2017.06.10 Saturday
やはり昨日思っていた通り、今日は3日間の関西出張の疲労が取れず、午前中は自宅で休んでいました。昨日京都のホテルから送った荷物が今朝届きました。衣類の他に京都の美術館で購入した書籍も入っていました。美術館近くにある書店にはアート関係の書籍が多く、短時間でも楽しい散策になったことを思い出しました。もしも京都に住んだなら、自分はこの界隈をウロウロするのかぁと想像しています。午後は作品の梱包材を買いに店に行きました。エアキャップやらシートを購入しましたが、足りないような気がしています。実際の梱包は明日から行います。梱包材を仕入れる店は、横浜のみなとみらい地区にあります。昨日まで古都の京都や奈良に行っていて、今日はみなとみらいにいる自分は、飛鳥や平安時代の木造建築から一気に現代の高層ビルまでタイムトリップをしている錯覚に陥ります。自分が住んでいる日本は歴史的にも凄い国だなぁと妙なところで感心してしまいます。夕方は工房で作業をする気になれず、そのまま横浜の中区にあるミニシアターへ出かけました。今回のアカデミー賞作品賞に輝いた「ムーンライト」が上映されているので観て来ました。「ムーンライト」は黒人しか登場せず、舞台はマイアミの貧困家庭、しかも麻薬中毒や同性愛を描いている映画と知っていたので、かなり暗いテーマだろうと思っていました。ところが美しい映像や物語を終始貫いている愛について考えされられた不思議な雰囲気と魅力を兼ね備えていた映画でした。詳しい感想は後日改めたいと思います。
2017.06.09 Friday
関西出張も3日目を迎え、今日は横浜へ帰ります。今日は奈良公園にいました。茹だるような暑さになり、鹿も木陰で休んでいました。大仏殿や二月堂は過去何回も来ていますが、久しぶりに来てみると何度も情緒に浸れる場所だなぁと思いました。京都や奈良は外国人観光客が多く、案内板も英語や中国語、韓国語が併記されていました。平成19年から我が国では観光立国推進基本法が施行され、外国人観光客を積極的に受けています。奈良公園はアジア諸国や欧米各国から来た多くの人で賑わっていました。修学旅行で来ている多くの中学生が、外国人たちと英語でやり取りしている光景を見るにつけ、今まさに国際化が進んでいる微笑ましい場面もありました。異国文化とのトラブルも聞かれますが、いずれ解消の糸口を見つけられるのではないかと思っています。3日間に及んだ関西方面への出張も無事終わり、夕方5時には横浜へ戻ってきました。横浜も夏のような暑さがあって、梅雨はどこにいってしまったのかと思いました。明日は通常通りの週末で、作品の梱包が待っています。きっと明日は疲労が残って動けないのではないかと思っています。
2017.06.08 Thursday
私が関西方面に行くことは滅多になく、現在の職場では1年1回しかありません。しかも3日間とも余裕のない仕事の行程なので、なかなか休憩時間を見つけるのは困難ですが、それでも何とか1時間程度は自由時間を確保しました。今日は京都にいました。昨年も行った細見美術館と京都国立近代美術館を見て回ることが出来ました。美術館が点在する平安神宮のエリアにやってくると、今年も京都にやってきたなぁとテンションが上がります。天気は曇り空でしたが、散策にはちょうどいい気候でした。細見美術館では「杉浦非水展」をやっていました。副題に「モダンデザインの先駆者」とありましたが、西欧で19世紀末に興った反アカデミズムの「ウィーン分離派」が杉浦非水の画業に影響を与え、杉浦は我が国初のグラフィックデザイナーとなったのでした。展覧会の詳細は後日にしますが、洒落た細見美術館の雰囲気と相俟って、杉浦非水ワールドが際立つ展示で魅了されました。次に京都国立近代美術館に立ち寄りました。「技を極める」というタイトルのジュエリーの展覧会をやっていました。私はジュエリーの展覧会はほとんど見ません。宝飾品に興味がないのです。それでもせっかく京都まで来たのだからという思いで、フランスと日本の両国の技を堪能させていただきました。