2012.10.09 Tuesday
「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の第二巻を読んでいます。第4章「国家」に入り、そのⅠとした副題は「身分の問題-貴族身分と僧侶身分と」です。前章の民族や宗教に関する論述では、自分は些か苦手とする分野があって理解に苦しみましたが、第4章は意外にすんなり這入りこめています。著者の得意とする比較形態学に慣れてきたせいかもしれません。「僧侶を囲んでいるものは自然としての世界である。僧侶はその像を熟考してもってこの像を深化する。貴族は歴史としての世界に生活する。そうしてこの像を変え、これを深化する。両者はともに発展して大きな伝統となるが、一つは教養の結果であり、他は訓育の結果である。」「貴族身分と僧侶階級とは最初には自由な土地から成長し、そうして現存在と覚醒存在、また時間と空間という純然たる象徴的意義を表わすのである。ついで略奪と研究という側面から都市的後期時代において経済と科学との姿を優位におく低位の象徴的意義から成る二重の型が発展してくる。この二個の存在の流れにおいては運命と因果関係とに関する理念が容赦するところなく、また伝統に抗して極度にまで考えつめられる。ここに生ずる権力は、不倶戴天の敵意によって英雄主義と神聖という身分理想から分離されたものであって、すなわち貨幣と知性とである。」今回は自分にとって貴族・僧侶双方の身分比較がわかりやすかったため時間をかけずに読むことができました。
2012.10.08 Monday
三連休の最終日です。今日は公務員管理職として午前中に出張があって休日返上となりました。幸い出張は午前中で終わったので、午後は東京の美術館巡りをしました。まず、東京六本木にある国立新美術館。彫刻の師匠である池田宗弘先生が会員として毎年出品している「自由美術展」を見ました。池田先生からコメント付きの招待状を毎回いただいているので楽しみになっています。家内が用事があったので、今日は自分ひとりで会場を回りました。池田先生の作品は野外展示場にありました。例年のような真鍮直付けの象徴的な具象作品ではなく、今回はキリスト教の聖人を塑造したモニュメンタルな人物像でした。作品は具象そのもので、群像として長崎県に納める彫刻のうちの一体だそうです。詳しい感想は機会を改めます。次に向かったのは新宿にある損保ジャパン東郷青児美術館。同館がベルギーの画家ジェームス・アンソールの展覧会を開催していたので見てきました。仮面の画家アンソールはなかなか日本で見る機会がありません。アンソール周辺の芸術家の作品も併せて堪能してきました。これも詳細は機会を改めます。三連休はバリエーションのある仕事が目白押しで些か疲れました。最後に夜になってから工房に出かけて、先日仕上げしておいた「地殻」の陶彫部品の一部を窯入れしてきました。充実した三連休ではありましたが、制作は思うように進まなかったのが反省です。
2012.10.07 Sunday
昨日のNOTE(ブログ)に休日出勤で三連休が完全に取れない事情を書きました。今日は朝8時から午後2時頃まで職場に出勤をして、夕方になって多少時間が取れたので工房に戻って制作をしました。明日は制作時間を取らない予定です。公務員との二足の草鞋生活で制作時間がままならないことを普段から嘆いていますが、定年になれば現状から解放され、時間はもっと自由になるでしょう。ただし、自分の制作を考えると、毎日制作ばかりしていて精神的に大丈夫だろうかと思うこの頃です。公務員としての仕事は、管理職として難しい対応があっても組織で協議することができます。彫刻家としての仕事は自己の内面に向かう仕事なので、それを突き詰めていくと精神的に病んでしまうこともあるかもしれません。今はウィークディには組織の仕事をしているので、精神面では多くの人に支えられています。週末になると自分の内面を見つめる仕事をしていて、それが近い将来毎日続くと思うと、かなり苦しいのではないかと思います。定年後、自分は何をしたらいいのか悩む人も多いと聞きます。自分にはその悩みはありません。そのかわり生涯をかけた仕事が待っています。自分の創作行為は趣味と呼ぶにはあまりにも厳しく、逆に到達した時の満足度はコトバでは言い表せないほど麻薬的な感覚を齎せてくれます。これはアメ度とムチ度でいけば断然ムチ度が幅を利かせているのです。退職したらアメ度ばかりの刹那的な何かも見つけておこうと思っています。精神を病まないためにも必要かもしれません。
2012.10.06 Saturday
今日から三連休ですが、昨年度と職場が変わったことで、この三連休は微妙な制作時間となりました。休日出勤が明日と明後日にあり、その間隙を縫って制作をする予定です。そのため三連休の制作目標は立てられませんが、出来るだけ多くの陶彫部品を作りたいと考えています。今日は「連築」のタタラ作りと成形2点、「地殻」の仕上げと化粧掛けを行いました。今日だけが一日中制作ができる日なので、朝8時から夕方5時まで必死に作業を進めました。昨日のNOTE(ブログ)に書きましたが、数日前に窯出しした陶彫部品にヒビ割れがあり、いろいろ悩んだ挙句、今回は修整不可能という判断をして壊しました。大きな陶彫部品だっただけに力が抜けましたが、すぐに気持ちを切り替えて再制作をする準備に入りました。陶である以上アクシデントはつきものです。ヒビがひどかった原因は、加飾彫り込みによる陶板の厚みに微妙な変化があったことではないかと推測しています。制作メモを見て、次回は失敗しないようにしたいと気持ちを新たにしました。
2012.10.05 Friday
どこまで修整が許せるか、これは作品制作における素材が意図に反して起こすアクシデントのことです。自分の制作を突き詰めていく修整(修正)のことではありません。たとえば木彫における木材の裂け目、石彫における石材の割れ目、自分の場合で考えると陶彫におけるヒビ割れ等々が挙げられます。仕上げの緻密さを競う工芸的な造形では、少しのアクシデントも許されず「キズもの」として扱われます。彫刻の場合はどうでしょうか。作家によって、また造形意図によって、これは様々で多少キズがあっても表現したいものが揺ぎ無いものであれば、それで可とする作家もいます。自分もその一人です。陶芸の踏み込んだ技法研究が足りないせいもあるかもしれませんが、自分は陶彫で表現したい世界観が失われなければヒビは修整していきます。2回目の窯出しでもヒビ割れ箇所がありました。全体のカタチが大きく歪んだり、壊滅的な割れ方をしなければ自分では許せる範囲と思っています。新作はこれから木彫に取り掛かるので、木材の修整許容範囲も考えていかなければなりません。