2019.10.14 Monday
三連休の最終日になりました。今日は祝日で、嘗ての東京オリンピックに因んで「体育の日」と称されています。この名称は今年が最後と言われています。朝9時から工房に篭って、今日は丸一日を創作活動に充てる予定でした。今日で陶彫制作の第2ステーションを構成する10点の陶彫部品を完成させるつもりでいましたが、家内から電話があり、新しく移った介護施設で母が転倒し、施設職員が付き添って病院に行っているという話を聞きました。とりあえず作業を中断して、家内と救急病院に向いました。母は移動用ベッドに横たわっていましたが、至って元気で安心しました。左側大腿骨の骨折で手術が必要とあって、暫く入院を余儀なくされてしまいました。母は元々内臓等が丈夫なので、たとえ90代でも手術をして復活させると医師が言ってくれたことで、妙にホッとしました。その後家内を邦楽器の練習場に送り届けました。私も工房に戻って来ました。母の高齢を考えると何があってもおかしくない状況ですが、母は私よりもポジティブ・シンキングの人なので、何度も復活を果たしています。母のメンタルの強さを学びたいくらいですが、今回はどうでしょうか。陶彫制作は昼ごろから再び作り始め、10点目の成形を行いました。午前中から作業をしていれば昨日作った9点目の陶彫成形と合わせて、彫り込み加飾まで終わらせられると思っていたのでしたが、母のことがあって、今日は成形までで終了となりました。それでも三連休は用事を済ませながら、結構頑張っていたのではないかと思っています。以前にも書いていますが、今月はさまざまな用事が立て込んで、週末の創作活動に支障が出ると考えていて、それを取り返すつもりで工房に通っていました。第2ステーションの完成とはなりませんでしたが、次の週末には何とかなるでしょう。次の週末も職場関係の用事がありますが、そろそろ屏風の下書きを進めなければなりません。新作の全体構造を描きながら、イメージの具現化を図っていきたいと思います。
2019.10.13 Sunday
朝になると大型台風が過ぎ去って、見事な青空になっていました。今日は前の職場で一緒に仕事をしていた若手職員の結婚式がありました。新郎は専門職の初任として4年間その職場に勤めていました。私は管理職として人材育成を計画し、彼はそれに応えてくれました。職場を支える重要なポジションを得て、彼は日々活躍していました。新婦は新郎より2年遅れて事務職員として、その職場にやってきました。2人は同じ職場で出会い、結婚に至ったのでしたが、私はたまたまその職場を統括していたために、愛のキューピッドと称されて、来賓挨拶をお願いされていました。結婚式で前の職場の人たちと大勢会うことが出来て、私は嬉しい時間を過ごしました。結婚式場はみなとみらいにあるホテルが選ばれていましたが、大型台風による交通規制を考慮して、私は自家用車を利用させていただきました。結婚式に呼ばれたのは久しぶりでした。未来を誓う結婚式はいいものだなぁと思いながら、新郎新婦とご両家のこれからのご多幸をお祈りしていました。陶彫制作に触れると、結婚式に出かける前の1時間を工房に篭りました。朝7時から8時の間、成形を3分の1ほどやって、陶土をビニールで覆っていました。結婚式が終わって帰宅すると、再び工房に出かけました。朝やっておいた陶彫成形の続きを2時間やりました。第2ステーションの9点目の陶彫部品の成形を何とか終わらせ、明日のためにタタラを数枚準備しました。制作工程でいくと、明日で第2ステーション10点の陶彫部品が全て完成する予定ですが、果たしてどうなるのでしょうか。午後4時から6時まで作業をしていると工房の周囲は暗くなり、懐中電灯なしでは植木畑の中の農道が歩き難いので、早々に自宅に引き上げて来ました。夜は家内と横浜の中心にあるミニシアターのレイトショーに行ってきました。夜9時から11時までを映画館で過ごしていました。観た映画はある画家の生涯を扱った映画「トム オブ フィンランド」でしたが、画家が表現した世界はゲイ・カルチャーで、戦争中から現代に至るまで、その世界観が認知されない時代を経て、漸くジェンダーが理解された現代になって、作品を堂々と発表できる経緯を描いていました。詳しい感想は後日改めます。今日は若手職員の結婚式、陶彫制作、映画鑑賞と3つのことをやってきました。予め計画をしていたことでしたが、充実した反面、かなり疲れた一日でした。
2019.10.12 Saturday
三連休が始まりました。台風19号が関東に近づいていて、時より雨風が強く工房の外壁に当たっていました。そんな中で午前中は工房に建築業者が来ていました。工房はさまざまな打ち合わせに使える場所で、自宅のように改まった雰囲気がないのが良いと思っています。私が戸建ての家を建てたのが30年以上も前のことで、土地は亡父の植木畑から僅かばかり分与をしていただいたものです。正式には父に生前贈与をしてもらって、調整区域から宅地に変えて、現在の自宅を建てたのでした。最近になって屋根の庇に付いた雨樋が緩んで、台風15号の時についに壊れてしまいました。その他に雨漏りもあり、屋根の修繕も必要なことが分かって、この際自宅全体を全てやってもらうことにしたのでした。築30年と言えば、ここで修繕を入れるのが妥当なのかもしれません。修繕工事を入れるのは、私がまだ現役で働いているうちが良いと判断しました。