Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 明日から若い世代の2人展始まる
    相原工房に出入りしているスタッフの一人が明日から2人展を開催します。画家として表現を模索する中で、自画像をデフォルメし、その自画像で埋め尽くした畳大の大きな絵画2点に見ごたえがあると私は思っています。彼女はこれをほぼ1年間をかけて制作していました。若い世代のアーティストは制作する環境を確保するのに苦心します。そういう意味で私の作品を手伝いながら自分の絵が描ける工房は、都合がよかったのではないかと思っています。今回2人展に出品する作品は、前述した自画像で埋め尽くした2点の他に、アクリルによる色彩画が数点、陶による仮面が数点あるようです。私は三連休最終日の月曜日に見に行こうと思っています。2人展のインフォメーションを掲載しておきますので、お時間のある方は、ぜひご覧になってください。展覧会名は「ココカ裸展」。日時は2012年9月15日(土)より19日(水)10:00~16:30(初日は13:00~/最終日は~14:30まで)。場所は「エリスマン邸」横浜元町公園内 。みなとみらい線「元町・中華街駅」下車10分。
    西洋の没落「アラビヤ文化の諸問題」そのⅠ
    「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の第二巻を読んでいます。第3章「アラビヤ文化の諸問題」そのⅠとした副題は「歴史的仮晶」で、仮晶という言葉の定義が本書の冒頭で述べられています。「自分が歴史の仮晶と名づけているものは、外国の古い文化が土地の上にきわめて強くおおいかぶさっているために、この土地に生まれた若い文化がじゅうぶんに大きくならず、そうして自己の表現形態を形成することができないのはもちろん、その自己意識を完全に発展させることもできない場合をいうのである。」この「歴史的仮晶」で気に留めた箇所は、宗教の興亡に関するところで、とりわけキリスト教がどのような変遷を辿ったかに関心を持ちました。キリスト教の第一歩であるイエスに関する箇所を選び出します。「これらの最後の時においてさえも、かれは全然自己自身の黙示録的世界像のなかに生きていた。かれは自己の周囲にそれ以外の世界を実際に見たことはなかった。かれの下に哨兵に立ったローマ人にとって現実と思われたことは、かれにとっては救いのないおどろきの対象であり、思いもよらず虚無に帰するかも知れない幻影であった。かれは都市のないいなかの純粋な、純真な魂を持っていた。都市の生活、都市的意味における知性はかれにはまったく未知のものであった。かれは自己が人間の子としてはいっていったなかばギリシャ・ローマ的なエルサレムを実際に見、そうしてその歴史的本質を理解したであろうか。かれが自己とともに生じつつあったことを全然知らなかったということ、それは事実と真実との衝突であり、たがいに決して理解し合わないであろうところの二個の世界の衝突であり、最後の日の感動的なことである。」まもなくイエスが十字架にかけられ、やがて聖書が現在のカタチになるまでの後裔とも言うべきパウロ、マルコ、マルキオンらの歴史を絡めた編纂に興味が湧きました。
    10‘RECORD5月・6月分アップ
    毎日1点ずつポストカード大の作品を作り続けています。RECORD(記録)と称しています。毎年、東京銀座で発表をしている彫刻は、まとまった時間がないと作れませんが、RECORDは一日1時間程度で下書きを完成させ、週末にまとめて彩色しています。自宅の食卓で、食事を待つ間か、または食後に鉛筆を走らせていますが、猫のトラ吉が食卓に飛び乗って、RECORD用紙の上を歩き、私の鉛筆を床に落としたりしています。そんな妨害にあっても頭の中はRECORDから離れず、トラ吉が別の部屋に去った後に、下書きを再開しています。毎日1点作るというのは、白状すればなかなか大変で、緩慢になったり巧くいったりの繰り返しです。それでも6年以上も続けていると、RECORDはイメージの宝庫になり、その中から彫刻として具現化出来そうなカタチが生まれます。RECORDは私のホームページで公開しています。ネットにアップしているのは2年前の作品になりますが、今回新たに2010年の5月分と6月分をアップしました。ご高覧いただければ幸いです。なお、私のホームページにはNOTEの左上にある本サイトのアドレスをクリックすれば入れます。よろしくお願いいたします。
    木彫との組み合わせを考える
    現在制作中の「発掘~地殻~」は陶彫部品と木彫とを組み合わせていこうと思っています。我が国の木彫は仏像彫刻を初めとする長い歴史があります。伝統工芸品にしても緻密さや美しさでは特筆に値する木工技術を誇っています。木材に恵まれた環境だからこそ成し得た文化です。ただし、自分が木材を扱う時は、むしろ細部に拘らず、木材がもつ節やひび割れを容認しうる構造的な強さを求めたいと思っています。彫り跡も残します。彩色も想定しています。「発掘~鳥瞰~」や「発掘~混在~」は、加工した厚板に砂を貼って彩色した部分と、陶彫部品を集合体にして組み合わせましたが、今回の「発掘~地殻~」は木彫浮き彫りと、陶彫部品の集合体の組み合わせを考えています。これにはどのくらい制作に時間がかかるのか見当がつきませんが、木彫のイメージを捉え、鑿で彫り出しながら制作工程を修正していくしか方法がないのかもしれません。今はまだ陶彫成形をやっている最中ですが、陶彫が焼成までいく頃には、木彫に挑みたいと考えています。
    「地殻」「連築」…タイトルとは?
    作品にどんなタイトルをつけるか、自分は制作途中でコトバが出てくるまで無題のまま仕事を進めます。初めにイメージがあってもコトバはないのです。作家によっては、初めにコトバありき、という人もいるでしょう。若い頃、自分はタイトルなんてどうでもいいと思っていました。それがいつの間にかタイトルを気にするようになりました。鑑賞者へのサービス?なのか、自分の創作の確認のためなのか、自分のことながら、どうしてタイトルをつけるようになったのか、自分でもよくわかりません。コトバには学生時代から興味関心がありました。詩的イメージと形体イメージがうまく噛み合わないせいか、コトバで発してしまうと造形作品が別のものに見えてしまうのです。そこでタイトルは最小のコトバで表すことにしました。発掘、構築、住居、鳥瞰、混在、場…という基本的には1文字ないしは2文字をタイトルに当てることにしたのです。しかも平易な語彙を選んでいます。造形作品とコトバの有機的な関係を模索したい自分には、タイトルをありきたりで退屈な語彙に収めてしまうのが残念でなりませんが、自己の造形理論を深化させて導き出した造語でいくより、今のままのほうが気が楽かなぁと思っています。現在、制作中の新作屏風は「地殻」というタイトルを思いつきました。また、大きな壁が繋がっていく床置きの新作は「連築」というタイトルにしようと思っています。「連築」は造語ですが、見たとおりのままの印象で決めました。タイトルも作品制作の上では、楽しみのひとつであると思います。自分はありきたりのタイトルをつけていますが、このタイトルでも全て羅列すれば自分の世界が見えてくるものかもしれません。