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  • 週末 個展搬入の事前点検
    週末になりました。明日が個展搬入日になります。12回も東京銀座のギャラリーせいほうで個展をやっていると、今まで搬入の場面でいろいろなエピソードがありました。作品が集合彫刻なので、部品を繋ぐボルトナットが必要なのですが、工房に忘れてしまったことがありました。家内と私で工房に戻り、ボルトナットを持って再度ギャラリーに行きました。スタッフは全員帰していたので、家内と集合彫刻を組立ててヘトヘトになりました。また別の年の個展では、部品が足りず、梱包材を預かっていただいている運送業者の倉庫に出かけ、部品を見つけ出してきたこともありました。搬出の時に梱包で使用するガムテープが足りなくなり、銀座を走り回ったこともありました。お洒落で気品のある銀座では、ガムテープが手に入らず困ったことが思い出されます。さて、今回は失敗がないように準備万端にして搬入に臨みたいと思っています。実はスタッフの中で、怪我のため参加できない人がいます。既にエピソードがひとつ出来てしまっていますが、それを補う手立てを考えながら、明日の搬入を頑張ろうと思っています。梱包作品と一緒に運ぶ図録200冊、外掲示用ポスター、脚立2本、テーブル彫刻の脚の位置を示した大きなトレーシングペーパー、ボルトナット、インパクトドライバー、ガムテープ10個、芳名帳、各種工具など思いつくまま準備しました。明日、業者やスタッフが無事に揃ってくれれば何とかなると信じています。
    自己表現の確立
    大学で人体塑造を学んでいた頃は、立体の捉えを粘土でデッサンするように教わりました。回転台を回しながら量感が正確な位置にあるかどうか、そうした行為に夢中になっていた時期がありました。周囲の友人たちの中で誰が一番巧みに塑造を捉えているか、工房を見渡せば一目瞭然でした。それ故他者との競い合いがあって、学校で学ぶ意義があったと思っています。当時の彫刻研究室は多くを学ぶというより、深く追求する姿勢があったように思います。彫刻は制作スパンが長いので、現在でもそうかもしれませんが、技術ひとつとってみても4年間は短いなぁと感じました。基礎を学ぶだけで過ぎてしまった大学時代でしたが、自己表現なるものを確立するためには相当な時間が必要だと思っていました。私は不器用なので、時間も労力も人一倍かかると認識していましたが、予想通り、現在のスタイルになるまでは紆余曲折がありました。海外にいた頃、一旦彫刻的な捉えを止めて、作品を絵画に近づけていこうとした時期がありました。その頃はレリーフ化した塑造作品を多く作りました。石膏直付けで、ウィーンの旧市街を象徴化する試みをやっていました。今まで苦労してきた人体塑造は一体なんだったのだろうと思いましたが、今までの方法では自分を活性化できないことを悟って、彫刻の概念から外れる作品を作ろうとしたのでした。日本の大学時代に抽象化を試みたこともありましたが、今ひとつしっくりいかず、作ってもほとんど壊す結果になりました。今思い返せば、当時異文化の中で上手く発散できない気持ちの高まりが、抽象作品として結実したように思っています。単純に構成された立体にレリーフを施す、現在まで続く原型が誕生した瞬間でした。それでも自己表現の確立とまではいかず、都市そのものを造形化する現在のスタイルを見出すには、エーゲ海沿岸の遺跡に遭遇するまで待たなければなりませんでした。どこで自己表現が確立されるのか、何かの契機と偶然の出会いがあったのか、あるいは思索を追求する中で意図して行われる営みなのか、私には明確な答がありません。自己表現には流動的な部分があるからです。来週から12回目の個展が始まりますが、ずっとスタイルを変えないでやってこれた自己表現なるものを、今一度振り返って考えたいと思っています。
    「池田宗弘展」における芸術と信仰
