いました。本書では「舞台コンポジション」連作の丁寧な解説があって、衣裳やジェスチャーが何を意味するのか、キリスト教図像学等を参考に掘り下げた考察によって、発想の源や革新性が解ったように思います。さらに違う視点からの考察が登場すれば、カンディンスキーを取り巻く芸術的状況が一層進展していくだろうと思いますが、現在は本書を頼りにカンディンスキーの舞台芸術を紐解いていくことが良いと感じます。結論となる箇所を抜粋すれば「カンディンスキーの理解では、芸術家とは現代の人間の精神生活の危機に際し、精神への糧を与える騎士として選ばれた存在である。この新たな精神闘争においては、旧世界で闘争の根源となった文化・民族・宗教・言語といった差異を超越する世界芸術言語、すなわち抽象芸術こそが、新たな武器となり、芸術家はその武器をもって、全人類の精神の向上のために闘うのである。その意味で、〈舞台コンポジション〉とは、新しい“精神の時代”に立つ全ての人間と全ての芸術にカンディンスキーが捧げる“記念碑”であったと言えよう。」ということになります。カンディンスキーの精神的なる芸術は舞台の創作を通じて具現化していく過程を鑑みると、本書はカンディンスキー研究には重要な役割があると感じています。
2012.11.21 Wednesday
かつて木彫によるテーブル彫刻「構築~包囲~」と「構築~解放~」を作りました。サークル状の厚板を複数の細い柱で支える構造で、量というよりは線と面で構成される軽やかな作品として作ったつもりです。この作品の造形イメージを陶彫で表現するとすれば、線や面ではなく量として表すことになります。次なるイメージとしては「構築~包囲~」の陶彫変換として、大きな円錐状に陶彫部品を張巡らし、周囲の床にも陶彫部品を配置して、うず高く積もれた陶彫による円錐形を考えています。「構築~解放~」の陶彫変換としては、クレーターのような窪みを陶彫部品を床に配置して表現しようと考えています。内なるものと外へ広がるもの。プラスとマイナス。凸と凹。「構築~包囲~」も「構築~解放~」も基本的なカタチとしてのイメージは相対する2つの要素をもっていて、それが木彫であろうと陶彫であろうと同じコンセプトでやっていきたいと思います。同じ要素から発展するカタチ。素材が異なれば作品の構造が変わり、それによって空間の雰囲気も変わってきます。イメージの出所が同じである場合でも、素材は彫刻にとっては重要で、印象としてはまるで違う作品になっていくのです。次なるイメージは円錐形の陶彫による集合彫刻です。
2012.11.20 Tuesday
18世紀のフランスと言えば、ロココ様式が盛んで、西欧が文化的にも爛熟した時代だったと思います。この時代を生きた画家シャルダンは日本での知名度は低く、自分も初めて聞く名前でした。地味な画風ながら静寂な雰囲気を漂わせた絵画は、誠実で実直な画家の人柄を反映しているようでした。図録にある経歴を見ると、生前は風俗画家として名声を得ていたことがわかりました。今回、東京丸の内にある三菱一号館美術館で開催されている「シャルダン展 静寂の巨匠」には、代表作の風俗画や静物画が展示されていて、シャルダンの世界を十分堪能することができました。私自身の好みで言えば、風俗画より静物画が好きで、巧妙な構図や光の加減が静物画に結集しているように思えます。全体的な表現に甘美なロココの時代とは思えない慎ましい表現があり、その静かな抒情を湛えた世界は、簡潔で厳粛な雰囲気さえ感じさせます。シャルダンは次世代の画家に与えた影響もあり、今後は再評価が進むことと思われます。
2012.11.19 Monday
昨日、表題の展覧会に行ってきました。新聞報道等の宣伝効果で多くの鑑賞者が訪れていました。1室目と2室目は足を踏み入れた時の雰囲気に圧倒されましたが、展示されていたひとつずつの作品からはあまり感銘を受けることはありませんでした。室内を宮殿風に演出した2室目も同じでした。若い頃に西欧で5年間暮らした自分には懐かしさばかりが先立ち、織物にしろ家具にしろ西欧で見た時はそこの空気に馴染んでいて、ごく自然に接していたので、こんな感想を持ったのかもしれません。ただ、こうして日本に持ってきて美術館という空間で、じっくり観るということに不思議な新鮮さを感じました。やはり食い入るように観たのは名画ギャラリーの会場で、クラナッハやラファエロ、レンブラント、ヴァン・ダイク、とりわけルーベンスの数点の絵画では時間を忘れました。ルーベンスは自身の工房で作らせた大作が多い巨匠で、各国の美術館の1室を占領するほどの量がありますが、今回展示されていたルーベンスの絵画は、全て自身の筆によるものではないかと思いました。とくに娘の肖像画は秀逸で、巨匠が娘に愛情を注いでいる日常が見て取れました。工芸品も優れたものが多く、コレクションが質量ともに充実しているのがわかりました。30年も前になりますが、滞欧中に友人の車で夜中にリヒテンシュタイン侯国を走り抜けました。検閲もなく夜の闇の中では風景も見えなかったので印象には残りませんでしたが、今一度リヒテンシュタイン侯国に行きたいなぁと思いを抱きました。