Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 縮小した儀礼的イベント
    私の職種では年間に2回、儀礼的なイベントが開催されます。新年度の出発式とも言えるイベントで、本来なら地域に開放し、来賓を招いて行うものなのです。新型コロナウイルスの感染拡大は、私たちの職種にも影響を及ぼし、本日は縮小したイベントとなりました。爆発的な感染を防ぐため必要な措置ですが、この職種で私は初めてのことが多く、内心混乱もしています。職員の中にはこうした危機的事態にさまざまな工夫を凝らせる能力を持った人が複数いて、私は随分助けられています。今日の式典は縮小ながら無事に終わり、新年度の一歩を踏み出しました。早く通常勤務になってほしいと願うのは私ばかりではないでしょう。年間行事の見直しも必要になってきました。全職員と打ち合わせながら追々やっていきたいと思います。私の公務員最後の1年間はイレギュラーなことばかりで、判断に迷うことが多々あります。落ち着いた1年間を過ごしたいと考えていた私は出鼻を挫かれた格好になりましたが、今までも経営的な戦略を立ててやってきたわけで、守りに徹することはなかったかなぁと思っています。緊急事態宣言が出されても大きく変わるわけではないと考えていて、公務が滞らないように仕事をしていきます。
    週末 工房の環境を考える
    新型コロナウイルスの感染拡大が心配される昨今ですが、自宅にいるように政府が呼びかけています。不要不急の外出は避けるように言われていますが、そんな時だからこそ自宅の傍にある工房の環境を考えてみたいと思います。工房は自宅から歩いて1分くらいの植木畑の中にあります。密閉、密集、密接の3蜜状態を作らないようにニュースで言われていますが、工房は3蜜に当たりません。私が自宅と職場の行き来を自家用車で行なっているため、職場でコロナウイルスに感染しない限りは大丈夫と思いたいのですが、感染経路が判明できない人が増えている現状では、大丈夫とは言い切れないのです。新型コロナウイルス感染の最初は風邪に似た症状が現れると聞いているので、手洗いやうがい、基本的な生活習慣はきちんと守っていきたいと思っています。そんな不安を抱えながら、今日は新作の陶彫制作をやっていました。工房は丘の上にあるので風が爽やかに吹きわたり、今日は私一人でしたが、複数の人がいたとしても、それぞれがかなり離れて制作をしているので、工房はまだ安全な場所ではないかと信じたいのです。私は通常通りの創作活動を展開していこうと思っています。今月の制作目標に従って、今後予定されている図録の撮影や東京銀座の個展も例年通り行なっていく所存です。7月個展の頃は新型コロナウイルスはどうなっているのでしょうか。個展に人は来ていただけるのでしょうか。私の創作活動を多くの人に観てもらいたいと願っているのは山々ですが、それよりも創作は自分との精神上の闘いでもあるのです。自分が掘り下げた思索の具体が自分の中でどのくらいのものなのか見届けたいと考えていて、それが私に創作に向かわせる動機なのです。個展は自分の納得のために開催しているとも言え、人に見せるための表面上の鼓舞とは少々ニュアンスが違うと思っているところです。
    週末 ロフトへの荷揚げ作業
    昨年春に工房ロフトの拡張工事を行いました。私の作品は陶彫による集合彫刻で、それぞれ分割して木箱に入れて保存してあります。その梱包された量が半端なく、既に1階倉庫は木箱で溢れかえり、その一部が作業場に迫り出してきています。そこで昨年ロフトを拡張したのですが、工房には空調がないので、夏は蒸し風呂状態になり、とてもロフトに長くいられるものではありません。昨年夏に開催した個展の作品がまだ1階の作業場にあるため、今日の午後はそれら木箱をロフトに揚げる作業を行いました。今日は気持ちの良い春日和の天気になり、ロフトはやや気温が高かったものの作業には適した気候でした。今日集合してくれたのは、それぞれの場所で活躍している男性アーティストが2人、いつも工房に通ってきている染のアーティストと美大受験を考えている高校生2人、それに私を加えて、男性3人、女性3人の合計6人でした。荷揚げ作業には適度な人数と思いました。時間は午後2時から4時までの2時間くらいと見積もっていましたが、まさにその通りでした。