2021.04.09 Friday
学校を退職し、私は日々の出勤がなくなりました。一日中自由に過ごせる日常は、退屈と隣り合わせになるかなぁと考えていましたが、1週間以上が過ぎた今は校長職にあった時と変わらない時間の使い方をしています。ただ給与が入ってこないだけですが、経済的には何とかやっていける状況なので、創作活動一本になることの心配はなくなりました。私は教職に就く前に海外に在住していて、安定しない生活を送っていました。気持ちとしてはその時代に戻ったような按配ですが、当時と違うのは彫刻による自己表現が決まっていること、それを具現化するための施設を持っていること、社会人として納得できる地位まで這い上がって無事退職できた実績があることで、現在は自分の気持ちが進むべき方向を向いていることが幸いと思っています。勿論創作活動における思索の部分では迷いが生じることもありますが、それはそれとして人生に悔いを残さないために必要なことではないかと思っています。今の私は一日をどう過ごすか、基本的に全て自由時間ではありますが、そこに手枷足枷を嵌めて創作活動に邁進していくことを祈願しているのです。空間芸術の何たるかを自分の中に取り入れて、自分が納得できる彫刻作品が作れれば満足ですが、果たしてそれを残った人生で成し遂げられるのでしょうか。前述した手枷足枷、これは一日のルーティンを決めて自分を追い込むことをしなければ創作は出来ないことを自分なりに考えた結果なのです。つまり気が向いたら制作するという考え方では、新しい世界観を創造することは無理だと私は思っています。私は先月までの習慣に頼って、職場に勤務するように工房へ出かけ、勤務時間を過ごすように工房で身体を動かすことを決めました。遅くても朝9時には工房に出勤します。夕方は午後3時までと考えていて、これは今までの週末の制作時間と同じです。週に最低2回、11時から12時までの1時間を近隣のスポーツ施設に通って、水泳をして過ごします。午後3時以降は自宅でRECORDを制作することにしました。RECORDに2時間、読書に1時間と割り振って考えてみようと思っていて、夜はこのNOTE(ブログ)の記述だけにしていけば、結構余裕が持てるのではないかと考えています。今週はそんな過ごし方をしてきましたが、美術館や映画館他に行くときは一日のスケジュールを変えます。暫くこれでやってみます。自分の生真面目な性格も相俟って、何とかモチベーションを保ったまま、毎日を過ごしていると自覚しています。
2021.04.08 Thursday
昨晩、家内と横浜市都筑区鴨居にある映画館に、今話題となっているアニメ映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」を観てきました。「新世紀エヴァンゲリオン」は20数年前に社会現象となり、私もそのアニメーションが創りだす独特な世界観に触れました。近未来の地球では大惨事があり、崩壊された都市に生き残った人々がいて、さらに人類補完計画を打ち出す組織がありました。どこからともなくやってくる使徒に立ち向かう汎用人型兵器エヴァンゲリオンをその組織が持っていて、それに搭乗する少年少女たちの心の葛藤を物語の中核として、使徒と戦うアクションシーンが盛り込まれていました。そこには地球規模の惨劇とそれに立ち向かう組織を動かしている父、エヴァに乗る息子、他のエヴァに乗る少女たちの関係性がありました。全編を通して摩訶不思議で、しかも不安定に満ちた要素があり、宗教性を感じさせる謎に包まれた得体の知れない世界が存在していて、それがこのアニメの魅力になっていると私は思っています。私は登場するメカニックのデザイン性にも着目していて、またエヴァに搭乗する少年少女たちがエヴァと神経接続を行う場面にも面白さを感じていました。所謂巨大ロボットが登場する勧善懲悪な物語ではないところに、この物語の醍醐味があって、惨劇を引き起こした人類がこれからどう生きていくのか、魂を繋ぐために何をすべきか、シリアスなテーマである一方、家族の普遍的な在り方も描いていて、観た人がいろいろ感じ、また議論を呼ぶところかなぁとも思っていました。私は倒壊された風景の片隅で、槌音が聞こえるように演出された田植えの場面が好きでした。これは大震災を経験した私たちにはリアルな世界でもあるからで、具体的な未来の方向を描いている唯一の心の拠り所でもあると思っています。この映画を観に行こうと思ったきっかけは、NHK番組で放映された「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、エヴァの総監督庵野秀明氏が取上げられていて、エヴァ制作に命を削っている作家の真摯な姿が随所にあったところを垣間見て、自分も表現こそ違えど彼に共感してしまい、これは映画を観に行くしかないと思ったのでした。コロナ渦の中で感染を心配しながら映画館に足を運びましたが、最終上映は人も少なくて良かったと思っています。
2021.04.07 Wednesday