定期収入があった方が安心と思えたからです。ここで自宅を直しておけばもう30年は大丈夫と業者に言われました。大型台風が今晩上陸するため、我が家の雨樋や雨漏りが心配になっていますが、何とか今晩持ち応えられれば、来月から足場を組んで修繕工事が始められることになっています。午後は陶彫制作に充てました。工房は内壁がないため、台風の雨風の音が激しいのですが、雨漏りすることもなく、落ち着いて制作に勤しみました。陶彫部品8点目の彫り込み加飾が終わりました。第2ステーションは残り2点になり、早速タタラを数枚用意しました。陶彫制作をしていると外で騒音を立てている台風のことが気にならなくなります。午前中の修繕工事の打ち合わせも忘れてしまい、目の前の陶土のことしか頭に入りません。それがいいことかどうか分かりませんが、日頃の仕事に対するストレス解消になることだけは確かです。明日はタタラを準備しているので、どこか時間を作って成形をやりたいと思っています。明日は前の職場に勤めていた時に一緒に仕事をした若手職員の結婚式があって、私は挨拶をすることになっています。台風が過ぎ去っていることを祈るばかりですが、陶彫制作のことも頭から離れません。明日も制作時間を捻出して頑張ろうと思っています。
2019.10.11 Friday
明日から三連休になりますが、今月はさまざまな用事があって、通常の週末に行っている陶彫制作が思うように出来ません。明日は午前中に来客があるため、午後から制作が可能かなぁと思っていますが、大型の台風が近づいていて、自宅の雨樋が壊れかけていて心配です。明後日は前の職場に勤めていた人の結婚式があり、私は管理職として挨拶を依頼されています。おそらく暴風警報が出ても結婚式は行うだろうと思って準備はしています。電車が止まることを考えて、当日は自家用車で式場に向かうことにしました。この日も制作時間をどこかに作ろうと思っています。月曜日の体育の日はずっと陶彫制作に充てられるかなぁと考えていますが、果たして三連休を通してどのくらいの時間を確保できるのか、隙間を埋めるように制作すれば何とかなると思いながら、どこまで陶彫制作を進められるのか、いろいろな思いが巡ってしまいます。陶彫制作では第2ステーションの陶彫部品の残りの2点を作ることと、屏風の全体構成を考えることが今月の制作目標です。この三連休では陶彫部品2点の成形と彫り込み加飾の完成を目指したいと思っています。加えて連休中に映画鑑賞が出来るといいなぁと思っていますが、台風のせいでこれは何とも言えません。電車を使う美術館よりも車で行かれる映画館が、鉄道運休等を考慮するといいかもしれないと思っているところです。三連休はさまざまな計画がある人も多いと察しますが、自然現象ばかりは日本に住む以上仕方がないと思っています。
2019.10.10 Thursday
職場の私の部屋にずっと置きっ放しの書籍があります。折に触れて読んでいますが、通勤で携帯している書籍とは違い、読書時間がなかなか確保できない上に、やや難解な内容なので、その気にならないと頁を捲ることがありません。その書籍とは、「見えないものを見る カンディンスキー論」(ミシェル・アンリ著 青木研二訳 法政大学出版局)で、カンディンスキーの著書「芸術における精神的なもの」を根拠にフランスの現象学者が著したものです。今回は久しぶりに頁を捲り、「芸術の本質」についてまとめることにしました。「芸術は自然の模倣ではないし、同様に生の模倣でもない。」という一文が最初に目に留まりました。どういうことか、「生が芸術と絵画の唯一の内容を形成することができ、また形成すべきであるのはーその内容が抽象的で目に見えないかぎりにおいてであるがー生がそれ自体では決して対象にならないからである。いったい生はどのようにして芸術の中に存在しているのか。~略~われわれが絵の上に見たり見たと思ったりしているものとしてでは決してなく、そういうイメージが生じるときにわれわれが自分のうちに感じとるものとして、色とフォルムのもつ音色や基調色としてであり、絵とは両者を構成したもの[コンポジション]なのである。~略~つまり生はその固有の本質にしたがって芸術の中に存在しているのである。生の本質とは何なのか。自己を感受することだけでなく、その直接的帰結としての自己の拡張である。」という解釈がありました。また「芸術とは生の移り変わりであり、その移り変わりが生ずる際の形態である。」とも述べられています。芸術表現の動機となる情念についても記述がありました。「情念こそがあらゆる力を確立し、絵画がこの情念を『表現する』。つまり、この情念はあらゆる色とフォルムのうちに存在しており、これら両者の配置を通じて、それは絶頂へとおしあげられるのである。たしかにそのときにこそ、芸術は生の本質の実現として現れてくる。」最後に文化についての論考を載せておきます。「文化とは、生が自己の不変の本質を、つまりおのれ自身のもとにたゆみなく到達することによって自ら拡張し生を構成する各能力を究極までおし進めるという本質を現実化する際の過程なのである。芸術が受け入れるのは感性の諸能力である。時をつらぬいてわれわれに合図を送ってくる偉大な作品には、随所に感性の諸能力がその激しさと強さの極限までおし進められていることが見てとれる。」今回はここまでにしておきます。