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  • 三連休 土台作り&結婚披露宴へ
    三連休の中日です。今日の午前中は新作の土台作りに取り掛かりました。たとえ2時間でも自宅でゆっくりするよりは工房に行って、厚板を切断する作業を選びました。切断というより穴を刳り貫く作業に終始しましたが、工房の気温は0度を指していて、電動工具を持つ指先が冷たくなりました。手をストーブで温めながら、何とか今日のノルマを達成しました。11時頃に自宅を出て、横浜のみなとみらい地区に車で向かいました。前まで勤めていた職場で若手の2人が結婚することになり、私は披露宴の招待を受けていたのでした。新朗も新婦も仕事熱心な人たちで、いつも遅くまで職場に残っていました。その頃、彼が彼女を車で家まで送ることが頻繁にあり、私はそういうことかと妙に納得してしまいました。結婚式並びに披露宴の会場はインターコンチネンタルホテルで、横浜の名所のひとつである船の先端のカタチをした現代的な高層建築の中にホテルがありました。新型コロナウイルス感染症が広がっている今、感染予防をして披露宴に臨みました。お酌はなし、乾杯は交わさず、新郎新婦を見て杯を高く上げる方式に変わっていました。当然余興はありませんでしたが、ビデオによるさまざまな趣向があって、私は楽しい時間を過ごしました。挙式が出来ない人たちがいる中で、周囲にきちんと結婚を知らせるために2人が判断をしたことを思い、真面目な2人ならそれもあるだろうと考えました。前の職場では私が管理職で在任している間に2組の結婚があり、それで今日は3組目、本当に仲が良い職場だったんだなぁと振り返りました。懐かしい人たちにも会えました。午後3時には自宅に帰ってきましたが、それから工房に行く気になれず、今日は早朝の制作が正解だったと思いました。明日は朝から夕方まで工房に篭ります。
    三連休は土台作り中心
    成人の日が月曜日にあるため、今日から三連休になります。今週から通常の勤務が始まり、早朝起床する時の寒さを考えれば、この三連休はちょっぴり嬉しいのですが、新型コロナウイルス感染症が広がっているため、一都三県には緊急事態宣言が出されています。私の職場でもリモートの環境整備に拍車をかけていますが、まだ時間がかかりそうです。私の職種は対面が基本なので、今後はどうなっていくのか、見当もつきません。さて、三連休ですが、年末年始の休庁期間から続いている厚板材による土台作りを継続していくことにしました。新作全体から見れば、見栄えのしない地味な造形ですが、地を這う私の造形世界ではかなり重要な要素になっています。鋭角な二等辺三角形にそれぞれ陶彫部品が顔を出す穴を開け、板材を加工して箱形にします。三角形の高さは10cm。その三角形を20点作り、ぐるりと円形に並べます。土台を作りながら、そこに配置される陶彫部品がまだまだ足りないことが分かり、これも並行して作っていこうと決めました。今日は朝から工房に篭り、午前中は土台作りを中心に作業を進めました。午後は陶彫制作に取り掛かり、彫り込み加飾に時間を費やしました。作業は相変わらずコツコツとしていて大幅に進むことはなく、多少の焦りもありますが、この地道な作業を続けていかなくては終わりも見えないので、今は只管作り続けることしかないと思っています。この三連休は全て制作に充てられず、明日の午後は別の予定が入っています。時間の許す範囲で頑張りたいと思います。今日はいつもの美大受験生が来ていました。彼女もコツコツとデッサンをやっていました。そのシンプルさが決め手かなぁと思いながら、夕方まで作業をして、受験生を家の近くまで車で送り届けました。
    「茶室」について
