2012.08.15 Wednesday
現在読書中の「西洋の没落」に度々登場するファウスト的魂とは、ゲーテが生涯を費やして描いた「ファウスト」に由来するコトバです。「ファウスト」には栄光と挫折、無上の愛と非情な罪という人間が抱え込むあらゆる課題が詰め込まれ、それでも未来を求めて生きようとする人間の意志が貫く壮大な物語です。私は「ファウスト」そのものは未だ読んだことがないのですが、歌劇やドラマ仕立てのものは観ていて物語の概略は知っています。手塚治虫の絶筆になる「ネオファウスト」はゲーテの「ファウスト」を下敷にした大変面白い漫画で、購入した日から虜になって一気に読んでしまいました。戦後の学園紛争、東京五輪の建設ラッシュを背景にして、生体科学の権威である学者が悪魔の力を借りて若返り、遺伝子研究で新生命の創造を画策する物語です。若返った主人公が企業家の養子になって巨万の富を手に入れ、また学園紛争の混乱に乗じて大学に入り込んで前世行っていた自らの研究に着手する物語を縦糸に、純粋な愛をもつ女学生との関係を横糸にしたストーリー展開になっています。女学生の兄は公安警察で、私には彼が唯一の覚醒存在として映ります。妹とつき合っている男に悪魔が憑りついているのではないかと兄が疑う場面があり、悪魔は悪魔で色香漂う女性として描かれているのも「ネオファウスト」の特徴です。第二部は未完のまま終わっています。コマ割りと台詞のみが残されている頁があり、物語に今後の波乱万丈な展開が期待されるだけに未完のまま残された原稿に無念さを感じます。ゲーテの「ファウスト」は解釈によって大変魅力的な側面を持っていると思います。人間に備わっている知的または行動意欲や心理が描かれているので、これを下敷に様々なドラマが創作できると考えられます。ただ、西欧的な契約やキリスト教的な精神には日本人として若干違和感を覚えますが、そこは手塚流アレンジによって巧みに処理されていて、手塚の創造力の凄さを感じさせられました。
2012.08.14 Tuesday
「西洋の没落」(O.シュペングラー著 村松正俊訳 五月書房)の第二巻を読んでいます。その第1章「起源と土地と」の副題は「宇宙的なものと小宇宙と」です。生命の存在そのものの分析から始まる論証で、動植物の営みの中から人間の覚醒存在としての認識に至るまでが述べられています。本文中の気に留めた箇所を抜き出します。「血液はわれわれにとっては生きていることの象徴である。血液は生まれた時から死ぬまで、母体から子供の身体のなかに、目覚めている時でも睡っている時でも、決して休むことなく身体中を廻っている。祖先の血はその種族の鎖をめぐりめぐって流れ、それを運命、拍子それから時間という大きなつながりに結びつける。もともと、このことは循環の区分によって、しかもいつでも新しい分割によって生じたもので、しまいには雌雄という特殊な生殖器官が現れるようになり、これが、一つの瞬間を永続の象徴としたわけである。ところでこれらの生物がどうして生み、妊娠するか、どうしてこれら生物中の植物的なものが繁殖するように駆り立てられ、永久の循環を自分自身を超えて永続させようと駆り立てられるか、どうして一つの大きな脈搏が遠い魂のなかを通って牽引しながら、駆り立てながら、妨げながら、また破壊さえしながら活動するのか、これはあらゆる生命の秘密のなかの最も深い秘密であって、すべての宗教的神秘とすべての偉大な詩とがそのなかに入り込もうと努めているものであり、そうして、この悲劇性こそがゲーテをしてその詩『至幸の憧憬』において、また『親和力』において、揺り動かしたものである。」
2012.08.13 Monday
