2017.06.15 Thursday
先日、神奈川県立近代美術館葉山で開催されている「砂澤ビッキ展」に行ってきました。副題に「木魂を彫る」とあって、生前巨木に挑んだアイヌ人彫刻家の痕跡を辿ることが出来る優れた展覧会でした。私は導入の部屋にあった「神の舌」と、海が見える部屋にあった「風に聴く」という大作2点に心を奪われました。「神の舌」は巨木全体に刻まれた彫跡が、作者の身体感覚を惹起させて圧倒的な存在感を放っていました。「風に聴く」は水平になった舟形の巨木に4点の立木が独特な空間を演出していて、これが何を象徴するものか考えさせられました。美術館が海辺にあり、大きな窓から眺められる景色と相まって、「風に聴く」は風を待つ船出のようにイメージされたのは私だけではないはずです。図録から気になったコトバを引用いたします。「(砂澤ビッキは)当初、渋澤龍彦周辺のシュルレアリスムへの傾倒を共有していたと思われるが、木彫に本格的に取り組む頃から、徐々に動物に触発されたバイオモルフィック(生命形態的)なかたちへの探求が本格的に開始されたと考えられる。~略~おのれの生活の原点を見つめ、幼い記憶を蘇らせ、自分自身の身体と動物たちを含む生命体のからだを作品の中で同調させる道筋を、より自由で大胆な木彫表現を駆使して探り始めたのだ。」(水沢勉解説)彫刻家砂澤ビッキは独学で彫刻表現を学び、希有な存在になった人でした。それは自身の生育歴とも関係し、北海道の広大な自然を背景に現代彫刻界の新世代を担った人でもありました。
2017.06.14 Wednesday
先日、橫浜市中区にあるミニシアターで米映画「ムーンライト」を観てきました。この映画はアカデミー賞授賞式の際に作品賞を間違えられたエピソードがあり、賞レースで心躍る完成度の高いミュージカルに競り勝った映画です。映画を観た感想は「ラ・ラ・ランド」の対極とも思える内容に、賞はどちらが取ってもおかしくないのではないかと思いました。「ムーンライト」の場面設定は困窮した家庭と麻薬によって引き裂かれた母と息子、その息子を取り囲むいじめ集団が描かれていて、この上なく悲惨な環境がありましたが、それを超越する愛と美しい映像と情感のある音楽によって人間味溢れる傑作になっていました。主人公シャロンは小学校時代、仲間からいじめられていて、駆け込んだ廃墟でファンに助けられます。それが契機となりファンと同居している恋人のテレサがシャロンの心の拠り所となりましたが、ファンは麻薬のディーラーで、シャロンの母親にも麻薬売買を仄めかされていました。高校に入ったシャロンは相変わらず、いじめを受けていましたが、テレサに諭されたり、親友のケヴィンとの親密な関係で自分を保てていました。シャロンは同性愛者でもあったのでした。ところが親友が絡んだ事件を起こしたところで場面は一転します。大人になったシャロンはファンのような麻薬のディーラーとなって、筋骨逞しい男になっていました。久しぶりにケヴィンから連絡があり、2人は再会しますが、別の人生を歩んできた2人にもう一度訪れた親密な状況…。シャロンのアイデンティティを探し求める旅がこの映画の大きなテーマであろうと思います。黒い肌は月の光でブルーに輝くという詩情が、視覚的要素を伴い、深く印象に刻まれました。
2017.06.13 Tuesday
先日、京都国立近代美術館で見た「戦後ドイツの映画ポスター」展は、時代背景を考える上で興味をそそる企画でした。第二次世界大戦後、ドイツは東西に分断されました。1990年に統一されるまで、ドイツの映画は東西の社会体制の影響を受け、それぞれ独自の展開を余儀なくされました。私は1980年代にオーストリアにいましたが、西ドイツに出かけた折にギュンター・グラスの「ブリキの太鼓」(フォルカー・シュレンドルフ監督)を観て、ドイツ映画には内省的で表現主義的な要素があって大変気に入りました。戦前公開された「メトロポリス」(フリッツ・ラング監督)も再上映で観て、自分に衝撃を与えた作品でした。この時代に美しいアンドロイドを出現させている未来的な発想と技巧に驚きました。それら斬新な感性がポスターにも反映されているように思えました。東西に分断されたドイツの映画事情はどうだったのか、図録から文章を拾ってみます。「そもそも映画は自由に越境し移動していくものであり、一国内の映画史記述には収まらない。しかも敗戦とともにゼロから出発するわけでもなく、過去の時代との連続性の中にある。