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  • 週末 久しぶりに美大の芸祭へ①
    相原工房に出入りしているスタッフのうち、新しいメンバーとして加わったのが20歳前の2人の美大生です。2人とも美大の1年生になったばかりで、初めての学園祭(美大では芸祭と言います)を楽しみにしていて、私は彼女たちに芸祭に誘われました。私も久しぶりに芸祭に行ってみようと思って、今日は相模原にある女子美術大学に職場の人を2人連れて出かけました。女子大にオジさん一人で出かけるのはどうだろうと迷っていたら、女性職員が快く同行をしてくれたのでした。公私にわたって組織は有り難いなぁと思いました。久しぶりに出かけた芸祭は楽しくて時間が経つのを忘れました。学生たちの創作に対する真摯な姿が垣間見れたことや、これからの発展が楽しみな作品に出会えたことが、楽しかった要因です。女子美は総体的に日本画が優れていると思ったこと、モティーフに鶏と金魚が多かったこと、女子美に限らないと思いますがアニメの影響が色濃く出ている作品が目立ったことが感想として挙げられますが、何よりも学習環境の素晴らしさは絶品だと感じました。以前に美大の芸祭に行った時の感想をNOTE(ブログ)に書いたと記憶していますが、申し分のない素晴らしい施設、さらに切磋琢磨できる仲間がいる中で、4年間自分の好きなことをやっていて、やがて社会に出て翻弄される学生も少なからずいるのではないかと心配していますが、どうでしょうか。人生の中で天から与えられた貴重な時間を有効に使っていると考えている学生もいて、美大を出たら創作は止めると言い切る子も私の周辺にはいました。私自身は未練がましい性格なので、20歳の頃に人生を賭けようと決めた創作活動を60歳になってもなお続けている有様です。芸祭を案内してくれた若いスタッフは、まだ将来のことは何も考えられないと言っていて、18歳の溌溂とした彼女には精一杯美大での生活を楽しんで欲しいと願った次第です。今日は芸祭から早めに帰宅したので、工房に行って2時間ほど作業をしてきました。若い世代の伸びしろがある作品に接してくると、私も意欲が湧いてくるのです。オジさんもまだまだ頑張るぞと思った一日でした。
    やっと金曜日…
    私自身の進退を問うヒアリングがあったり、関係者との深夜に及ぶ相談があったり、来年度の職員との人事面談が始まったりして、今週はなかなか密度の濃い1週間を過ごしていました。やっと金曜日になったという実感がありますが、多少でも早く帰れる日があれば、今週は工房にも通いました。仕事を精一杯していた充実感はありますが、精神的な負担もあります。職場は多くの職員が私を支えてくれているので、どんなことがあっても私が挫けることはありません。組織は有り難いなぁと思っています。その組織を作るのは私で、お互いの人間関係が育まれていくことを考えれば、来年度に向けた人事面での仕事は大きな比重を占めていると言っても過言ではありません。現在、その第一歩が始まっているのです。一方、彫刻制作は私一人の仕事で、個展の搬入搬出時のスタッフの援護があっても、制作の基本は私だけです。昼間の仕事にない自由さと厳しさがここにはありますが、場面によっては昼間の仕事より苦しい時もあります。昼間の仕事をしていると自己に向き合う場面が少なく、常に職員のため、組織のためという考えで過ごしていることがほとんどです。それに対して彫刻は自己表現なので自分以外は眼中にありません。よくぞバランスが取れた日常を獲得したものだと今になって思っています。創作活動の楽しさは一言では言えず、魔物に憑かれたような感じがしています。自己と向き合っていると自分の良いところも嫌なところも全部曝されてしまうのです。自分の個性が発揮されるところを自分で探し出し、創作活動では得意分野で勝負をかけるようにしています。それが私の場合は陶彫による集合彫刻だと言えます。昼間の仕事でも私は無意識に職員の前で自分を曝していることもあると感じています。私の嫌な面も見ているだろうに、それでも職員は私についてきてくれるのが嬉しいし、私の頑張りに繋がっているのかなぁと思います。やっと金曜日…。疲れに任せて今日は取り留めのないことを書いてしまいました。ご容赦ください。
    陶彫加飾とRECORD
