Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • 閉庁日(休庁期間)の幕引き
    9日間続いた閉庁日(休庁期間)が今日で終わります。私は9日間のほとんどを陶彫制作に費やしました。新作の屏風に接合する陶彫部品は18点出来ました。そのうち5点が焼成も終わっていて、今日制作した2点は彫り込み加飾がまだ充分ではありません。それでも成果としてはまずまずだったかなぁと思っています。毎年この時期は新作の完成に向けて拍車をかけていますが、のんびりと正月気分を味わう余裕はなく、日々工房に篭っていました。それは苦痛ではなく、私にとって何事にも替え難い満足を得ることになっているのです。明日から公務員としての仕事始めになります。私の職場は厳密に言えば、明後日から仕事が本格化します。明日は準備出勤で、私は終日年休扱いにしているため、準備が終わり次第退勤します。創作活動から公務員としての仕事に復帰するのもなかなか大変で、職場を管理する側としては後ろ向きには考えていられない厳しさもあります。幸い私には休みボケはありません。発想の転換はすぐ出来るように長年培ったものがあるのです。寧ろ創作活動の精神を追い詰めていく行為に比べれば、職場には組織がある分、心の持ちようが楽なところもあるのです。さて、ここで創作活動の9日間を振り返ると今年は陶彫一辺倒で、屏風になる厚板に木彫することはありませんでした。接合する陶彫部品が全部揃わなければ、厚板の作業は出来ないのです。厚板の作業は今月の週末のうちのどこかで始めようと思っています。今月の制作目標としては、屏風に接合する陶彫部品を終わらせて、早く厚板を彫り始めることです。差し詰め今月は三連休があるので、そこで一枚でも厚板の木彫を始めたいと考えます。木を切断し、また彫っていく行為は、陶彫制作とは打って変わり、身体の負担が違います。使う筋肉が異なるのです。技法もモデリングからカーヴィングへ変わり、形態へのアプローチも変えていくのです。うーん、生きている実感はそこかしこにあって、総体として人生を見れば楽しい限りです。ちょっと頑張りどころかもしれません。
    新しいイメージに捉われて…
    職場の閉庁日も終盤を迎えました。今日も朝から工房に出かけ、陶彫制作に明け暮れました。成形された陶彫部品に彫り込み加飾を行い、足りなくなった混合陶土のために土錬機を回し、小分けにして菊練りをしました。明日のために座布団大のタタラを数枚準備し、ビニールで覆いました。制作サイクルが着実に動いていて、しかも私の頭の中はすっかり現在進行中の新作のことで一杯でした。屏風に接合する陶彫部品を全て、閉庁日に作り終えることができないと認識し、今後はどうやっていこうか、逸る気持ちを抑えながら作業をやっていました。そんな余裕がない時に、まったく新しいイメージが頭を掠めていきました。これはその先にある来年のイメージか?と思いつつ、ちょっと手を休めることにしました。私は現行の制作が混乱したり、困窮している時に新しいイメージが天井から降りてくることを嘗て経験しています。今回は過去の作品のように改まったイメージの降臨ではなかったものの、ふと頭を過ぎる画像を捉え、それが醸成するまで待とうと思っています。それが私にしてみれば新作導入の機会なのかもしれません。新作イメージは決して全てが新しくなっているわけではなく、旧作の発展形が一般的で、今回は白い空間に黒い直方体の箱が、きちんと並んで複数体置かれている場面が見えました。それは墓石のようでもあり、動きのない箱に何かが収まっているイメージでした。箱は欠損した部分があって、その断面が板状節理のようになっていました。現行の作品は曲面を多用していますが、新作イメージは矩形ばかりで面白味のないものでした。暫し休憩をしている間、手をストーブで温めながら、私はじっとしていました。新作は当初ビジュアルとしてやってきて、コトバによる解説は後付けになり、そこに理屈は存在していないのです。思索は制作途中で深まっていき、造形理論を培っていくのではないかと思うところですが、それは私の場合だけでしょうか。新作のイメージは幾つもやってきて、暗中模索の状態が続きますが、案外最初にイメージしたものが最後まで残ったりしています。ぼんやり考えていたら時間が経つのを忘れていて、慌てて現行の陶彫制作に戻りました。今日も朝9時から夕方4時までしっかり作業をして工房を後にしました。
    従兄弟会&陶彫制作
    昔から正月は親戚縁者が集って宴会をやっている慣習がありましたが、私たち夫婦の叔父叔母は高齢化してどこかの家に集まることがなくなりました。そこで何年も前から従兄弟たちが集まることになったのでした。従兄弟会は毎年正月の恒例行事になりました。私の個展にも足を運んでくれる従兄弟もいて、久しぶりな感じはしませんが、1年1回は洒落たレストランで昼食をする機会があってもいいと思っています。東京の代官山に私はほとんど縁がありませんでしたが、代官山には高級そうな店が軒を並べていて、ここで味わったイタリア料理はなかなか美味しかったと思っています。従兄弟たちの職業もさまざまで大手企業から中小企業、国家公務員から私のような地方公務員までいて、話題には事欠きません。某企業で人事の話をしている人の隣で私も身に詰まされる気分になりました。海外に行った話が出ると羨ましくもなります。このところ夏季休暇で海外には行っていないので、今年こそはどこかに行けるといいなぁと思っています。こうした集まりは毎年続けて欲しいものです。今日は従兄弟会があるので、陶彫制作を休むつもりでしたが、昨日の彫り込み加飾が終わっていなかったので、朝7時半から10時まで急遽工房に篭ることになりました。陶彫制作はずっと継続していて、元旦もタタラを作り、今日も彫り込み加飾をやっていて、結局は閉庁日9日間一日も休むことをせず、新作に全面的に費やした休暇になりそうです。毎年ここまで作業をしているのでしょうか。それとも作品の質量ともゴールを少しずつ高めている結果なのでしょうか。明日から一日中制作に没頭する日が続きます。公務員の仕事が始まれば、これはきっと楽しい日々として記憶されていくのでしょう。創作活動を苦しみつつ楽しみたいと思います。
