Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 自分を取り戻す時間
    一日のうち自分を取り戻す時間はどのくらいあるのだろうと考える時があります。まず、通勤電車の中で読書をする時間。かなり前から「瀧口修造全集」を読んでいます。ほんの僅かの時間ですが、美術論評に触れる貴重な時間です。帰宅してから過ごす時間。RECORDを描いたり、このブログを書いています。RECORDは2時間程度、ブログは就寝前の30分程度。時々近隣のスポーツクラブに出かけ、1時間程度汗を流してきます。現在はそんなリズムでやっています。昨年は自宅のアトリエで陶彫をやっている時期がありました。今年はとてもそんな時間はありません。帰宅してから真っ暗な植木畑を歩いて、工房に行くのはちょっとシンドいのです。自宅のアトリエは道具や素材が揃いません。それら全ては工房に引越しをしてしまったのでアトリエは蛻の殻なのです。こうしてみると自分を取り戻す時間が少ないと感じます。のんびり過ごすのも自分の時間ですが、のんびりゆったりした時間は自分にはないなぁと振り返っています。            Yutaka Aihara.com
    破片の点在する世界
    現在制作中の陶彫は「構築〜瓦礫〜」というタイトルをつけて、陶彫による破片が点在する世界を表そうとしています。自分は作品をまとめすぎる嫌いがあって、今ひとつ大きな世界観を構築できないのですが、破片を無作為に点在させる場の演出を行うことで、新しい空間を捉えようとしています。ただひとつひとつ作っている陶彫は、やはり単体としてまとまってしまう傾向があります。単体はあくまでも大きな世界を形成するパーツです。陶彫の単体をたくさん作って、バラバラにして床に置いてみたいと考えているのです。作品を設置する場所によって置き方が変わってくる作品です。撮影の時はいろいろな場所で置き方を変えてやってみたいと思っているのです。平面の床、階段、奥まった壁に囲まれた空間など周囲の環境も利用してやってみるつもりです。そんなことをイメージしながら作品を作るのは楽しいと感じます。まさに全体が見えない世界、破片が散らかって全体は鑑賞者のイメージに任せる世界、破片のもつ欠如した部分が謎めくのを想像すると気分が高揚してきます。                           Yutaka Aihara.com
    記号化された世界
    クレーやミロの絵画に見られる象形文字のような記号は何を表そうとしているのか、それはモノの説明として書かれたものではなく、むしろモノから遊離した何かを描いたものとして理解しています。記号化された絵画です。そこに謎解きのような面白みを感じることがあります。純粋な構成要素となった記号は、記号としての約束事から解き放たれ、軽やかなメロディーを歌い始めるような気分にさせてくれます。それは楽譜のように見えることがあります。また悲しみの象徴として内面の闇のように見える時もあります。実際に詩として書かれたものを描きなおし、そこに意味を読み解く絵画があれば、意味を成さない記号による絵画も存在しています。自分は記号化された世界には惹かれるものがあるのです。感覚的な土台の上に論理的に構築された世界、文字のようでいて作者しか読み解くことの出来ない世界、たわいもない独り言を発しているように見える世界、普遍的にそこに存在する世界…記号化された世界にはさまざまな解釈が成り立ちます。自分もいづれ文字から解放された記号を造形要素として試作したい気がしています。     Yutaka Aihara.com
    アトリエと工房
    自宅には小さなアトリエがあります。公務員になった若い頃、憧れの陶彫はまだ出来ず、油絵を描いていた時期がありました。画架を立ててキャンバスを置いて、歯車のような抽象形をモチーフにした絵を何年も描いていたのです。彫刻を学んだのに環境的に彫刻を作るのが難しかったので、自分がイメージした世界を平面で表現しようとしていました。重く暗い絵でしたが、当時は気に入っていました。アトリエは油絵の具の臭いが充満していて、自分はずっとこれでいくのかなぁと思っていました。陶彫が出来るようになって環境が一変しました。現在はコンクリート打ちっぱなしの工房があり、窯が設置してあります。アトリエから当時の油絵や図録を運び出して工房に置いてあります。アトリエは別の用途を考案中で、たとえばそこで彫刻の雛型を作ったり、RECORDを作りたいと思っています。または家内の胡弓の練習場にも使えそうだとも思っています。いずれにしても内装をきちんとした上で考えていきたいと思います。                   Yutaka Aihara.com
    週末の疲労感…
    昨日の続きのようなブログの内容になってしまいますが、昨日余力を残して終わったはずの制作が、今日はどうやら疲労が溜まって全て中途半端になってしまいました。陶彫の制作はかなりの肉体労働です。それでも陶彫なら陶彫だけやっている方が疲労感は少ないように思えます。陶彫の修整やら、以前からやっている作品保管用の木箱作りやら、小品のための準備やら、日頃やらなければいけないと考えていることを見通してやっていると、あれもこれもと気が急いて結局は何も仕上がらず疲労感だけが残ってしまうのです。昨晩、職場関係の懇親会があったり、今日も昼間2時間ほど工房を抜けて職場に出かけたことも疲労感に拍車をかけているのではないかと思います。リフレッシュするはずの週末が、職場とは別な疲労感を伴って終わるのが惜しい気がします。焦らず休まず…これが自分流の生き方です。いろいろ考えすぎて、限りある週末の時間に詰め込みすぎるのはまずいと思った一日でした。                                Yutaka Aihara.com