2020.03.12 Thursday
毎年この時期になると、私は夜中に目が覚めて職場のことをあれこれ考え込む癖があります。来年度の職場体制をどう動かしていくのか、人事をどう組んでいくのか、一人で考えるには限界もあり、副管理職や主幹の職員にも相談していきます。最終決定は私がするにしても職員一人ひとりの細かな情報が欲しいのです。人事面接はそろそろ終わりに近づいています。私たち管理職は人事を行なうためにいると極論を言った人がいましたが、まさにその通りだと実感する日々です。副管理職時代を含めると、私は11年間もこんな仕事をしています。これは毎年やっているけれども、決して慣れるものではありません。新しい年度を迎えるにあたって、職場が生まれ変わる節目となり、組織という生命の産みの苦しさを伴うものではないかと私は感じています。なかなか理想どおりにはいかないと思いつつ、職員全員が気持ちよく仕事をしてもらうために最善を尽くすのが私の使命なのですが、それでも全員の満足を得ることは不可能で、誰かにシワ寄せがいってしまいます。そこを説得して了解してもらって任務をやっていただくことが多々あり、私としては結構辛いなぁと感じていることも確かです。なかなか苦く感じる1ヶ月ですが、日常的に疲労が溜まる時期でもあります。週末の創作活動は、そんな職場での苦しい日常にどのくらいリフレッシュを与えてくれているのか、確かに気持ちが変わり、ある意味で心身ともに楽になることはあります。でも創作活動には創作活動なりの苦しさもあって、職場の苦しさと創作活動の苦しさがバランスをとっている按配です。苦しさの質が違うので、これで何とかやっていけるのですが、粘り強く課題と向き合うことが私の得意とするところなので、余力は充分あります。多くの人に支えられていることもあり、頑張っていこうと思っています。今日のNOTE(ブログ)は気持ちの吐露に終わってしまいました。乱文御容赦ください。
2020.03.11 Wednesday
新型コロナウイルスはいつになったら収束するのでしょうか。先が見えない中で、戦々恐々とした毎日を送っていますが、1年間で1回の大きなイベントも縮小して実施することになりました。私のNOTE(ブログ)を同業者が見ているので、職種を隠さなくてもいいのではないかと言われたことがありますが、退職するまでは職種を知らせない方針でいこうと思っています。今日行われた重要なイベントは儀礼的なものでした。本来なら職場がある地域にもイベントを開放し、また来賓として来ていただく地域の方々がいるのですが、そういうゲストは一切入れない身内だけのものになりました。私の祝辞は例年なら広く公開されるところを、今回に限っては身内だけのものになり、定期的な朝礼に近いカタチになりましたが、今日のイベントはそんな条件であっても1年のけじめとして執り行うことになったのでした。祝辞の中で私は9年前の東日本大震災に触れて、命を繋いでいこうと呼びかけました。さまざまなところでイベントが中止になっている現在の世情を考えると、このイベントがたとえ縮小であっても、決行出来たことに感謝申し上げたい気分です。イベント縮小に伴い、職員同士の慰労会もなくなりました。また4月に入って儀礼的なイベントが続きますが、新型コロナウイルスの感染が広がっている中で、新年度はどうなっていくのか心配の種は尽きません。私にとっての救いは、今のところ職場関係者に感染した者がいないこと、工房に出入りしている若いスタッフは相変わらず元気でいてくれること、これに尽きると言えます。私自身も手洗いやうがいは欠かさず行うようになりました。マスクは人の集まるところに出かけるときは着用しています。私は花粉症のくせにマスクが苦手です。でもそうは言っていられない状況なので、煩わしくてもマスクをするようにしています。生活までも変えてしまう感染症。今は一刻も早く収束することを願うばかりです。
2020.03.10 Tuesday
写真集「BRANCUSI」(Radu Varia著)はかなり重量のある大型の書籍です。どこで購入したものか記憶が定かではありませんが、地方の美術館のギャラリーショップだったのではないかと思っています。本書は英語で書かれていて、写真が多く掲載されているので、それを眺めているだけでも十分楽しいと感じています。ここ数日NOTE(ブログ)にルーマニア人彫刻家ブランクーシについて立て続けに書いていて、そういえば自宅の書棚に本書が眠っているのを思い出したのでした。この書籍について嘗てNOTE(ブログ)に書いたかもしれませんが、アーカイブを調べてみてもその痕跡はありませんでした。本書の英文を読む気力がないので、私は写真集として見ているだけですが、ブランクーシのアトリエの雰囲気が伝わってきて、石や木、石膏などの作品に囲まれている髭面の作者が、何とも魅力的だなぁと思っています。