    昨日、長野県麻績に住む彫刻家池田宗弘先生から、「池田宗弘展」の新聞批評の切り抜きが送られてきました。電話でも芸術と信仰について池田先生と長々と会話したことがあります。池田先生は私の大学時代の師匠で、人体塑造の基礎を教えていただきました。その頃はまさか先生と芸術や信仰について議論するとは思いもよらないことでした。「池田宗弘展」は長野県の朝日美術館で開催されていましたが、先月は私が自分の個展準備で多忙を極めていて、展覧会に行けずじまいで先生には失礼なことをしてしまいました。東京銀座のギャラリーせいほうの田中さんも展覧会には行けなかったと仰っていました。新聞記事によると今回の展覧会は、信仰をテーマにした先生の彫刻の集大成のような展覧会だったようで、時期がずれていれば必ず行っていたのにと思った次第です。池田先生は従来のキリスト教のテーマに加え、川崎大師に観音像のレリーフを制作されたようで、今では宗教を超えた信仰そのものをテーマにしています。信仰とは何か、実のところ私には難しい課題です。私は信仰の何たるかを知りません。そのため宗教の知識はあっても本当の信仰には至らないのです。人間はどこかで何かに縋りたい心を持っています。自己と向き合うと、耐えられぬほどの自分の脆弱さに気づき、それを補うために特定宗教の虜になったりするのではないでしょうか。芸術は私にとって精神安定剤のひとつですが、自己表現が自己都合ではなく、社会的な発言が可能になった環境を得た時に、己の考える芸術と信仰についての思索と実践が実を結ぶのではないかと、先生の意見を聞いて思うようになりました。私は自分の人生が急展開をしない限り、信仰をテーマにした作品は作れないだろうと思っています。一般的な信仰心を持っていても、それが今のところ自分の中心課題にならないからで、展覧会を通して先生から投げかけられたテーマを基に、自分の芸術にとっての主たる内容は何だろうかを考える契機にしたいのです。
    17’図録の完成
    やっと今年の図録が刷り上がってきました。職場には例年案内状と図録をセットにして配っているのですが、今年は案内状を先に配らせていただきました。今年度の図録も今まで通りの定番サイズにしてあります。同じサイズ、同じページ数の図録が過去を含めて12冊あります。毎年作品が異なるので、画像の雰囲気は違っていますが、撮影場所やレイアウトは同じです。今年の撮影は6月4日(日)の晴れ渡る空の下で行いました。以前の図録と画像処理を変えたのは、作品の切り取り加工をせずに、周囲の環境をそのまま使うことにしたことです。これは昨年からやっていることで、彫刻は作品そのものを明瞭に見せるより、光や陰影や空気までを取りこんだ風景全体で見せた方が、作品の存在感が増すと言う意見を取り入れたためです。その通りだと思いました。そうであるなら撮影日の天候が気になって仕方なかったのですが、幸運にも天候に恵まれたおかげで、今回の図録が完成できたと言えます。野外で設置準備をしている状況を撮影した見開きがあります。若いスタッフ総勢で動いていたことが記憶に甦り、今となっては楽しい一幕と感じます。いろいろな思いが交差する図録で、これが自分としてはひとつの区切りになります。個展に来ていただいた方に無料で配布しています。
    体内時計の変化
    周囲の高齢な方々を見ていると不眠症に悩んでいる人が結構います。60歳定年を過ぎても自分は再任用管理職として現役で仕事をしているため、定年前とまるで変わらない生活を送っています。まして30年も続いている彫刻家との二足の草鞋生活は、自分の年齢を忘れさせてくれる要素にもなっていて、創作活動に急き立てられる生活が日常化しています。そのため自分は不眠症に悩まされることが今までありません。寧ろ今はその逆で、夜になると眠くて仕方ないことが多いのです。誰にでも体内時計があって、睡眠時間と活動時間を自身が感知していると理解しています。体内時計は昼間浴びる太陽光線が影響しているとも言われています。10代終わりから20代初めの頃の自分は深夜に起きていることが多く、昼夜逆転の生活もありました。受験勉強しているとも言えない自分だけの時間で、正直なところは情緒不安を紛らわせるために創作の小宇宙に触れていたとも言えます。彫刻の専攻が始まると、夜は疲れて眠ることが多くなり、やがて社会人になって体内時計は標準に戻りました。それでも仕事から帰った夜の時間帯は、自分自身を取り戻せる貴重な時間でした。今も毎晩RECORDを描き、NOTE(ブログ)をやっているのはそのためです。最近はその貴重な時間さえ起きているのが辛くなり、睡魔と戦いながらRECORDやNOTE(ブログ)をやっている有り様です。明らかに体内時計が変化したと思っています。その代わり朝は目覚まし時計が鳴る前に起きてしまうことが多く、これは加齢によるものかなぁと根拠のないことを考えたりしています。若い頃は出来なかった早寝・早起き・朝ご飯を60代で漸く遂行している自分がいます。