2020.03.27 Friday
「あそぶ神仏」(辻惟雄著 ちくま学芸文庫)を読み終えました。著者の辻惟雄氏は「奇想の系譜」を著した人として、江戸時代に埋没してしまった稀有の画家を発掘し、私に近世美術の面白さを示してくれました。それからというものの辻氏に取り上げられた画家の展覧会に私は必ず出かけ、その表現力を堪能してきました。本書も本物を味わうため地方に出かけたくなる作品が多く取り上げられていて、本当に楽しく読むことが出来ました。本書のあとがきに意外なことが書かれていました。「正直にいうと、私は仏教美術が苦手である。仏像や仏画の魅力はむろん否定できないが、それを学問するとなると、儀軌や図像の複雑な迷路に分け入らねばならない。~略~だが、近世美術のなかで馬齢を重ねるにつれ、それが意外に宗教性の強いものであることに思い至るようになる。」また、別稿のあとがきのなかでこんなことも書かれていました。「僧の堕落と幕府の宗教統制によって、江戸時代の仏教・神道は低迷したといわれる。だが、円空・白隠など本書にあげた画僧や修験僧たちの活気と個性、それにユーモアあふれる仕事ぶりを見ると、低迷という言葉がむしろそらぞらしく、逆に意欲的であったというべきであろう。」本書の解説の中で矢島新氏が指摘している箇所にも気が留まりました。「昭和初期の柳宗悦による民芸の提唱や、戦後の岡本太郎による縄文土器の称揚も、『稿本(稿本日本帝国美術略史)』に代表される取り澄ました史観への反発ととらえることができる。木喰の発見者でもある柳は、はじめ西洋の心理学や宗教哲学を学び、文芸雑誌『白樺』の活動を通して西洋美術に親しんだという経歴を持つが、学生時代に日本の工芸史を学んだ経験はなかった。岡本は言うまでもなく前衛芸術家であり、パリ大学で民族学を学んだ経験はあったが、日本の美術史に関しては素人に近かった。かつて著者は柳や岡本の発見を『眼の革命』と呼んだことがあるが、専門分野ではなかった故に既成のフィルターを取り払って虚心にモノを見ることができ、そうしたある種の自由さが眼の革命につながったという面はあるだろう。辻の唱えた『奇想の系譜』も、眼の革命と呼ぶに値する革新的な主張である。柳や岡本の声が美術史学の外側からであったのに対し、近世絵画を専門とする研究者の立場からの、すなわちアカデミズムの内側からの異議申し立てだった点が意義深い。」本書を読んで感じたことは、まだ発掘されていない画家や彫刻家が地方にひっそりと隠れているのではないかということです。現代の造形価値観で見ると、こんな凄い人がいたんだという発見があると楽しくなるなぁと思っています。
2020.03.26 Thursday
「あそぶ神仏」(辻惟雄著 ちくま学芸文庫)のⅣ「天龍道人源道の仏画」についてのまとめを行います。天龍道人源道という名前を私は初めて聞きます。どんな人なのか紹介文を拾ってみます。「東方に南アルプスを望む美しい環境の山腹に、清林山浄玄寺という浄土宗の寺がある。この寺の本堂、経蔵、書院など、いたるところの壁や襖、天井は、特異な絵で埋め尽くされている。18世住持であった徳誉源道和尚(天龍道人、1852-1925)の描き残したものである。」天龍道人源道は江戸から明治にかけて生きた人だったことが分かりました。どんな生涯だったのか、そこに触れた文章を引用いたします。「伝記・逸話を通じて、われわれに与えられる源道のイメージは、農民の暮らしに密着し、彼らの心のよりどころとなって敬愛を一身に集めた、生涯独身、高徳の清僧である。~略~だが、かれの残した絵は~略~そうした清僧のイメージとはかなり異質なものである。」ここで浄玄寺障壁画を2点紹介しています。まず「釈迦成道図」。文章を引用すると「釈迦のイメージを、その生地であるインドに見出すという源道の思想傾向がそこに反映していると思われるのである。インドの仏画を思わせるような濃厚な装飾的色調のエキゾティズムもこのことに関連しよう。だがそれにしても、日本の仏画の伝統からかけはなれた自前のイメージであり、土着性に満ちたプリミティヴな表現である。」とありました。次に「浄土七宝蓮池図」。これは「観無量寿経」のうちの第5番「宝池観」によったものと推定されていて「柔らかな七宝でできた八つの池水に60億の宝石の蓮花がある。池水は如意珠王(あらゆる願いを叶える最高の珠宝)から生じ、分かれて14の支流となる。-珠宝からは、美しい黄金色の光が流れ出し、その光は化して百宝色の彩りを持つ鳥となる。相和して鳴く声は甘美優雅であって、常に仏を念じ、法を念じ、僧を念ずることを讃える」というものです。著者は天龍道人源道を、日本が近代化を進める世相の中で、どう見て評価していたのか、次の箇所でまとめとします。「明治の日本は、国をあげて欧米の文明を志向し、それまでの日本人が日常生活のなかで育ててきた伝統的イメージの価値を否定し捨て去ろうとした。源道の作画は、そうした状況のもとで地方の民衆がなお保ち続けた土着的な想像力と信仰のイメージを、力強く代弁できたおそらく最後の例として、改めて注目されるべきだと思う。民衆の生活に密着し、アマチュア画家天龍道人として終始した源道の絵には、絹地や金銀の箔を用いたものが滅多にない。絵具もたいてい泥絵具系の安価なもので、緑青、群青、朱などの高価な絵具は使わない。だがそうしたハンディが、表現の直截な力強さ、イメージの独自性と不可分につながっている。近代化の波のなかに埋もれた土の匂いのする珠玉である。奇は巧まずしてそこにあらわれた。」