私は自宅の近くにスポーツ施設があるため、そこで水泳をしていました。20年以上も前は仕事帰りに夜間コースに通い、そこで知り合った仲間たちとマスターズ登録をして、年齢別の競技大会にも出ていました。その頃はタイムを競いながら長距離を泳ぐこともありました。職場で受け付けている定期健康診断では、水泳をしていなかったさらに若い頃に比べると、明らかに数値が改善し、水泳の効果が現れていました。そのうち学校での役職が変わるにつれ、水泳が縁遠くなり、校長になってからはほとんど泳がない毎日を過ごしていました。これは気持ちの持ちようでしょうか、神経を使う仕事であれば水泳が効果的なことも分かっていながら、何となくポジティヴに考えられない自分がいました。また五十肩を患ってから水泳ではなく水中歩行をしていましたが、筋力の衰えは日に日に自覚できて、足腰に自信が持てなくなっていました。これはまずいと思い、仕事を退職した今月から昼間に開設している成人コースに通うようにしました。思った以上に身体が硬くなっていて、水に身体が乗らないのです。腕も回せない、脚のキックも弱くなっている現状を知って、1週間に2,3回は水泳をしていこうと決心しました。一日のルーティンのうちに水泳を組み込むこと、ウォーキングもすること、そんなことを考えながら体力維持を図っていこうと思います。今まで週末毎にやっていた彫刻制作でも体力がなくなっていることに薄々気づいていましたが、この体力を必要とする創作活動を中心に据える生活では、体力維持は不可欠です。陶土を捏ねたり、木を彫る作業では持久力が全てです。若い頃から彫刻表現は健康的な媒体だと思っていました。実材を扱っているため、昼間に制作をして夜は眠りに就く生活だから、デザインを専攻している学生のように昼夜逆転はありえませんでした。40代初めに近隣のスポーツ施設に行って水泳をやってみようと考えたのは、教師としてではなく、彫刻を長く続けたい一心からでした。今月から時間が出来たので、水泳を始めた頃の出発点に戻ろうかと思います。
2021.04.06 Tuesday
基本的に毎日制作が可能な4月からの制作目標を、例年の慣習に従って立てていきたいと思います。毎日制作できるとなれば陶彫部品を集合させる新作は完成できるのではないかと思っています。今年7月に開催するギャラリーせいほうでの個展では、陶彫部品による大規模な集合彫刻が1点、木彫による中規模なテーブル彫刻が1点、小品を数点を展示する予定です。まだ何も出来ていない中規模な木彫作品は、今月始める予定ですが、この作品は今月だけでは間に合わないかもしれないと思っています。図録用の作品撮影の日をいつ設定するか、何とか5月中旬にやっていきたいと思っていますが、カメラマンの都合やスタッフたちのことも考えれば、早めに決めていくべきでしょう。今月は陶彫部品の制作だけではなく、土台の板材加工の継続制作をやらなくてはならず、土台の板材加工が終われば、そこに砂マチエールを施す作業が待っています。毎日制作していても妙な焦りが出てくるのは、二束の草鞋生活の頃の習慣がそのまま記憶に残っているせいかもしれません。もう週末が何回あると計算しなくてもよいのに、不思議な気持ちになるのです。4月に入ってから、東京の京橋に先輩画家の個展を見に行った日でも、朝から昼ごろまで工房に篭って制作をしていました。週末は今までどおり一日6時間以上も制作していて、その成果は徐々に現れてきています。RECORDの夜の制作は、昼間の制作に移そうかと考えていて、今は一日のスケジュールを決めているところです。4月の制作目標としては陶彫による集合彫刻の完成をまず考えます。一日1点制作のRECORDは遅れた分の挽回、読書は現在読んでいるゴーギャンの彫刻に関する評論の読破を考えています。制作と鑑賞が創作活動の両輪であるならば、今月は鑑賞も充実させていきたいと思っています。ちょっと欲張っていますが、毎日が創作活動なら、あれもこれも出来るのではないかと思っている次第です。
2021.04.05 Monday
画家サイトユフジさんが東京の京橋にあるギャラリー東京ユマニテで個展を開催しているので、家内と見て来ました。私は20代の頃、オーストリアの首都ウィーンに滞在していましたが、サイトさんはその頃既にウィーンにいらして、ウィーン幻想派の流れを汲む具象絵画を描いていました。画面いっぱいに文様化された蜂の巣に夥しい数の蜂が描かれていたり、地面を這う蟻の大群が描かれていたり、精密な描写に粘り強く取り組んでいるサイトさんの姿勢に尊敬を覚えました。また奥様と一緒に収集されていた平織のタペストリーも見せられて、海外生活を楽しむ生活スタイルもサイトさんに教わりました。私が帰国後もサイト夫妻はまだウィーンにいたので、サイト夫妻のウィーン滞在期間はかなり長かったのではないかと記憶しています。私が横浜で教員として仕事を始めていた時期に、サイト夫妻は帰国して、郷里である山形県に移り住みました。やがて奥様が体調を崩され、サイトさんとお子さまを残されて逝去されました。私は家内と数年前に山形県のサイトさん宅を訪れ、奥様の墓参りをさせていただきました。そんな付き合いがもう30年以上も続いています。サイトさんの絵画のモチーフは虫から動物に変わり、以前もギャラリー東京ユマニテで個展を開催していました。今回のテーマは犬でした。炎に包まれる犬や犬の群れ。炎は絵画史でもさまざまな画家が表現してきたモチーフで、なかなか難しい表現ではないかと私は思っています。それに果敢に挑んでいるサイトさんが、昔と変わらぬ姿勢を保ち続けていることに嬉しさを感じました。どんな世界を描いてもサイトさんの絵画はサイトさんならではのもので、絵画の世界に思索を持ち込む創作姿勢は変わっていないと思いました。サイトさんに会うとウィーン滞在時の話になり、記憶が戻されていきます。当時、自分が求めていたことや考えていたことが甦り、私としてはもう一度原点に立ち返ることが出来ます。あの頃の私は模索の中にいて、表現を極めているサイトさんに対して憧れに似た気持ちをもっていました。周囲の人たちがみな羨ましかったのは事実です。そんな思いが巡った一日でした。明日からも創作活動を頑張ろうと思います。