    「藤森照信建築」( 藤森照信著 増田彰久写真 TOTO出版)を読み始めて、というより写真を眺め始めて、その斬新な茶室について興味が出ました。書籍に取り上げられている藤森流の茶室は「一夜亭」、「矩庵」、「高過庵」、「茶室 徹」、「薪軒」、「炭軒」、「松軒」の全部で7つあって、どれも空間造形として刺激を受けるほど面白いなぁと感じました。「小さいこと、豊かであること、火があること、この三つからして茶室は、人類の建築の一つの結晶体といっていい。~略~こうした茶の世界を確立した人物を千利休(1522~1591)という。ミケランジェロが47歳の時に、日本で生まれている。利休は、茶の世界のミニマル化に挑み、面積においては畳二枚(1.8m四方)まで推しすすめ、茶の美の中核となる茶碗においては、ロクロによって作る色付の茶碗を捨て、手びねりの黒一色の”黒楽茶碗”に到達している。」次に「一夜亭」を解説した文章から拾います。「独立系の茶室は、客を招く座敷の回りに広がる庭の一画に庭木に少し隠れながら、点描のようにチョコッと置かれることが多い。草庵ふう茶室の原型は、京の市街地の町家などの裏庭の一画に設けられた”市中の山居”たる庵と考えられているが、独立系の茶室はその伝統を引く。」次に「高過庵」。「茶室は、衣服に近いというか身体の延長に展開する小空間であり、住宅の私性をさらにつきつめた極私的建築にほかならない。茶室は、本来、自分のために自分で作るものなのである。自分のための茶室を作ろうと思い立ち、作ったのが、この高過庵である。~略~思わぬ光景があった。田畑で働く村の人々の光景が、まるでブリューゲルの絵のように見えるのだ。ブリューゲルの野外光景の絵は、人間よりは高く神よりは低い視点で描かれていることに思い当った。」ここに登場する「高過庵」は高い柱の上に建つ茶室で、ちょっとシュルレアリスム的な空間造形にも見えます。これはたしかテレビ番組の中で紹介されていたと記憶しています。最後に「松庵」。「茶は、日本に入ってきた当初から”文”との結び付きが強かった。喫茶の習慣は禅宗寺院にまず入り、さらには、利休をはじめ茶人は鴨長明などの中世の歌人、文人が世捨て人として生きた庵に、茶室の基本を見出した。いつも茶と文は切れない関係を保ってきた。」茶室は、茶会をするだけではなく、そこで書籍と向き合い、じっくり読書をする小空間として考えるならば、この隠れ家的な趣は清楚な贅沢と言えるでしょう。この余裕に羨ましさを感じるのは私だけではないはずです。
    「藤森照信建築」を読み始める
    先日まで読んでいた「建築とは何か 藤森照信の言葉」(藤森照信他著者多数 エクスナレッジ)に続いて、「藤森照信建築」( 藤森照信著 増田彰久写真 TOTO出版)を読み始めました。この書籍は分厚く持ち歩きが困難なため、職場の私の部屋に置いています。ほとんどの頁が大判の写真のため、目で楽しみつつそれぞれのユニークな建築に纏わる文章を読んでいきたいと思います。書籍の冒頭に「人類の建築をめざして」という文章がありました。その中で注目した箇所を引用いたします。「最初に注目したのは生命現象だった。アール・ヌーヴォーの動植物の層である。そうした生命現象の層の下にはアール・デコに代表されるような鉱物の層があった。鉱物の層の下には数学の層が隠れていた。鉱物の結晶の形を決めるのは数学。」この例えの面白さに感覚を擽られました。「20世紀建築を考えるとき、くれぐれも忘れないでほしいが、20世紀建築の本質はどの国どの地域のものでもない。むろん、ヨーロッパのものでもない。生れた場所が、20世紀刊の地図にはヨーロッパと書かれていただけ。本当に、インターナショナルなのである。」その後の文章に著者が建築をやるようになった動機が書かれていました。「生まれ育った田舎の、諏訪大社上社の筆頭神官守矢家の史料を収蔵展示する小さな博物館を建てたいというのである。