    20’創作活動の再始動
    「創作活動の再始動」なんて大袈裟なタイトルをつけましたが、大晦日まで連日陶彫制作に明け暮れていて、元旦だけ陶彫制作を休んで今日からまた始めたので、再始動と言っても休んでいる感じはしません。仕事の閉庁日が続いている間は継続的に創作活動に勤しんでいて、毎日のように陶土に触れています。それでも新年になり、そのけじめとして2020年の制作は今日から始めるという宣言をしたいと思います。その宣言が故に「再始動」なのです。ともあれ今年も7月に個展を開催するため、現在は個展で発表する新作を一所懸命作っています。しかし私にとって個展がゴールではなく創作活動の途中経過に過ぎません。未だゴールは私には見えません。どこに向っていくのかも考えが至らず、造形思索のキャリアを積むだけという意識が強いのかなと思っています。生涯を賭けて作り続けた後にどんな景色が見えるのか、それを見てみたい願望のようなものも実はあります。詩人の故黒田三郎の詩に「苦業」という作品があります。暗く険しい螺旋階段を只管上っていくうちに、きっと水平線が見えるはずだという内容で、ずっと私の心に残っているコトバです。今日は朝9時から夕方4時までの7時間を作業に費やしました。恒例の箱根駅伝をラジオ中継で聞きながら、成形やら彫り込み加飾をやっていました。私にとって創作活動の日常は、水平線を見るために螺旋階段を坦々と上っていくことだし、駅伝じゃないけれども私も長距離ランナーみたいなものだと認識しました。焦らず休まずブレることもなく継続していくことが自分のやり方で、今年もその流儀でやっていこうと思います。二足の草鞋生活を続けていく上でのシステマティックな日常は、無駄がない分メンタル的には救われているような気がしています。ウィークディは公務員管理職、週末は彫刻家という二兎を追う身では、余計なことを考える余地がないのです。他分野の波を被ることがないと言ってもいいと思います。家内は私の今の生活を創作充電期間と言っていました。ギャラリーで発表していたとしても、それ以上でもなく以下でもない生活。それを家内は充電と言っていますが、自分も螺旋階段を上がっている身をイメージしているので充電を自覚しているのかもしれません。2020年はこのモチベーションを維持していけそうです。
    2020年 年始にあたって…
    2020年になりました。新春のお慶びを申し上げます。今年もよろしくお願いいたします。2020年は今まで報道されているように東京オリンピック・パラリンピックが開催される年です。昨年のラグビー・ワールドカップも熱狂させていただきましたが、オリ・パラでもきっと幾つもの筋書きのないドラマが見られるでしょう。心より楽しみにして開催の夏を待ちたいと思います。2020年は自分にとってどんな年になるのか、創作活動でも新たな希望が湧いてきます。私はまだ公務員管理職と彫刻家の二足の草鞋生活を続けていけそうで、日常生活に大きな変化はないものの、2021年3月が退職の年になるので心の準備だけはしておこうと思います。さて、我が家の元旦は、裏山の小さな稲荷の祠や実家にある古井戸に小さく刻んだ餅と油揚げを供物として捧げることから始まります。祠は自宅と母の実家の間にある雑木林の中に鎮座しています。何代か前の私の先祖が、廃棄してあった稲荷を拾ってきて祠を作ったことで、相原の家は栄えたのだと亡き祖母が言っていました。当時、我が家は半農半商だったようで、商いとして祖父は大工の棟梁をやっていました。父は造園業に転じ、羽振りがよい時期もありました。私の代になっても元旦くらいは先祖に従い、氏神となった小さな祠を大切にしていこうと思っています。昼頃は毎年恒例になっている東京赤坂の豊川稲荷に出かけました。母の息災延命と家内と私の芸道精進を祈願して護摩を焚いてもらいました。小さなお札も購入して祠に入れておく予定です。今日くらいは陶彫の作業を休もうと思っていたのでしたが、明日の成形準備のために座布団大のタタラを数枚用意しました。1時間程度の作業でしたが、工房の窯にもお供えをして無事に焼成が出来るよう炎の神様にもお願いをしてきました。特定の宗教を持たない私ですが、祈りの気持ちは常に持っています。現在やっている私の仕事が自然の理に叶っているのかどうかを、私は気にするタイプです。そこに理屈はありませんが、依怙地になって無理をしているとしっぺ返しがくると、幼い頃から固く信じている節があります。何よりも自分が居心地の良い場所で思い切り仕事をするのがベストと思っているのです。今年もHP&NOTE(ブログ)も合わせて、よろしくお願い致します。