ブランクーシは自然に存在する形態の簡潔化を図り、部分を削ぎ落とした結果が抽象になっていった過程が本書でよく分かります。図面化された幾何抽象とは異なり、常に自然に根ざしていた形態なので微妙な歪みが見られます。また作品の台座も作品の一部として認識できて、台座に作品と同等の価値を見出しているのは私だけでしょうか。同じ形態を幾つも繰り返し作っていたことも分かり、形態への拘りが強い作家なのだろうと察しています。「接吻の門」と訳せる野外の造形は、私が20代の頃にルーマニアで見た民俗的な家屋にあった門に似ています。魔除けのために狼の牙を象徴した造形を彫り込んだものだと農民は言っていましたが、まさに「接吻の門」は魔除けとは逆の、人と人との出会いを象徴化したものと言えそうです。
2020.03.09 Monday
「石を聴く」(ヘイデン・ヘレーラ著 北代美和子訳 みすず書房)を読んでいたら、コンスタンティン・ブランクーシのアトリエの室内描写が出てきました。そこに端を発し、このNOTE(ブログ)では私が見てきた彫刻家の仕事場について書いてみたいと思います。まず海外編ですが、ブランクーシのアトリエを再現した空間は、パリのポンピドーセンターの広場にありました。アトリエに入った途端に心が解放される不思議な気分になりました。ウィーン滞在中に訪れた中島修さんの仕事場は、オーバーエスタライヒの農家の所有地の一部を石仕切り場に改修していました。農家を母屋にしていて一家はそこで生活し、その先の小川を渡ったところに工房を構えていました。鋭い幾何抽象の石彫が凛と立つ空間に、背筋がピンとなったことを思い出します。中島さんと一緒に伺ったカール・プランテルの家も農家を改修していて、そのモダンな佇まいに私は感動しました。まさにプランテル彫刻の世界観が至るところに現れていて、憧れに似た気持ちになりました。こんな家を持ちたいと思って建てたのが横浜の自宅ですが、費用の面もあってプランテル宅のようにはなりませんでした。国内編では師匠の池田宗弘宅で、嘗ては東京の秋津にありましたが、現在は長野県の麻績にスペインの修道院を彷彿とさせる工房「エルミタ」を構えています。木立の中に真鍮直付けによる彫刻が数点置かれ、自宅の内部は教会のような宗教画が描かれています。まさに表現と生活が一体になった環境を見せられて、私は刺激を受けないはずはありませんでした。以前、自分の夢にキリストの磔刑像が出てきたのは、池田先生の影響によるものかもしれません。最後に香川県にあるイサム・ノグチ庭園美術館ですが、ここは私にとって聖地です。仕事場として残されているストーンサークルを真似して、私も小さな野外工房を作りました。どうして彫刻家の仕事場はこんなにも魅力的なのでしょう。画家のアトリエにもお邪魔したことがありますが、彫刻家の仕事場では空間そのものに憧れてしまう傾向が私にあるようです。相原工房はそこまでオアシス化が出来ませんが、陶彫作品をよりよく見せる方法を今後考えたいと思っています。
2020.03.08 Sunday
朝から工房に籠って制作三昧でした。2人の若いスタッフも朝から工房にやって来ていました。基礎デッサンを学んでいる高校生は、新型コロナウイルスの対応で学校が休みになり、長い春休みを過ごしていると言っていました。彼女は毎週きちんとデッサンをやりに来るので、デッサン力が着実に身についているようです。コツコツとした地道な蓄積が成果を生んでいる証拠です。もう一人の若いスタッフは染めのアーティストで、先日茨木県で展示を終えたばかりですが、今日も次なる新作の制作を行っていました。この人も地道な活動をやっていて、外から見ても頑張っている姿勢が見て取れます。彼女たちに背中を押されながら、私も頑張っていました。昨日タタラにした陶土を使って陶彫成形を2点行いました。新作は屏風と屏風の前に広がる世界を作っていて、複数の陶彫部品によって屏風と床を一体化しようとしています。空間演出による集合彫刻ですが、毎回こんな展示方法でやっていて、それが私の作品の個性になっています。現在は屏風と床を繋ぐ陶彫部品を作っていて、全体を眺めてみるとこの陶彫部品同士を繋ぐ部品が結構必要なことが分かってきました。ちょっと焦りを感じています。来週末は屏風の砂マチエールを貼る作業で陶彫制作は出来ません。繋ぐための陶彫部品はかなりの数が必要なので、これをいつ頃やっていこうか、きちんと制作時間を設定していかなければ、間に合わなくなることも考えられます。今月の制作目標は砂マチエールのことばかり考えていましたが、砂マチエールは助っ人がいるため、実は繋ぐための陶彫部品を作っていく方が大変ということに気づきました。ウィークディの夜は工房に来られるでしょうか。いよいよ制作は佳境に入ってきました。