Yutaka Aihara.com相原裕ウェブギャラリー

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  • ちょこっとミニシアター
    仕事が終わって帰宅した後、家内と自家用車で横浜中区の下町に出かけました。通いなれたミニシアターに映画を見に行ったのでした。シネマジャック&ベティは旧名画座をリニューアルした映画館で、私たちは50代の割引を使います。車を近くのコインパーキングに入れて、上映前にレストランで夕食を済ませるのが恒例になっています。映画を観た後も車で帰ってくるので、体力的な消耗もなく、とても楽しめる夜になります。今晩は映画を2本観ました。ひとつはイギリスの著名な画家ターナーの生涯を扱った「ターナー、光に愛を求めて」でした。新聞評で映像そのものがターナーの絵画のように美しいとあったので、これは絶対観たいと思っていたのでした。期待通りの肌理細やかな美しさに溢れた映画でした。詳しい感想は機会を改めます。次に観たのは「さよなら、人類」でした。第71回ヴェネチア国際映画祭金獅子賞受賞作品という栄えある映画で、アカデミー賞受賞の「バードマン  あるいは無知がもたらす予期せぬ奇跡」を抑えての快挙と、これも映画誌の評欄にあったので、きっと面白いに違いないと決めていました。私自身はこの映画を観終わった後に、実は微妙な感想を持ちました。既に観た方はいかがだったでしょうか?これも感想は機会を改めたいと思います。いずれにせよウィークディの夜に楽しいひと時を持ちました。今月は美術館に行っていないので、映画鑑賞を充実させたいと思っていました。ただし、レイトショー2本立てというのは些か疲れました。帰宅は11時を過ぎていました。
    「夢は欲望充足である」まとめ
    一度中断した大著を再度読み始めるのには結構労力がいるものだと思いました。栞が挟んであるにも関わらず、どこまで読んだのか見当がつかなくなって、その前後を眼で追い始めて、漸く中断していた精神世界が見えてくる按配なのです。今読んでいるのは精神分析の道を開かんとする医学関係の大論で、唯心論的な哲学書と異なり、論拠に具体性を伴うので、内容の捉えが比較的楽に出来ることがまだ救いと言えます。「夢解釈」(フロイト著 金関猛訳 中央公論新社)は、既に第三章を読み終えていて、現在第四章に入っていますが、ここで読み終えた章論のまとめをしておきます。第三章で取り挙げているテーマは「夢は欲望充足である」というもので、対象とした患者に見られた夢やフロイト自身の夢にも欲望充足の一面が見られた記述がされています。フロイトの家族、とくに幼い娘や息子の憧れを補う夢にも触れて、微笑ましいエピソードとして論考を寄せています。最後に諺を取り挙げた文章を引用いたします。「言語の宿る知恵は、確かにときおりは夢について軽蔑的に語るー言語の知恵は『夢はうたかた』と言い切るのだから、言語は科学が正しいと認めているではないか、と言う人もいるだろう。しかし、慣用的な言い回しにおいては、ほとんどの場合、夢がやさしく欲望を充足するものとされている。自分の期待以上のことが実現したとき、人は大喜びで『まったくもってこんなことは夢にも思わなかった』と叫ぶのである。」
    バンコクで爆破テロ
    先日旅行してきたばかりのタイのバンコクで爆破テロがありました。テレビには爆破された繁華街の様子が映し出されていましたが、自分たちが行ったばかりの場所なので、驚きをもって映像を見ていました。タイは比較的安全と思って、ツアーに参加しましたが、安全はどこにもないということを実感しました。私の印象ではバンコクに物々しい雰囲気は無く、どこにでもある街の雑踏がありました。バンコクは外国からの観光客が多く、欧米やアジアから文化遺産見物や買い物に多くの人々が訪れていました。楽しかったバンコクの印象が一転してしまう事件は、バンコクに限らず、どこでもあってはならないものだと思います。今後の観光業に影響することは必須で、タイ旅行を躊躇する人もいるだろうと察します。バンコクは仏教を中心とする東洋的な建造物が魅力的な街並みを作っていて、人々は優しさに溢れていると感じました。そんな街でもテロがあることを知り、翻って東京や横浜は大丈夫かという心配が頭を過ぎります。東京オリンピック・パラリンピックを控えている日本で、テロ対策は万全なのか、今や自分にとって身近になったバンコクが、決して対岸の火事とは思えなくなっているのです。
    コミュニケーション・ツールとしてのアート
    私が所属している研究会で、アート作品が都市計画の中に進出していく状況を、自分の挨拶の中で述べることにしました。私が幼い頃は、大人に美術館に連れて行ってもらって、抽象作品に触れていました。それだけでも子どもの私には、作品の前で首を傾げるほど不思議な体験になっていました。落書きのような作品、画面を汚しただけのような作品が、何故美術館にあるのかという奇妙さが印象に残りました。私の周囲では抽象作品の解説なぞ望めるはずもなく、そんな気持ちを抱えたまま高校生になり、美術を専攻する道を選んだことで、漸く抽象作品の抽象たる所以がわかってきました。私が大学で彫刻を学んでいた頃に、私の師匠を初めとする多くの彫刻家が、立体作品を美術館ではなく、都市計画の一部として街角に据えることをしていました。欧州の街には広場があって、そこに抽象彫刻が数多く置かれています。そんな街作りが日本でも始まってきたと言うべきでしょうか。大衆の前に突如現れた作品は、ステンレスや硬化プラスティックの単純化されたシャープな形態が多く、それらオブジェが街の景観を映し出し、野外を取り込んだカフェや洒落た店舗と相俟って素敵な都市生活を演出しています。最近では街の風紀を変えるため、アートを取り入れた街作りが進んでいます。地方の活性化にもアートが一役買っています。コミュニケーション・ツールとしてのアートが定着しつつある現状を踏まえつつ、私たちは次なる造形的かつ空間的提案をしていくべきかなぁと思うこの頃です。
    週末 新作のパーツ作り
    今日は朝から工房に篭りました。まだまだ工房内は蒸し暑く、汗が滴り落ちました。若いスタッフたちもそれぞれの制作で頑張っていました。私は新作の陶彫部品を木材による構造体で支えるパーツを作っていました。新作は直径3メートルの円形を作ります。ちょうど円形劇場のような擂り鉢型になります。その外側は20体の構造体で構成しますが、その20体にはそれぞれ2つの陶彫部品が接合され、木材を陶彫部品で覆います。新作は木材が外に見えない構造になっています。まず、今日のうちはひとつのパーツを作るところから始めました。モデルをひとつ作ってみることによって、全体の見通しが立つのです。自宅から持ってきた小さな冷蔵庫にペットボトルを入れて、水分を補いながら作業を進めました。若いスタッフたちも小さな冷蔵庫に喜びの声を上げながら、ひたすら作業に没頭していました。昼には最近恒例となった近隣のファミリーレストランに涼を取りに出かけました。午後3時過ぎにも若いスタッフとレストランに休みに行きました。暑すぎて工房に長く篭っていられないのです。冷蔵庫で冷やした水分があっても、精魂傾けた制作には2時間おきに休みが必要だと判断しました。今日は久しぶりに朝9時から夕方6時近くまで長い作業を行いました。私はシャツを4枚換えていましたが、若いスタッフは替え着を持っていず、しかも女性たちなので、帰りは家の近くまで車で送りました。今日は思いの他作業が進みましたが、早く凌ぎ易い季節に移り変わってほしいものだと痛感しました。