2020.06.13 Saturday
週末になりました。関東は梅雨に入り、今日は時折どしゃ降りの雨が降りました。湿気を孕んだ気候は、人には不快を与えるものですが、陶彫には絶好の季節で、とりわけ乾燥がゆっくり進むので、その段階で罅割れることが少ないのです。陶彫にとって湿気は歓迎すべきことなのです。作業する身にとっては気温がそれほど高くなくても湿気によって汗が滴り、シャツに滲みを作っていました。今年も個展が例年のように開催されることになって、出展作品の修整や梱包に弾みがつきそうです。7月19日(日)が搬入日になったため、そこまでの週末の作業を計算してみました。私は横浜市公務員との二足の草鞋生活のため、毎年のように時間はないのですが、今年も例外ではなく余裕は全くありません。工房で午前中は、「発掘~聚景~」の屏風裏面の塗装をやっていました。裏面の塗装は6点全て完了し、塗料の乾燥を待って明日から梱包を始めます。「発掘~突景~」の番号印を貼る作業もやりました。出展作品の準備として今日はここまでかなぁと思い、午後には最新作品の2点目になる陶彫部品を作るための準備をしました。背の高い直方体を作るために数枚のタタラを作りました。小分けにして菊練りした陶土を掌で叩いて、座布団大に引き伸ばします。紐作りの補強用に陶土を残しておいて、水を打ちビニールをかけて準備終了となります。毎回やっている作業ですが、結構パワーを使います。夕方は雨が降ったり止んだりしていて、ふと目をやると工房の周囲にある木々の緑が潤っていて、とても美しいと感じました。とくに紫陽花の色彩は微妙なニュアンスがあって、暫し見惚れてしまいました。自分の作品は幾星霜にも耐えてきた建造物を表現した「発掘シリーズ」ですが、周囲にある花々の可憐な美しさは、自分の求める美とは真逆にある価値を有していて、心を和ませてくれるもののひとつです。工房に来る度に色濃くなる木々の緑に、常に変化する自然の素晴らしさを感じずにはいられません。うっとうしい梅雨ですが、周囲の自然環境だけは心にゆとりを持って眺めていたいものです。
2020.06.12 Friday
東京都は、今まで出していた「東京アラート」を解除して、さらに休業要請などの緩和の段階を「ステップ3」に進める方針を固めたようです。「ステップ3」では、適切な感染拡大防止対策をとった上で、すべての施設の休業要請を解除するとしています。既に美術館は開館が可能な状態になっていましたが、公募団体などは中止措置を出していて、完全に元に戻ったことにはなっていません。一部には企画展を再開しているところもあり、私としては早く名作を鑑賞したい気分でいます。画廊は美術館再開と歩調を合わせるところもあり、東京銀座のギャラりーせいほうも既に開廊しています。今日、私はギャラリーせいほうの田中さんと個展開催のやり取りを電話でしました。結果は開催決定の運びとなり、ひとまず安心しました。ただ、来廊者がどのくらいいるのか見当がつかず、公共交通機関を使って東京銀座に行くことを躊躇する横浜在住の人もいると思います。マスク着用で来廊するように案内状に明記しますが、私たちは今後もコロナ渦と付き合っていかなければならないことを思えば、出来る限りの防備をして活動を再開するしか方法はないと思っています。何にせよ今年も搬入日を目指して作品の修整と梱包をやっていくしかないので、週末は相変わらず仕事に追われることになりそうです。
2020.06.11 Thursday
今晩、懇意にしているカメラマン2人が自宅にやってきました。先日撮影した写真が出来たので、その数多くの写真の中から、私が図録に必要な写真を選ぶために資料を持参したのでした。図録は毎年同じ頁数、同じサイズで作っているので、外枠は決まっています。その中でどんな写真を使うのか、そのセンスが問われる瞬間がやってきました。私の写真選びは全く感覚的なもので、全体のまとまりとしてもあまり画像同士を関連させず、といってバラバラにすることもなく、微妙なところで決めています。あまり時間はかけません。迷いが生じるとよく分からなくなってしまうからです。今回の撮影の印象は周囲の草刈りを業者に暫し待ってもらったことで、例年より草が多いため色濃く緑が映えていることと、その日が曇り空だった関係で中間色が綺麗に出ていたことがあります。陶彫作品は生物的な有機体が露骨に出てきて、我ながら面白いなぁと感じました。