~略~1960年代は東西ドイツ間での大きな断絶の始まりである。まず1961年ベルリンの壁建設に象徴される東西ドイツ間の国境封鎖は、人的・文化的交流のとりあえずの終焉を意味した。~略~物理的および精神的な壁に分断されたとはいえ、東西ドイツそれぞれに1960年代の政治の季節、1970年代のポップ文化の台頭を体験し、ある種の世界的同時性の中で生きていたことはやはり紛れもない事実だろう。このような時代と空間を縦横に結び合うダイナミックな視野によって、国境や壁を越えて様々な影響関係を見出すことができるのは戦後の東西ドイツにおいても例外ではない。」(渋谷哲也解説)とある通り、東西ドイツのポスターを眺めても質的に変わるものは感じられず、独自の道を歩みながら、それぞれが新しい視覚表現を目指したことが今回の展覧会から感じられました。
2017.06.12 Monday
先日の関西出張の折に何とか時間をやり繰りして、京都の岡崎にある細見美術館に出かけました。同館で開催していた「杉浦非水展」に興味が湧き、デザイン分野がまだ定着していない時代に、三越の広報担当として活躍した画家の足跡を辿ることが出来ました。まさにアール・ヌーボーの時代で、杉浦は西欧から資料を入手し、総合百貨店を目指していた三越の経営戦略に合うデザインを提供したのでした。当時のモダンな服装や装飾を身につけた女性が、流麗なポスターとして描かれていて、現代の眼で見ても大変美しい作品です。こうした作品の礎はどこにあったのか、図録の文中から探すと「ひと足早く産業発展によって社会階層の変化が起きていた19世紀末のウィーンでは、『時代にその芸術をー芸術にその自由を』の主張のもと、旧弊なアカデミズムの支配から抜け出た『分離派』芸術家たちが新しい表現を生み出していた。」(伊藤伸子解説)とあり、杉浦は分離派の手法を取り入れたことを語っています。またデザインの仕事では「注目すべきは、当時一般的ではなかった更紗を用いた装本やニッケル箔や漆の活用など、見た目の美しさではなく、素材や技法を視野に入れたデザインを強く主張している」(前村文博解説)という一文が示す通り、杉浦は装丁デザインでも力量を発揮しています。それでは杉浦の図案の基本となったものは何だったのか、こんな杉浦自身の言葉も図録にはありました。「非水は図案作りにおいて終生『自然から学ぶ』態度を崩さず、『自然を離れて、自己を表現する何者をも、持たぬことは、当然であると思う』『図案は自然の教導から出発して個性の匂いに立脚しなければならぬ』と語っている。」(伊藤伸子解説)
2017.06.11 Sunday
今日から個展のための梱包作業に入ります。まず「発掘~座景~」の4枚の台座をシートに包みました。シートの内側にはエアキャップをガムテープで貼り付けています。台座に施した砂マチエールが痛まないように作品が触れる表面には必ずエアキャップをつけているのです。工房での午前中の作業は、「発掘~座景~」の4枚の台座をシートに包んで終わりました。まだ先日の出張の疲れがあって、遅々として作業が進まなかったので、午後は車で美術館に行くことにしました。図録撮影まで後回しにしていた美術館散策を始めました。若いスタッフが来ていたので一緒に連れて行きました。行った先は神奈川県立近代美術館葉山で開催中の「砂澤ビッキ展」でした。横浜横須賀道路を南下し、逗子インターから逗葉道路を経由して同美術館に到着しました。彫刻家砂澤ビッキが亡くなって30年近く経ちましたが、アイヌ民族の血を引く独特な形態感をもつ逞しい木彫家は、今も光を放っているように思えました。彫り跡を残した有機的な物体は、その存在だけで周囲を圧倒するパワーを持っていました。詳しい感想は次の機会に改めます。次に向かったのは横須賀美術館でした。神奈川県立近代美術館葉山も横須賀美術館も海に面した素晴らしいロケーションがあって、多くの家族連れが来館していました。スタッフとカフェで休憩したいと思っても、どちらの店も人でいっぱいでした。横須賀美術館で開催していたのは「デンマーク・デザイン」展で、北欧のシャープなデザインを堪能することが出来ました。砂澤ビッキの土臭い世界とは真逆の洗練された世界に接しました。同じ木材を扱ってもアイヌの彫刻とデンマークの椅子では、まるで異なる世界が出現して、木材の放つ多様な表現の幅に面白さを感じました。「デンマーク・デザイン」展も詳しい感想は後日に回します。今日は久しぶりの美術館散策を入れたので充実した一日を過ごしました。