2026.01.31 Saturday
週末になりました。土曜日はその週の振り返りを行なうのですが、今日は1月の最終日なので、今日は1ヶ月分の振り返りを行ないます。ともかく今月は寒波が日本列島に到来したこともあって、寒かっただけではなく、首都圏は雨が降らない乾燥した1カ月だったと振り返っています。日本海側の大雪に見舞われた地域は大変な状況になっているようで、雪掻き等の重労働を強いられている状況がテレビから流れてきます。首都圏ではほんの少々雪が降っただけで大混乱になるので、晴天続きなのは寧ろ幸運だったと考えるべきでしょう。今月は31日間あり、工房に通った日は29日間ありました。休んだ2日間は元旦と、叔父の三回忌で2日取り、残りは工房に通っていました。寒さのせいで制作時間を短くしていたため、新作は思っていたより進みませんでしたが、それでも毎日創作活動が頭にあったことが良かったのではないかと思います。長年使っていた電動糸鋸盤の一部が壊れて、懇意にしている業者に修理をしてもらいました。今月は壁に掛けるレリーフ作品を4点作っている最中なので、電動工具が壊れると困った事態になるのです。現在電動工具は調子よく稼働しているので心配事はなくなりましたが、私事でもうひとつ、治療済みの奥歯の被せものが取れて、その治療に歯科医院に出かけました。体調は週2回の水泳で何とか保っていますが、歯の治療が今月の病院通いになりました。鑑賞は2本の映画に行きました。「爆弾」(TOHOシネマズららぽーと)と「ペンギンレッスン」(シネマジャック&ベティ)の2本でした。今月は美術館には行けず、美術鑑賞は来月に回そうと思います。読書は隠れキリシタンの歴史的背景やその状況をまとめた論文を読んでいます。外からやってきた異教が幕府の弾圧に遭い、日本古来の民俗的な神と融和して伝承された独自の歩みをしていて、興味が湧きました。私は特定宗教を信仰しているわけではありませんが、宗教が大きな力を持っていることは分かっています。それを学問的に分析することが好きなのです。そんなことを考えながら、寒く乾燥した1月を過ごしました。
2026.01.30 Friday
いつもなら土曜日に1週間の振り返りを行なっています。明日の土曜日が今月の最終日になり、明日は今月1ヵ月の振り返りを行ないたいので、今週の振り返りは今日行います。今週も毎日工房に通っていましたが、日本に寒波が居座っているため寒い日が多く、工房での作業は午前中にしていました。日本海側に比べれば、首都圏は雪の影響はないものの手が悴むことがあり、身体を気遣えば丸1日の作業は出来ないなぁと思っています。断熱材のない壁で建てられている工房は、ほとんど外と温度が変わりません。大型ストーブ1台では作業の合間に手を温めることしか出来ず、これは作業を短縮することで対処するしかありません。さて、今週は新作の壁に掛けるレリーフ作品の部品を作っていました。昨年夏に発表した「痕跡」に続く作品で、穴を開けた杉板材を炙って炭化させた部品を平面に配置するものです。ただし「痕跡」よりも杉板材を増やす予定です。そのため、電動糸鋸盤を駆使する毎日で、来る日も来る日も刳り貫き作業に時間を費やしています。作業時間を短くしたのも影響していますが、杉板材刳り貫き作業に随分長いこと取りかかっているなぁと思っています。まだこれは当分続きそうですが、出来上がりを楽しみにしながら頑張っていこうと思っています。今週は木曜日に家内と映画を観に行きました。私たちがよく出かけるミニシアターは横浜の中心街にあり、伊勢佐木町は仕事で居住している外国人が多い街です。ミニシアターには流石に外国人はいませんが、レストランに入ると外国人の姿をよく見かけます。ここは私が教職をスタートさせた街であり、まだ下町情緒が色濃く残っていたところでしたが、黄金町バザールというアートによる街づくりが行われて、歓楽街の雰囲気はなくなっていきました。横浜には表の顔というべきみなとみらい地区があり、裏町といっても差し支えない黄金町や日ノ出町、伊勢佐木町、野毛などがあって、私には表裏合わせて馴染みの場所でもあるのです。私はそんな横浜の多様性が大好きで、自慢の故郷といっても過言ではありません。
2026.01.29 Thursday
家内の邦楽器仲間に映画通の人がいて、本作「ペンギンレッスン」を勧められたので、今日は時間をとって家内と横浜の中心街にあるミニシアターで「ペンギンレッスン」を観てきました。当初は動物と人間との微笑ましい触れ合いを描いた映画かと思いきや、映画の舞台となったアルゼンチンの独裁政治が人々の生活を脅かしている様子が如実に描かれていて、それも深掘りしたくなるような内容を含んでいました。映画の舞台は1976年の軍事政権下のアルゼンチン。夢を見失い、人生に絶望した英国人の教師である主人公は、名門の男子寄宿学校に赴任してきました。授業崩壊している生徒たちに手を焼いている最中、旅先で知り合った女性と共に、重油塗れで瀕死状態にあったペンギンを救うことになりました。女性にはふられ、残されたのはペンギンだけ。海に戻そうとしたり、動物園に引き取ってもらおうとしたり、いろいろ手を打ちますが、結局自分でひき取ってペンギンの世話をすることになったのでした。そのペンギンと暮らすうちに生徒たちとのコミュニケーションや自らの生活に変化が現れてきます。ペンギンとの間に流れる癒しの時間はクスっと笑えるような楽しいもので、それと比較されるように政権による不条理な出来事が度々あって、主人公だけでなく周囲の学校関係者などが不安な日常を募らせていきました。それこそが本作に通底する大きなテーマではないだろうかと私は感じていました。ペンギンの世話を手伝ってくれる女性が、主人公のすぐそばで車に連れ込まれ、逮捕されることになっても、主人公は何もできない臆病な男で、自己嫌悪に苛まれていました。その女性の嫌疑が晴れて戻って来るのと前後して、ペンギンが死んでしまうのも何か意味があるような気がしたのは私だけでしょうか。この物語は実在の教師トム・ミッシェルが、自らの体験を綴った回顧録に基づいて作られたようで、完全なフィクションではありません。全体的にリアルな感覚が漂っていて、しかも良質な映画だったと思えたのも、ノンフィクションの部分があったためだろうと振り返っています。