狭かった工房の作業場が広くなって、快く制作が出来るようになりました。手伝ってくれた皆さんに感謝です。工房は一般的な貸し工房ではなく、私に関係した人たちが自由に使える空間として機能しています。最近は染めのアーティストが頻繁に使っていますが、彼女は清掃や片づけまでやってくれていて、工房管理者として役割を果たしてくれています。私もそうですが、大きな作品だったり、周囲を汚す素材を扱っていたりする場合は、自宅ではなく完全に独立した工房が大変便利で、その環境が創作活動を後押ししてくれます。私の作品も彼女の作品も工房があればこそ誕生した作品と言えるのです。明日は通常の制作に戻ります。今月の制作目標を考えながら進めていきたいと思います。
    自宅キッチンの解体工事
    自宅のリフォーム工事が始まって2週間目に入っていますが、和室を洋室に替えていく工事に完了の目途が立ちました。さらに隣接するダイニングの改修工事が今日から始まりました。ダイニングには30年前に入れたシステムキッチンがあり、これを最新式のものに替えていくのです。当然料理が出来ない日々が続くことになるので、食事はコンビニ弁当に頼らざるを得ません。数日前より私たちはダイニングにある食器棚の整理に追われていました。解体前夜であった昨日は家内が夜通し食器の断捨離を行っていました。私は深夜0時で翌日の仕事のことも考えて就寝しましたが、家内の徹夜の頑張りに感謝です。私がこの家を建てた頃、私は陶彫による作品を試作していて、陶芸家の友人を訪ねて栃木県益子や茨木県笠間によく出かけていました。陶土を吟味したり、陶肌をよく見てくる目的で、日本有数な陶芸の産地に出向いていたわけですが、友人の作品も含め、気に入った陶器を買い求めてきました。それは所謂作家ものと言われる1点ものの器ですが、長年にわたって収集してきたため、食器棚には私の思いの詰まった器が溢れているのです。それら器の数々は断捨離が出来ずに、自分の美的感覚を刺激するものとして、どうしても保存したいと思っています。古新聞紙にひとつずつ器を梱包し、段ボールに入れてダイニングの改修工事が終わるまで別の場所に置いておきます。今や自宅は引っ越しでもするような荷物で溢れていて日常生活にも影響を及ぼしています。リフォームが完成したら素晴らしくなることを信じて、今は耐えていこうと思います。
    C・トムキンズとP・チャンによる導入
    「アフタヌーン・インタヴューズ」(マルセル・デュシャン カルヴィン・トムキンズ聞き手 中野勉訳 河出書房新社)は、前衛芸術家マルセル・デュシャンにインタヴューを行なったカルヴィン・トムキンズの記事が中心になった書籍ですが、その導入としてピーター・チャンによる対話が掲載されていました。C・トムキンズがデュシャンに対して、どんな印象を持ったのか、気軽に語っている場面が想像できました。私は先入観でデュシャンは気難しい人ではなかったのかなぁとさえ思っていたところ、彼の自然な振る舞いに拍子抜けするところもありました。本当にデュシャンはどんな人物だったのでしょうか。C・トムキンズが語ったこんな台詞が印象的でした。「一番重要な要素の一つは、全面的に自由であること、というこの状態だと思います。伝統から自由であること、種類を問わず、ドグマというものから自由であることです。それから、絶対に何かを当然視しないという彼のあり方。自分はすべてを疑った、すべてを疑う中で、何か新しいことを思いついた、そういうことを話していました。~略~すべてを、アートの本性そのものまで含めて疑問視しなければというこの必要、この情熱ですね。レディメイドの本当の要点というのは、アートとはこういうものだと定義づけてしまう可能性を否定することだった。アートはどんなものでもありうるんだ。物体でもないし、イメージですらない、ひとつの精神活動なんだ、と。かつ、こういう考え方は彼の仕事に一貫してあるわけです。それまで誰もやったことのなかったいろんなことを彼がやったのは、自分自身のために、ひとつの自由を見つけることができたからだったんですね。」全てにおいて自由になれるというのは、西洋美術の基礎を学んだ者にとっては、易しいようで難しいものなのです。私は彫刻の概念に囚われていて、空間に対して自由な考え方が出来ているとは言えません。そんなことをマルセル・デュシャンから学んで、自分の意識改革ができればいいなぁと思っているところです。