屏風に接合した陶彫部品によってはキリストの磔刑像のようなものがあり、それは画像を見た時の発見にもなりました。床置きのステーションを形作る陶彫作品群も陰影がついて、何か生命が吹き込まれて動き出しそうな気配を感じて、これも面白いと感じました。これは例年のことですが、野外工房での撮影と室内工房での撮影のコントラストが今回も興趣をそそって、これも我ながら楽しいなぁと思いました。私は只管アナログな世界を求める者で、その他のことは考えられないのですが、カメラマンの視点によってデジタルな画像になると、これを本当に自分が作ったのかと信じられない面持ちになります。他者の感覚に委ねる面白さは格別なもので、図録はまさにカメラマンとの協働作業なのです。私一人ではこんな世界観をつくり出すことが出来ません。図録の写真選びも人に任せたいくらいです。まぁ、隣にいる家内から踏み込んだ助言があることも確かですが、多くの人の手を借りて、私の作品がカタチを成していくのだと改めて思っています。
2020.06.10 Wednesday
陶彫部品を組み合わせて集合彫刻にしていく私の作品は、30代の半ばから始まりました。20代のうちは単体で彫刻を作っていました。習作期はほとんど人体塑造ばかりで、それによって立体構造の捉えを学んでいたのでした。それは粘土でカタチを作り、石膏取りをして保存する方法が一般的でした。そのうち陶土を焼成することで保存ができ、さらに焼成した陶彫が自分のイメージした世界を表現できるという発見が、私をして陶彫に駆り立てた要因です。当時のイメージは20代後半に旅したエーゲ海沿岸に広がるギリシャ・ローマの遺跡を見たことで、発掘された建造物に触発されたものです。大地に広がるパノラマのような造形にするには、単体で彫刻していたのでは無理があり、そこで陶彫部品を組み合わせて集合彫刻にしていく方法を思いついたのでした。発掘された建造物は荒涼とした大地にあったり、山肌を切り崩して存在していて、その見事な景観は乾いた風と共に私に強く印象づけました。その頃の写真を見ると、私も家内も真っ黒に日焼けしていて、やせ細っていました。私たちはウィーンからバスを乗り繋いでトルコやギリシャに辿り着いたのでした。遺跡を見ると土木技術の素晴らしさや、崩壊した街の構造そのものに古代文化の高さが窺い知れるのですが、私はその遺跡群が大地から突き出た造形のように思えて、大地を座標にして上と下に広がっている世界を思い描くことになりました。自然界では気候変動により土地が隆起することがありますが、古代都市もそんなふうに思えたのでした。これから作っていく最新作は、まさにイメージの原点に返って大地から突き出た造形をやろうとしています。
2020.06.09 Tuesday
少し前のNOTE(ブログ)に、「聚景」印のデザインというタイトルで新しい印を彫ったことを書きました。今回は「突景」印のデザインです。「発掘~聚景~」はやや大きめ、「発掘~突景~」は小さめの石材を選んで、印面をデザインして彫り上げました。「発掘~聚景~」は屏風と床置きがあり、陶彫部品がかなり多いため、写真撮影前までに印に番号を書き込んで貼り付けました。それを確認しながらスタッフたちが組み立ててくれたのでした。「発掘~突景~」の部品は、陶彫部品と木彫柱を合わせても6個しかないため、印は必要ないかもしれません。それでも私は新作には必ず新しい印を付けることを決めているので、「突景」印をを彫ることにしたのでした。陶彫部品に貼り付ける印はほとんど陽刻にしています。印には陰刻もありますが、私の好みで陽刻にしているのです。印を彫る作業は、私にとって好きな作業なのかもしれず、多忙な時に面倒と思っても嬉々として楽しみながらやっています。印刀も数本用意していますが、気に入ったものばかり使ってしまい、そろそろ印刀を研がなければならないなぁと思っています。印刻は本作品における必要に迫られた余興なのかもしれず、また表面に出ない創作活動と思っています。印をよく見てくれるのは作品の組み立てに関わるスタッフだけです。「突景」印のデザインも今まで通り構成は自由にやっていて、氏名が読み取れるギリギリまで抽象化しています。古代の絵文字のようなイメージで作っています。このところ印は結構増えてきて、工房の印を収める箱には数多くの印があります。今まで陽の目を見ない印ですが、印を集めて展示するのも面白いかもしれません。