2020.03.25 Wednesday
職場として今日が年度末のけじめとなりました。実際には今月31日まで残務整理に追われるのですが、恒例として全職員で1年間の振り返りを行いました。感染症拡散を防止するため、いろいろな工夫をしてきた私たちの職種ですが、人と人とが密集しないような配慮をして、昼食会を開かせていただきました。食事のお供になる汁物提供は私が管理職になった時からやっています。昨晩家内とスーパーマーケットに材料の買い出しに出かけ、今日は豚汁を作ることにしました。朝から職場で担当していただける職員と私が寸胴鍋で調理をしていました。もう何回大鍋コミュニケーションをやっただろうと思い返していますが、これは職員同士が仲良くなれる職場経営に欠かせない重要なアイテムなのです。自宅ではほとんど調理をしない私ですが、本来は調理が好きなんだろうと思っています。フランスでは料理は芸術分野に属しています。日本でも懐石料理における美的感覚は素晴らしいものがあると思っていて、日本人に生まれて郷土料理に誇りが持てる優越感に浸っています。私にはそこまで高級な趣味趣向はないのですが、気軽に手に入る食材を使って、出来るだけ美味しいものを作ろうとする気合だけはあります。来年度も機会があれば大鍋コミュニケーションをやっていきたいと思っています。
2020.03.24 Tuesday
私のホームページに2019年のRECORDの1月分から3月分までの3ヶ月をアップしました。一日1点ずつ作り続けているRECORDは、文字通り毎日の記録です。私は公務員との二足の草鞋生活をしているため、RECORD制作との時間のやり繰りが大変で、そのための効率を考えて5日間で同じ絵柄が展開していくように設定しています。RECORDをホームページに載せるためにはデジタル画像にする必要があり、カメラマンに1年間分をまとめて撮影していただいています。その撮影日を毎年9月末から10月初めくらいに設定してあって、今回アップした画像は昨年の9月末に撮影したものです。2019年の年間テーマを「風景」に決めていました。毎月「~の風景」としてRECORDを作っていましたが、今までのRECORDも風景を想定したものが数多くあって、何も「風景」をテーマにしたからといって大きな変化はありません。ただし、陶彫も含めて私の創作する世界観が風景を基盤にしているものが多いため、敢えて「風景」というテーマを設定したのでした。1月は「浮遊の風景」、2月は「梱包の風景」、3月は「萌芽の風景」で、それぞれのテーマに対してコトバも添えています。今回アップした2019年の1月分から3月分までのRECORDをご覧になっていただけるのなら、私のホームページの左上にある本サイトをクリックしてください。ホームページの扉にRECORDの表示が出てきますので、そこをクリックすれば今回アップした画像を見ることが出来ます。ご高覧いただけると幸いです。
2020.03.23 Monday
30年前に自宅を新築した時は、横浜市公務員としてはまだ駆け出しの頃で、勤務時間など関係なく無我夢中で仕事をしていました。当時は働き方改革という発想はなく、それでも仕事が面白くなっていたため、創作活動も途切れがちでした。20代を海外で好き勝手に暮らしていた自分は、帰国して社会人になるのが同年代の人たちより遅く、彼らに引け目を感じていて、その分一所懸命になって自分の力の無さを補っていました。給料も公務員として決められていたのでしたが、身分不相応な家を建てようとしていたので、その年齢からすれば大きな借金を抱えていました。私は公務員を定年まで絶対に辞めないと誓いを立てていました。そうすれば何とか定年までに借金が返せるという計算がありました。実際にその通りになりましたが、定年前に亡父が残してくれた植木畑に工房を建てることになるとは、当時は思いもよらなかったことで、再任用管理職である今も新たな借金を抱えています。築30年になった自宅のリフォーム工事は、退職金を切り崩して費用を工面することにしましたが、自宅関連の施工ではこれが生涯最後になるのではないかと思っています。それもこれも全て20歳の頃に夢見た彫刻家になるという希望に収斂していくようで、自分が生きた証を作っていこうとしているのです。さて、人生最後の施工である自宅リフォーム工事が今日から始まりました。業者が4人来て和室の解体工事が始まったようですが、私は朝から職場に出勤していて、その様子が分かりませんでした。家内は隣にあるダイニングの片づけまで一気にやらなければならなくなったようで、私が帰ったときはダイニングも多少きれいになっていました。業者の出す騒音が凄かったらしく、家内は2階に避難していました。これが1ヶ月以上も続くので、家内はストレスが溜まってしまうかもしれません。暫くの辛抱で快い空間が手に入ると考えて、私は家内をサポートしていこうと思います。