~略~私は、守矢家のすぐ隣に生まれ、先代当主に名前を付けてもらい、現当主とは幼なじみ。子供の時から先代が、鹿の頭や、生きたカエルを矢で刺して、神様に献ずるのを見てきたし、出雲から進入した勢力を、天竜川の河口で迎え撃ち、敗れた時の戦のようすや、敗れて神の座を出雲勢にゆずり、筆頭神官となり、稲作を教えられたことなどを親から聞いて育った。」著者はそんな契機から建築家への道を歩み始めたようです。「モダニズム建築には、構造体を表現として見せる、という鉄則がある。ル・コルビュジエの打放しコンクリートやミースの鉄骨はその好例なのだが、この鉄則を犯すことになる。鉄やコンクリートをムキ出せば精神的犯罪、隠せば建築的犯罪。結局、腹をくくり、構造体を自然素材で包んで隠し、建築的犯罪を犯すことにした。やるからには完全犯罪に仕立てないといけない。バレたり、なんかヘンダナと感じさせても失敗。」というわけで「神長官守矢史料館」が完成しました。私はまだ実際の建物を見ていませんが、懐かしい感じのする素材感に溢れた建築かなぁと写真を見て思っています。無国籍の民家と原廣司氏に評された建築ですが、ユニークなのに風景に溶け込んだ建築だろうと思います。
    「建築とは何か 藤森照信の言葉」読後感
    「建築とは何か 藤森照信の言葉」(藤森照信他著者多数 エクスナレッジ)を読み終えました。建築史家であり、自らもユニークな建築を作っている造形家でもある著者は、私がずっと注目してきた人であり、その言葉を刻みつけたい著述家でもあります。最後に藤本壮介氏、布野修司氏2人の建築関係者からの質問があり、そのうち藤本氏の五原則の問いかけが私にとって面白かったので引用いたします。その五原則とは、柱・土・洞・火・屋根の5つになります。まず柱。「日本の独立柱は、構造材という実用性を超えた特別な意味が付与される場合がある。例えば、家全体の中心位置の柱を大黒柱と呼んで神聖視したり、一番格式の高い部屋の正面の飾り柱を床柱と名づけ、一番高価な柱材を立てる。」次に土。「土盛りや土塊には、柱のような人間の意志や力は感じられず、いつしか盛り上り、自づと土の粒が集って塊を成し、いづれ大地に還るような印象がある。」次に洞。「大地に穴を掘って住めばいい。洞窟である。洞窟は、土盛りや土塊と同じように、目地がなく、床、壁、天井がぐるりとつながる。土盛りや土塊の反像といえばいいか。~略~こうした洞窟状態について、自分の中に閉じこもった、と説明される。自閉とも引きこもりとも言う。デカルトこそがモダニズムの哲学的基盤を築いたと30年前の原広司は語った。同じデカルトは、洞窟状態をいたく批判している。ということは、モダニズムの対極は洞窟、ということになる。」次に火。「茶道には千家の『茶の湯』ともう一つ別に『煎茶』の流れがあって、作法も茶室も相当ちがうことは知っていたが、炉の有無が重要なポイントとは思いもよらなかった。~略~でも、茶室から炉と火を抜いたらどうだろう。エネルギー源が消え、ただ狭いだけの空間になってしまうのではないか。極限的に狭くしながらしかしその中心には火がある、この緊張が、この凝縮が茶室の本当の魅力なのだ。破壊寸前の空間。」最後に屋根。「世界大戦は屋根と外壁とのあいだで闘われた。屋根面を見せない外壁勢力は、文明史の相当早い段階、例えば新石器時代には地中海東側の”肥沃な三日月地帯”を支配していたらしい。そして支配はメソポタミア、エジプト、ギリシャ、ローマとつづく。~略~20世紀初頭の闘いで屋根は箱に負けた。たしかに屋根は負けたのだが、でも最後に負けたということは、白い箱に最後まで抵抗するだけの強い表現力を持っていたのが屋根だった証となる。」読後感としてのまとめにはなりませんが、一応著作としてはここまでにして、次に藤森照信建築写真集が手元にあり、それを眺めながら、もう少し藤森ワールドに拘っていきたいと思っています。