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  • 「保田龍門・春彦 往復書簡」読み始める
    随分前に武蔵野美術大学出版局より購入しておいた「保田龍門・保田春彦 往復書簡1958ー1965」をやっと読み始めました。以前のNOTE(ブログ)に、携帯できない大きな書籍は職場に持ち込んで仕事の合間に読むという主旨のことを書きましたが、これがこの「往復書簡」のことで、大きさはA5版で厚みは3.5㎝ほどあります。手紙形式なので大変読みやすく、つい仕事そっちのけで読み耽ってしまうのが玉に瑕ですが、自分にとっては面白いものであることは間違いありません。自分も滞欧していた経験があるので、一層面白みがあるのかもしれません。保田先生は当時船旅でフランスのマルセーユに着いたようで、渡航に時間がかかったことが立ち寄った各国の港の感想によってよくわかります。指揮者小澤征爾氏が著した「音楽武者修行」にも同じような経験談が掲載されていたことを思い出しました。自分も渡航前に小澤征爾氏の同書を読んで、ヨーロッパで学ぶ意義を確かめていたのでした。保田龍門氏はご子息の春彦氏にフランスでの学ぶ意義をさまざまなカタチで授けていて、父が同業者である羨ましさを私は感じました。その反面難しいところもあるのでしょうが、それは当人でなければわからないものでしょう。職場で休憩時間に読むので時間はかかりますが、楽しみながら読んでいきたいと思います。自分の校務を忘れないようにしながら…。
    優れた女流彫刻家を惜しむ
    今日職場にあった新聞に彫刻家宮脇愛子さんが逝去された記事があり、とても残念に思いました。84歳は平均寿命からすれば致し方なしと思いますが、宮脇さんの爽快感のある作品からすると、年齢を感じさせない溌剌とした表現に溢れていて、作者はもうそんな年齢だったのかと改めて思い返した次第です。確か宮脇さんはギャラリーせいほうでも個展をされていました。「うつろひ」というステンレスワイヤを使った軽やかで緊張感のある野外作品は、いろいろな国で展示され、自分も各地の美術館にある野外展示を見ています。宮脇さんと同じように優れた表現力をもった女流彫刻家に多田美波さんがいました。多田さんも今年の3月に89歳で逝去されていて、その時も残念に思いました。多田さんは彫刻の森美術館で大きな展覧会をされていて、自分はそれを見た後で多田ワールドの印象に囚われていたので尚更強く無念を感じたのでした。宮脇さんや多田さんは自分にとって憧れの現代彫刻家でした。ステンレスという現代の素材を駆使して都市空間に躍り出た作品は、軽快で切れ味が鋭く、しかも堅牢な造形に支えられたものでした。素材は違えど自分も生涯を通して彫刻表現の何たるかを思索し、実践していきたいと思っています。
    週末 成形と加飾
    昨日に続き工房で制作に没頭しました。まだまだ工房内は暑く、額に汗が滴り、晩夏の火照りを感じています。制作がやり易くなるのはいつのことになるのでしょうか。シャツや頭に巻いた手ぬぐいを何回か替えて、大きなペットボトルから水をガブガブ飲みました。新作の成形は2つ目になりました。さらに成形をしようとしたところで思い留まりました。自分の陶彫は基本形態(成形)と表面の彫り込み(加飾)で成り立っています。完全なる立体と浮き彫りが合わさって陶彫部品を形成します。浮き彫りを施す時は、立体全体を見ながら、その立体に相応しい彫り込みをしていきます。基本形態(成形)と表面の彫り込み(加飾)がバラバラにならないよう一体感の中で作ろうとしているのです。しかも集合彫刻なので、さらに大きな全体をイメージしなければならず、そのため成形も加飾も気儘に作れない条件があると言っても過言ではありません。新作を始めるにあたって、まず陶彫部品を一つ作ってイメージの確認を行います。そんなことで今日は昨日成形したものに彫り込み加飾をやって見ることにしました。どんどん先へ成形を進めるより、まず最初の1点だけを成形・加飾をやってみるというのが得策です。今なら作り始めの時期なので、いくらでもやり直しができます。加飾の具合を見て、今日は作業を終えました。やり直しなら計画変更で、今日はとことんやるつもりでしたが、一応満足ということで作業を早めに切り上げたのです。また来週。成形した2点をビニールに包んで工房を後にしました。
    週末 新作の成形第1号
    週末になり、朝から工房で制作三昧になりました。先週土練りをしていたので、今日はタタラを作りながら、まず成形の第一歩を踏み出しました。陶彫で作る塔の土台部分です。成形中に何とかなりそうだと思い、これが成功すれば今後10個程度の土台の成形を行うつもりでいます。新作ではこの塔の土台が成形部品としては一番大きなものになります。ニョキニョキと塔が点在する心象風景へ向けて、駒を一つ進めたことになり、これは期待できると実感しました。逸る気持ちを抑えながら、今日のところは第1号が出来たところで作業を終えました。いつの場合も成形第1号は慎重になります。新作は毎年のことながら、半分は楽しみであり、もう半分はイメージ通りになるかどうか不安に駆られています。不安を払拭する第一歩が成形第1号なのです。不安は次々にやってきますが、その都度試行を繰り返し、不安を取り除いていきます。気持ちが折れてしまいそうな時もやってきます。自分を追い込んでギリギリのところでイメージに叶う解決を見つけた時は、嬉しくなります。気持ちの上で天国と地獄が畳み込むようにやってくるのです。そういう意味で創作は楽ではありません。自分の精神のカタチを具現化しているのですから、四苦八苦するのも無理はないかなぁと思います。新作は来年5月の図録撮影日がゴールです。頑張り続けて、自分自身を突き抜けていく世界を創ろうと思います。
    まだ終わらない夏
    空が澄んで浮かんでいる雲に秋を感じるのに、この暑さはどうだ、と言わんばかりの30度超えの毎日です。涼しくなるのは一体いつなんだと思いながら、まだ終わらない夏を楽しんでいます。過ぎゆく夏に感傷を覚えることはありませんが、涼しさが立ち込めると俄かに気分が変わってくるのかもしれません。夏気分を味わうのは年齢と共に薄くなっていくようです。高校時代は学校が海の近くにあったため、よく夏は友達と連れ立って海に出かけました。ガールフレンドがいる友達を羨ましがったり、怠惰に過ごした時間を悔やんだりしました。夏空を白い雲が流れていくのをボンヤリと眺めていたことは今でも覚えていて、たまに充実した時間帯があったと思うけれど、それを思い出せないのが何とも不思議です。せっかちに動いていたことは暫くすると忘れてしまうのかもしれません。夏は何もしないで過ごす、そんなことが贅沢に感じられるのは、現在の自分がかなり切迫した状況を抱えて右往左往していることが見て取れて、これでは何も記憶に残らないなぁと思っています。現に職場での地位は上がり、作品は確実に増えてゆくのに、ひとつ仕事が終わってしまうと記憶から忽ち抹消されてしまう、そんな思いに駆られました。作品を作っている時の無我夢中さも苦しさも、それがどの作品のどんな場面だったかは思い出せません。ずっと夢中で苦しかったことはありますが、作品ごとの苦闘は忘却の彼方にあります。まだ終わらない夏、たまには空を見上げて過ごしてみようかなと思うこの頃です。