その中で興味を持ったのは、陶や金属で動植物を模した日本の工芸による超絶技巧の数々でした。展示品の中に工芸家安藤緑山が作った牙彫による果物があり、高齢の女性が「これは東京中村屋で制作していたロクザンのことよ」と同伴の女性に説明していたのを耳にし、傍らで聞いていられなくなった私は「それは荻原碌山で、この安藤緑山とは別人です。差し出がましいことを言って申し分けありません。」とつい口を挟んでしまいました。次に私が向かったのは同館の上階で開催していた「戦後ドイツの映画ポスター」展でした。嘗て横浜で見たポーランドのポスターを髣髴とさせる表現があり、単純なタッチに強さを感じさせるものがありました。詳細な感想は後日に回します。僅かな時間を使って散策した京都の美術館でしたが、自分にはホッとできるひと時でした。
2017.06.07 Wednesday
今日から関西方面へ2泊3日で出張します。行きの新幹線に中で読む書籍をどれにしようか思案していました。普段鞄に携帯しているのは「聖別の芸術」(柴辻政彦・米澤有恒著 淡交社)です。私には大変面白い評論で、時間をかけてとつおいつ読んでいるのですが、出張には軽量な文庫本がいいと思っていたので、別の書籍を探していました。自分が読もうと思って既に購入してあった文庫本の中から、今回は「奇想の系譜」(辻 惟雄著 筑摩書房)を読み始めました。本書の初版は1970年というから今を遡ること47年前になります。著者がまだ30歳代の気鋭の著作だったわけです。確かに日本美術史の中で埋もれていた傍流とも異端とも言われる画家の中に、現代に通じる斬新さを発見した本書は「眼から鱗」的な発想だったと思います。本書の中に「そして『奇想』とは『エキセントリックの度合の多少にかかわらず、因襲の殻を打ち破る、自由で斬新な発想』であることに思い至る。これは貴重な発見だった。このように考える時、雪村、永徳、宗達、光琳、白隠、大雅、玉堂、米山人、写楽といった、近世絵画の動向に大きな影響を与えた画家たちがいずれもこの系譜に含まれてくることに気づいた。」(服部幸雄解説)という一文があります。そうなれば「奇想」はまさに日本美術史の主流にもなり得るわけで、展覧会があれば私たちが大挙して訪れる伊藤若冲や歌川国芳も当時は埋没していた画家だったと言えるのです。毒々しさや卑俗さが古典的な気取りの殻を打ち破り、生き生きとした活力を伝えている「奇想」の画家たちは、本書のお陰で現代を生きる私たちの心を刺激する存在になっています。その着眼点を知ることは次世代へ繋がる橋渡しにもなろうかと思います。新幹線に揺られる僅かな時間に「奇想の系譜」に思いを馳せることは贅沢な時間とも思えます。
2017.06.06 Tuesday
6月のRECORDのテーマを考えたときに、多くの同質なモノの中に異質なモノが混ざるイメージがありました。それは人種であったり、障害の有無であったり、さらに目に見えぬ複雑な状況も考えられます。起源から遡って純粋を守っている民族は皆無です。他民族の血がどこかで混ざり、それでも環境がある程度影響して、長い期間に亘って混血がなかった民族は存在します。私たち日本人は島国という閉鎖的な環境があるので、その類いかもしれず、言葉で説明しなくても気分の共有が図れるのはその証拠と言えます。しかし世界がグローバル化している昨今、さらに時代の流れである個性化や孤立化が、日本人特有の気分の共有に微妙な影響を与えていることもあります。それでも長期的視野で民族間の「まざる」流れは続いていくでしょう。「まざる」前に摩擦が生じることは多々あります。それが戦争や紛争に繋がる恐れは常に存在します。民族は文化や宗教を纏って「まざる」ことを断固拒否することが少なくないからです。私たちが白に見えているモノが、他民族によっては黒に見えると主張されたことが暫しあります。と言うのも若い頃、私は海外で暮らしていて他国人と触れ合う度、俄に信じ難かったことが、今世界中で起きているように思えるからです。「まざる」というテーマを大きく捉え過ぎましたが、今月はこのテーマで頑張っていこうと思います。