2026.01.28 Wednesday
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第8章 聖母像の変装」は4つの単元から成っていて、今回は「4生月の『納戸神』にみる聖母像」を取り上げます。「生月の納戸とは、窓のない物置であり、座敷に面した戸は締め切りになっている。納戸神は平素は箱に入れて麦俵や糸車などの間に仕舞い、年に12回、祭りのときに納戸に飾り付けるが、決して納戸の外には持ち出さないことになっている。女性は一切それに触れることができず、男であっても『お番役』以外は手を触れることはできない。祭りの時も正面からこれを礼拝するのはお番役だけで、その他の信者はこれに背を向けて礼拝する。納戸の中の神に対して、神棚、荒神棚、仏壇が目につくところに備え付けられており、床の間には天照大神と書いた掛け軸、恵比寿、大黒などの置物を置く。これらを『表神』という。これに反して『納戸神』は秘匿された神なので、部外者は見ることも撮影することもできない状態だった。~略~変装はキリスト教布教地のすべての地域で起こっている世界的現象である。インドでは、聖母の顔容がインド化している。中国では聖母の容貌がアジア的な特徴を示し、家具調度は中国風になっている。~略~インド、中国の場合に『現地化』がなされたのはその地における宣教師の順応策の実践のためであった。メキシコにおいては、それが経験的に現地女神と習合したのであったが、インド、中国では、ポルトガル系統のイエズス会は高度な文化をもつ国家ではそのような適合、順応が政策的にふさわしいし、西の図像に東の衣服、顔容を重ねたのである。そこに統括者ヴァリニャーノの関与があったことはすでに述べたとおりである。~略~生月島の納戸神は、その信仰の形態を反映して、原図の基本構成を保存してはいるものの、様式、手法は土俗的となり、図像は仏師と融合している。これは日本の迫害期に発生した融合的な『土着化』図像というべきであろう。海と山の、温和で明媚な自然に包まれた生月では、農民、漁民の暮らしは、彼らを包む自然を小宇宙として完結し、彼岸は中江ノ島にあり、聖地は先祖の殉教の地にあった。イエスも聖母も聖人も先祖の姿形をとり、その苦難の歴史は彼ら自身の歴史であった。この独自で、固有の閉ざされた信仰/生活空間の中で、彼らを支えたのは信仰の中心である画像であった。そしてその画像もまた、大いなる母とその子の観念を骨格として持ちつつ、慣れ親しんだ仏画の、天女、瑞雲、そして衆生の救済のためにくだる来迎の仏の形状と融合していたのである。」今回はここまでにします。
2026.01.27 Tuesday
「聖母像の到来」(若桑みどり著 青土社)の「第8章 聖母像の変装」は4つの単元から成っていて、今回は「3生月隠れキリシタン」を取り上げます。「なぜ、キリシタン遺物が生月でこのように保存されたか。その理由として、第一に、ザビエルの平戸布教開始数年後に当時の生月の領主であった松浦藩の重臣アントニオ籠手田、バルタザル壱部の両氏が入信し、これに従って全島民が信者となったため、イエズス会年報にも登場すること30数回、初期日本キリスト教会の一大成果であったことがあげられる。~略∼『お洗濯』と称する礼拝像新旧交代の風習については、日本の民俗的な習俗が重なったものとみられる。本来、『納戸神』、『御前様』は、描かれただけでは崇拝の対象にならない。魂を入れる『授け(洗礼)』の儀式を経て、はじめて生きたアニマをもつ『御前様』となる。これは本来のカトリック美術の『聖別』の儀式である。また、古くなると描きなおされ(『お洗濯する』)、そうして何度も描きなおされているうちに時を経て次第にもとの西洋画が変化したと宮﨑(賢太郎)氏はみているが、『お洗濯』した絵は、また魂を入れる『授け(洗礼)』の儀式を経て、生きたアニマをもつ『御前様』になる。古くなった絵は、『戻し(葬式)』の要領で魂を抜かれ、『ご隠居様』となる。~略~自然を聖なる力として肯定するそのような態度は、まず、日本の風土という固有の条件と分かちがたく結びついているであろう。その気候は、時として地震や台風や洪水や日照りなどの大きい激しい変化を示すことがあっても、おおむね安定した四季のリズムを刻み、熱帯や、亜熱帯や、大陸性の激しい気候風土、あるいは砂漠地帯や極北極寒冷地帯のそれと違って、温暖で人間に優しい風土である。このことは、宗教という、人間の生の全体にかかわる地平からすれば、大きな深い意味を持っている。~略~生月は古来クジラを獲ることで知られた民であり(生月の博物館『島の館』はクジラ獲りとキリシタンの展示で占められている)、かれらが、典拠とするキリスト教司祭と儀礼と教書を失ったとき、古来の民衆宗教に半ば回帰し、かれらの住む海と島を全宇宙として沖に浮かぶ処刑の島を他界とみたことは、かれらが本来の民衆宗教の世界観に回帰したという要素があったのではないかと考えられる。」今回はここまでにします。