Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 週末 「混在」表層作りに着手
    今日から「発掘~混在~」の次なる工程に入りました。6つのボックス内の木枠で囲ったところに浮き彫りにした厚板を張り付けていく作業です。この浮き彫りが最後の造形となり、いよいよ全体が見えてくるはずです。同じボックス内にボルトナットで留めていく陶彫部品と厚板の浮き彫りが絡み合って世界を形成するので、浮き彫りは陶彫を見ながら、ところによっては反発しあうカタチにしたり、また融合するカタチにして全体を作り上げる予定です。あくまでも造形はボックス内で収まるようにして、大きさは一畳、深さが15cmの内部で鬩ぎあうのです。これが後半のヤマ場になります。今日は木枠に応じた厚板の切断を行いましたが、6点全ては終わらず、また明日に持越しです。工房は相変わらず寒く朝の温度は0度でした。自分の体調も少しずつ回復してきたので、明日も頑張ろうと自分に鞭を入れました。
    09‘RECORD12月アップ
    今年は2012年ですが、2年前のRECORD12月分をホームページにアップしました。ホームページにアップを待つ作品は、RECORDの他にもありますが、作品をアップする際にコトバをつけているので、そのコトバを頭からひねり出すのに時間がかかるのです。現在読んでいる「クレーの日記」では、パウル・クレーが日記のあちらこちらに詩を散りばめているので、生まれながらにして詩人であったクレーが羨ましい限りです。自分がRECORDや彫刻作品に添えるコトバは、とりわけ造形作品に関するものではありません。発想の源は同じであっても造形作品とは表面的には異なります。コトバで内容の解説をしようとは思っていないので、コトバはコトバとしての作品と考えています。ホームページを覗くとコトバもいつの間にか増えてきました。造形作品の時よりもコトバを作っていた時のほうが当時の心情が読み取れるように感じます。これは言語の持つ力かなぁと思っています。私のホームページにはNOTE(ブログ)の左上にあるアドレスをクリックしていただくと入れます。ご高覧いただけると幸いです。
    日記から読み解く青年クレー
    画家として特異な作風をもつパウル・クレー。その人となりを現在読んでいる「クレーの日記」(P・クレー著 南原実訳 新潮社)から読み解くことができます。まだ第一の日記を読んでいるところなので、子どもから青年に至る成長過程で恋や性に関することが多く書かれています。女性に対しては本能に忠実というか、在りのままの心理が描かれていて、悶々とした時期があったり、鬱々として羽目を外したりする鬱積した青春時代が読み取れます。その中でクレーは生まれながらにして詩人だなぁと思わせるところが度々出てきます。ヴァイオリンを演奏し、造形美術では師匠のもとで他の画学生から賞賛の的となっていたクレーですが、詩人としての資質に自ら気づいていたようです。日記に詩がいくつも出てきて、それによって自分の気持ちを吐露しています。自分が他の書籍からイメージしていたクレーとは違う一面が見られて読んでいて楽しいと感じます。なるほどと思うところもあります。通勤時間帯に読む「クレーの日記」に只今夢中です。
    次なる新作は石庭のイメージ
    現在作っている「発掘~混在~」の次に作る新作のイメージが湧いています。まだ「発掘~混在~」が完成していないのに、次は床置きした作品が頭に浮かんでいて、そのイメージは石庭です。点在する石は陶彫で作ります。石庭は自然石を使うものですが、陶彫にするため造形的に手を加えていきたいと考えています。空間的にはそれほど大きくなく、さしずめ坪庭のようなイメージです。間に合えば今年の7月の個展に出したいと思っています。庭の広がりは厚板で作ろうと思います。石庭に見られる白砂敷に流紋がつけられる状態を、厚板に木彫を施して摸してみようと考えています。「発掘~混在~」を作っている最中に、こうした次なる新作のイメージが湧くのは今回に限ったことではありません。むしろイメージが出やすい心理状態なのかもしれません。あとは7月に間に合うかどうかです。「発掘~混在~」と併行して作ってみようか思案中です。
    「解放」ベン・シャーン
    自作にも「構築~解放~」という作品がありますが、ここで取り上げるアメリカ人画家ベン・シャーンによる「解放」は、象徴的な名作です。これは第二次世界大戦中のフランス解放をテーマにして描かれたガッシュによる絵画で、内容は瓦礫の中で遊ぶ子どもたちの情景です。図録によると、子どもたちは仮面のような表情をしていると書かれています。確かに子どもに表情はありません。楽しく遊んでいるはずが、絵に近づいてみると孤独を湛えた無表情な子どもの顔に異様さを覚えます。これが本当の意味の「解放」なのか疑問に感じるのは私だけではないはずです。「解放」されても楽園がくるとは限らないと頭の隅で私も考えて「構築~解放~」を作ったように記憶しています。ベン・シャーンはもっと直接的で具体的です。「象徴とは…戦争が私に与えた虚無と荒廃の意味を形にし、戦争の非道さをくぐりぬけて生き抜こうとする人間の小ささを形にする、たった一つの方法になっていた」とベン・シャーンは語っています。大きな悲劇の中で、それでもなお生きていこうとする人間の意志、それが人間の心の「解放」なのかもしれません。