    今日のタイトルはウィークディの夜に制作をやっている2つの作品のことです。まず、陶彫加飾とは成形が終わった陶彫部品の表面に彫り込みを加えていくことで、陶彫部品が集合した時に、彫刻全体に微妙な視覚効果を与えるのです。古代の出土品には文様が彫り込まれていることが多く、それが文字であったり、何かを示す記号であったり、飾りであったりしています。私は現代都市の在り様を単純なパターンにして刻んでいるのです。発掘された出土品に似せた土質に、現代的な幾何文様を刻印し、文様の配列等に秩序をもたせています。基盤として作品には自由な発想がありますが、部分制作としては手枷足枷の退屈な作業を自分に課しているのです。その加飾作業は視野が狭くなっても可能なので、夜の時間帯に工房で集中してやっています。同時に自宅ではRECORDに取り組まなければならず、工房から自宅に戻って、食卓で小さな平面を取り出し、イメージを絞り出します。RECORD(記録)は文字通り、日々の記録をしていくもので、日記の代わりにポストカード大の平面作品を作っているのです。仕事から帰れば、自宅で夕食をとったり、風呂に入ったりしてのんびりとした時間を過ごし、翌日の英気を養うのが一般的ですが、私の最近の10年間は工房や自宅での制作に追われる日常を過ごしています。再任用管理職で2年目を迎え、二足の草鞋生活をここまで引っ張るとは思ってもみなかったというのが実感としてあります。それでも何とかやっていけるし、もう一年くらいはこの生活で大丈夫かなぁと思っているこの頃です。
    神奈川新聞掲載の映像表現
    本日付の神奈川新聞に、先日職場で行ったプロジェクション・マッピングがカラー写真とともに掲載されています。このNOTE(ブログ)では、私たちの職種を敢えて公表せずにやってきましたが、新聞の記事には私の氏名を含め、全てが明るみに出てしまっています。それでもなお、私はNOTE(ブログ)で職種は公表しないでやっていこうと思います。プロジェクション・マッピングは私自身が興味をもっている映像媒体で、職場に限らず、今後の自己表現の中で活用していきたいと思っているのです。私は彫刻というアナログな分野に固執していて、素材を伴う立体表現に生涯をかけて取り組んでいます。その一方で、ホームページをカメラマンと一緒に立ち上げた頃から、デジタルな画像や映像表現に面白みを感じるようになりました。その最たるものがプロジェクション・マッピングです。職場は大学の映像メディア研究室と連携していて、私は職場の代表として大学の教授にお会いする機会がありますが、自分の作品にこうした映像表現を取り入れたいために、管理職としてではなく個人でも研究室と繋がっていきたいと考えています。プロジェクション・マッピングは空間演出の可能性を広げ、実在の空間とは異質な世界を表現できます。演劇やショービジネスでは一般的になった技法ですが、まだまだ展開できる余地を十分残した表現媒体だと思っています。
    昭和41年の「千円札裁判」
    遅読というより、もう滞読と言ってもいいくらいの読書習慣になってしまった私ですが、「オブジェを持った無産者」(赤瀬川原平著 河出書房新社)を読んでいて、漸く著者が本書の主題にしていた「千円札裁判」の意見陳述に辿り着きました。裁判所に提出した本人記述の記録文書が、ここに全て掲載されていました。それは昭和41年8月10日の一審から昭和42年5月16日、昭和44年1月29日の上告趣意書に至る文書が、おそらく原文のままで読むことが出来るようになっています。著者である故赤瀬川原平氏が被告人となった事件「千円札裁判」は、通貨及証券模造取締法違反として裁判にかけられたもので、千円札の巨大な模型を作ったことで、当時は社会的に物議を醸し出したようです。巨大な模型は絵画の範疇に入る現代美術であると被告人は主張し、法や権力に対して果敢に芸術論を展開していた模様で、今でもこの文書に対して私は興味関心を持っています。紙幣に似せている作品は、偽札とは言わないまでも社会に混乱を齎すというのが法廷の論理ですが、被害者のいない事件は果たして犯罪となりうるのか、被告人が自問自答している箇所は、ブラックユーモアのように思えてなりません。文中から引用すると「私は芸術と科学とは、それを行う者の衝動或は欲求に於て非常に共通したものを見るのですが、決定的に違う事は、科学というものが矛盾の解決に向うのに対して、芸術は矛盾というものがあっても必ずしもそれの解決に向うものではないという事です。それでは法律、あるいは裁判とはどういうものでしょうか。芸術は常に矛盾を残し、解決を残していくあいまいなものであり、決定的な判断を下すものではないが、法律というものは、例えば『紙幣に紛らわしき外観を有するもの』という様なあいまいなことばに基いて、決定的な判断を下そうとするのであります。」といった具合で、芸術とは何かを説明する場面が多々あります。記録文書に面白みを感じるのは、これは日常生活の中で慣れ親しんだ事例や事物に対し、その価値を疑問視また刺激する現代芸術の考え方を説いているところがあって、デュシャンの便器(レディメイドによるオブジェ)を引き合いに出しながら、現在では当たり前になった考えをいち早く標榜しているのです。こんな一文もありました。「あるいは失礼ないい方かもしれませんが、この法廷のありのままをのべますと、検察庁の方々は職業としての報酬を受けながら現代芸術の講義を聞き、いわばわれわれ講師陣は手弁当で、身銭をきって講義を行なければならなかったのであります。」やれやれ、日本のシュルレアリスムは刺激的な出航をしましたが、これが欧米ならば後世の美術史に残る大変な事件になっていたのではないでしょうか。