先週金曜日に夏季休暇をとって、愛知県知多半島にある常滑に行きました。常滑には過去2回ほど行っています。その時の雰囲気が良かったので、3回目の探訪になったわけです。常滑焼は赤泥の急須が有名です。頻繁に出かける栃木県益子や茨城県笠間もそうですが、伝統的な陶器はしだいに姿を消し、常滑でもモダンな陶器を売る店が増えてきました。自分は常滑においては雑器を見るというより、むしろ町の風情に惹かれているのです。常滑は小さな町に鬩ぎ合うように登り窯が多く見られます。急坂が多いのも特徴ですが、登り窯を築くにあたって小高い山を利用したと考えられます。それ故、常滑は箱庭的な町の中に煉瓦煙突が点在する独特な景観が出来上がったのだと思うのです。この煉瓦煙突に情緒があって、スケッチしても楽しいそうです。実際に描いている画家がいるようで店に飾ってありました。また使わなくなった大きな登り窯を利用してギャラリーや古道具店をやっているところもあります。常滑は板塀を黒く塗るのも特徴的です。この日は観光客が少なくて閉まっている店が多かったのですが、曇り空で直射日光がなく町を散策するのには最適でした。
2012.08.12 Sunday
朝から工房に行って昨日の続きである「陶紋」新作の加飾をやっていました。猛暑続きで昨日は作業を午前中で打ち切り、午後は横浜中華街に出かけましたが、今日も工房で一日作業できそうになく、午前中で打ち切ることにしました。ここ数日間で長野県や愛知県に出かけたことで疲労しているのかもしれません。今日の身体のだるさは暑さだけではないように思えました。それならば今日の午後は空調のある美術館に出かけることにしました。家内は胡弓の演奏があるため、一人で練馬区立美術館に行きました。横浜から東京の練馬はかなり遠く、途中で画材を買いながら、のんびりと出かけました。現在、練馬区立美術館で開催している「生誕100年 船田玉樹展」をぜひ見たいと思っていたのでした。ポスターにあった「花の夕」の斬新な構成に惹かれていましたが、会場に足を運んだら、別の水墨作品が目に留まりました。詳細な感想は機会を改めます。加えて受付で今回の展覧会ではない別の図録に見入ってしまい、「船田玉樹展」と同時に別の図録も思わず購入してしまいました。その図録に関しての説明も機会を改めます。美術館にいる時には元気いっぱいで帰ったら工房に行こうと思っていました。ところが帰宅したらウトウトと眠ってしまい、夜の制作は止めにしました。夏季休暇と週末を合わせて4日間、創作的な刺激を求めて東西奔走しました。活動しすぎて若干疲れが残る休暇になりましたが、明日から通常勤務になります。世間は盆休みなので、職場に出てくる職員は少ないと思いますが、私はいつも通り出勤です。
2012.08.11 Saturday
今日は朝から工房にいて制作をやっていました。相変わらずの猛暑で「陶紋」の新作の上に汗が滴り落ちていました。昼頃、栃木県益子町にある明智鉱業から陶土300キロが届きました。ちょうど陶土がなくなり、明智鉱業に連絡を入れていました。これで当分の間は大丈夫そうです。午後は横浜中華街に出かけました。今日は中華街にある関帝廟で関聖帝君の誕生を祝う儀式がありました。関聖帝君(関羽)は後漢時代の武将で、理財にも精通し、商人は財神として崇め奉っているようです。横浜中華街でもご祝儀を出す店がいくつかあって、神輿や獅子舞が登場するパレードでは、その店に立ち寄って演奏や演舞をしていました。その際に横浜中華学校の生徒たちの活躍が目立ちました。自分にとって横浜は生まれ故郷なので、幼い頃から中華街に馴染んできました。最近は店構えや歩道が整備され、とても美しい街になったように思います。一昨日は長野県、昨日は愛知県で休暇を過ごしましたが、今日は地元で国際色豊かな儀式を見物しています。今年は充実した夏を過ごしていると感じます。願わくば制作に弾みがつけば文句はありません。明日も制作予定ですが、やはり猛暑が気になります。