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  • 「存在と時間 Ⅰ」読後感
    やっと「存在と時間Ⅰ」(マルティン・ハイデガー著 原佑・渡邊二郎訳 中央公論新社)を読み終えました。新しい哲学書に挑むときは、まず頻出する独自解釈を課している語彙に慣れなければなりません。語彙に慣れてくると次第に論拠とするところが理解できるようになります。著者によって本質へのアプローチが千差万別と言っていいほど異なるからで、第Ⅰ巻で苦労するところはそんなところにありました。1976年まで生きた哲学者ハイデガーは最近の人で、「存在と時間」は比較的新しい著作と言えます。確かに文中にある具体例に古さはありません。頻出する語彙で言えば、現存在や世界内存在、道具的存在者、環境世界性、配慮的気遣い等々読み進んでいくうちに当の語彙が何を意味するのかが解ってきます。ただ、さらりと読めるモノではなく、全体として拘りの強い文章で構成されているため、行きつ戻りつして少しずつ噛み締めるように読みました。第Ⅰ巻のまとめにはなりませんが、頻出する語彙の例えとして以下の文章を引用します。「現存在は世界の内で本質上そのつどすでに存在しているのだが、そうした世界のこのように構成されている世界性が環境世界的な道具的存在者を出会わせるのであり、それも、配視的に配慮的に気遣われたものとしてのそうした道具的存在者といっしょに、他者たちの共現存在が出会われるというふうに、出会わせるのである。」この一文は現存在が他者との関わりを示す論考部分で、第Ⅰ巻の最終章になっています。
    HPのGalleryに「地殻」アップ
    ホームページのGalleryに昨年発表した「発掘~地殻~」をアップしました。Galleryという頁は、個々の作品を意図的にデジタル化したもので、彫刻である媒体を超えています。作品が立体である説明はなく、あくまでも視覚的な表現に徹しています。画像を極限まで加工し、自分が作ったモノとは違う世界観を表出させています。狙いとするところは斬新な視点により作品を再度捉え直し、立体としてではなく絵画的要素を際立たせること、光と影が織り成す偶然を意図的に取り込んだ世界を表そうとしているのです。これはカメラマンの力量に負うところが多く、自分の作り出す世界観ではありません。自分が自ら撮影すれば、制作対象と撮影対象の一体化が図れるでしょうが、それは自分の意図するものではありません。むしろ別の才能が荷担することで、自分だけの世界観が壊れ、より広い世界観が獲得できることを願っているのです。自分の望んでいるのは協働作業が生む多様な世界で、彫刻を通して発展する広がりに希望を抱いているのです。なお、ホームページにはこのNOTEの左上にある本サイトをクリックしていただければ入れます。ご高覧いただければ幸いです。
    HPのNOTE3000件
    私は自分のホームページを立ち上げて8年が経ちました。ホームページの中にNOTEという頁があり、昨日までのアップ件数が3000件になりました。NOTEは日々書いているブログで、所謂日記として機能していますが、NOTEはその日にあった時系列だけではありません。内容は彫刻制作に関わるものが中心です。その他に美術館鑑賞や読書、気になる芸術家に関する持論、職場でのイベントや生活の諸々など、自分の周囲で興味関心のあることを全て網羅しています。今のところ気楽さの№1は飼い猫トラ吉のことで、難解さの№1は現在読んでいるハイデガー著「存在と時間」の論理解釈です。NOTEは毎日書くことで自分の生活や思考に輪郭を与えて、自分を見つめ直す機会にもなります。自分にとってアーカイブも大切で、過去の記事を鑑みて、現在の状況に生かすことをしています。とりわけ制作に関することで、どの時期にどんなことをやっていたか、作品の進み具合はどうだったのかを知る手掛かりになります。NOTEはRECORDとともに自分が生きている間はずっとやっていたいと願っています。次は4000件を目指します。
    週末 「群塔」成形は順調
    今日も朝から工房に篭って制作三昧でした。「発掘~群塔~」の成形は順調にいっています。今日で成形は6つ目になりました。制作工程の中で、今が一番健康的かもしれません。まだ時間があるという意識が多少ゆとりを感じさせてくれます。毎年5月の図録撮影日が作品完成のゴールになっていて、その前になれば必ず焦っている自分がいるわけですが、今から頑張っておけば焦らないで済むというようなことではないのです。焦りはどのような状況であれ必ずやってきます。初めからどんなに頑張っていても余裕を持って終わることが今まで一度もありませんでした。作品が具現化するに従って、何かが見えてきて、制作工程がどんどん塗り替えられていくのです。基本となるものは変わらないとしても、深化が見え始めるのかもしれません。計画通りのゴールは消えて、一歩先に設定され、駆け込むとまた一歩先にゴールが設定される、そんな繰り返しの中で、集中力でゴールに突っ込んでいく感覚を持っています。制作工程に緩急をつけるとすれば、制作が始まったばかりの今が最も緩い時期だと思います。でもこの時期に休むことはできません。焦らず休まず継続していく姿勢を貫きます。
    週末 若い世代の支援
    相原工房には毎週末になると、アーティスト志願の若者がやってきます。10代の高校生から30代前半の社会人までの若い世代です。彼らは何らか自分に関わりのある人たちなので、使用料を頂くことはありません。工房ではそれぞれが自分の課題に向き合っています。彼らは私の個展の搬入搬出の手伝いや彫刻の制作にも力を貸してくれますが、主に工房の空間を使って個々の制作に没頭できることが魅力なのでしょう。大きな作品を作るときに自宅では無理な場合があるし、美術系の学校を卒業して、生涯創作をやっていこうと決めたところで、仕事場がないばかりに夢を諦める若者は少なくないと思います。偶然私と関わりが出来て、相原工房で制作している若者は幸運かもしれません。今日は中国人アーティストがやってきて大きなパネルを作っていました。彼女は日本の美術界にデビューするための作品制作にこれから挑みます。私も若者から刺激をもらっています。彼らに負けるわけにはいかないと言い聞かせながら、私も陶彫の成形に明け暮れました。持ちつ持たれつつ刺激しあうというのが、若い世代の人たちとの切磋琢磨で、お互い干渉はしない緩い関係がずっと続いています。そこが美術大学の研究室との違いかなとも思います。明日も無我夢中な若い人たちの制作を横目で見つつ、自分も制作に没頭しようと思います。